今日からいなくなるんだ、と、レッドと遊んだちいさな子は言った。急にやってきたと思ったら、今度は突然いなくなるらしい。なんでも、親の転勤なのだという。
「うち転勤族だからさ。レッドひとりにしちゃってごめんな」
「別に。前と変わらないよ」
郊外の古びた家に住み着いてから、大戦の前後を合わせても百年近くになる。ひとりの暇を潰す方法などは十分に知っていたし、こどもがいなくなったからといって、特別に変わることはあまりない。毎朝、ばたばたと慌ただしく学校とやらに行く様子が見られなくなるのは少し、寂しくもあったが。
しょげた様子で眉を寄せる幼い顔に、レッドは笑った。
「行っておいで、グリーン。気をつけてね」
「おー。レッドもな。お祓いとかされんなよ」
最後まで憎まれ口を叩いたこどもは、家を出る際にひとつだけ約束を残していった。死ぬまでに必ずもう一度、この家の戸を叩くと。けれど何があるかわからないから、五十年しても戸が叩かれなければ、約束は忘れて欲しいと言い残していった。
だからレッドはそれを余暇の過ごし方とした。新年を迎えるたびに、一つずつ梅の苗を植えていった。街の人間は住む者のいなくなった古屋敷が人知れず花に埋もれていくのを見て怯えているようだったが、三十年もするうちに噂も消えた。四十八年目の今では、時期になると花見をしていく者もいる。屋敷が解体されないならばそれでいいと、レッドも注意を払わなかった。悪さをしていくものもいない花見の時期は、少しだけあの頃を思い出す。
新年の朝、四十九本目の苗を庭に植えながら、来年はどうしようかと思う。五十本、植えたら。そうしたらもう、待つ必要はなくなる。あのこどもが残した約束がなくなるのだから、好きにすることもできる。それこそ以前のように、ふらりと旅立ってまた戻ってくることもできる。梅の木は、物好きな街のものが勝手に手入れをしていくだろう。
一年目の梅の枝に積もった雪を払って、縁側に戻る。腰かけた縁側が軋む音と一緒に、戸が叩かれた。
「すごいことになってんなあ、庭」
勝手知ったるとばかりに居間を通り、足音が近づく。子どもは成人になっていた。まだ十代も半ばだった少年の面影はなく、老成した五十代の紳士である。
年を経ったなあ。
白いものの混じり始めている頭髪を見て、ぼんやりと思う。皺の寄った目元は、レッドを見ない。
「来年で五十年、お前はまだここにいるのかな」
いるよ。ここに。もう見えなくなってしまった、君の隣に。
花は散りへど