潜水艦といっても常時波の下に潜っているわけではない。浮上しながら航行することも多く、順次出された休憩の第二陣に滑り込んだら、とりあえずやるべきは連絡を待つ家族への定期報告を試みることである。電波も入らない波の下、海の上。極まれに遭遇するタイミングを逃すと、下手をすれば停泊地まで一度も連絡を取れなくなる。
「カナ、今なら甲番で電波繋がるよ」
シゲルと同室である同期の桜が、ひょっこりとベッドの二階から顔を出した。
「いい。連絡する相手なんかいない、おまえ行って来い」
「せっかく教えてあげたんだからもうちょっと素直になってくれないかな。毎度のごとく兄さんからメールがきてるだろうし、返信したほうがいいよ。あの人結構しつこいよ?」
「う、」
シゲルとまとめてカナデを弟扱いしている人のことを思い出しているのか、カナデは言葉に詰まりながらも俯き頬を赤くする。そんなんだから派遣先の現地人に迫られるんだ、と目線を和ませながらもシゲルはカナデと連れ立って士官室を出た。日が出ている為に甲番はじりじりと熱い。
「……最近のあの人はメール依存症なのかシゲ」
「そんなこともないと思うけど。レッドさんに対するメールのレスポンスなんて、普通に三日後四日後がデフォルトだからね。どうかしたのかい」
「要返信のメールが、カレーの新レシピについてだった、」
「それは構って欲しいだけだから適当に返信して大丈夫」
正確には無事かどうか確認したい兄なりの愛情なのだろうと思うけれども、どうしようと口には出さずにうろたえるカナデを見ているとどうにも愉快犯のように思えてならない。同期の中でも士官学校時代からの問題児としてふたりでセット扱いのカナデとシゲルを、兄は昔から可愛がりつつも面白がっている節がある。
「――ああ、僕にも来てる。兄さんと姉さん、ナナミ姉さん、おじい様、レッドさん……」
相変わらずな家族や幼馴染からのメールの嵐に少しだけ笑って、ひとりずつ返信した。長女のナナミや祖父はともかく、あとの三人は自分も軍属で明日をも知れぬ身だと言うのに呑気だと思う。元気でやってますか、航海の無事を祈ってます。要約すればそのような内容の文面に、ならそっちはどうなんだと思ってしまうのは自然な道理だ。一番お説教染みた内容である真ん中の姉など、毎日空を飛んでいつ何があるのかわからないというのに。
嬉しいんだけどね――と小さく口の中で零して、メールフォルダに残った最後の一通を開く。一番新しい友人からだった。添付されていた滝の写真はおそらく彼が撮ったものなのだろうが、一体どこに取材にいっているのだろうと笑ってしまう。
かちかちと決して早くないスピードでボタンを押して、送信。
『画像がぶれていて水しぶきしか見えなかったので、今度の飲み会では現物の写真を持ってきてくれると嬉しいです。』
日に潜る