職業はカメラマンです、なんて格好つけた所で、所詮は地方新聞の下っ端だ。地方新聞としては中々の部数を誇ってはいるが大手新聞社に勝てるはずもないし、編集や記者の手が足りなければカメラマンが直接取材に行くこともある。というか、うちの連中は大方がカメラマン兼取材記者で、新米だということを理由に誰かと組むことが多いオレの方が珍しいような状況だった。
 そしてとうとう、政治部や地域広報部なんて名前だけの新聞社で一応地域広報部にいるらしいオレへの、単独取材の命令が下された。――しかも相手は、現役の軍人さんだった。
「――……何か?」
「いや、何でもないです、」
 そうですかと無愛想に頷いた相手が初、単独取材の相手だった。なにかデスクに恨まれるようなことしたかなあ、オレ。むしろ部長に嫌われるようなこと、したっけ。そんなことを考えたくなるほどにこれは精神的にきつい。
海軍基地があるこの街ではその広報を請け負うのも仕事のひとつで、海軍広報部の人と一緒に桜祭りや基地解放の日なんかの記事を書く。軍部に肩入れするわけじゃなくて、堅苦しい軍のイメージを払しょくし地域住民と良好な関係を築きたいという基地側の意向を汲んでいる形だ。こちらとしても正式な許可のもとで艦や艦上ヘリの写真が撮れるのは正直有り難い話で、いつの世もそういう写真を求めるマニアはいるものだ。うちが地方新聞の割にいい発行部数を保っているのも一重に他の地域じゃあ取り扱わないようなものを扱っているからだろう。つまりは、結構重要な仕事ってことで。
「新米に回すような仕事じゃないよー……」
 きびきびした歩き方でさくさくとオレの前を歩いているのは、この基地を母港とする潜水艦に新しく配属された准尉、らしい。オレと同い年でもうすぐ少尉に昇格するというのだから、士官学校を出た後に海軍大学校へ進んだエリートなんだろう。それが原因なのか、なんていうかとてもとっつきづらい。人見知りする性質じゃないのに、なんだこの話しかけるなオーラは。これじゃあ取材どころじゃない。通り一遍の話だけ聞いて帰ってきたと知れたらデスクの怒りは半端ねぇことになるに違いないのに、オレにどうしろって。
 とりあえず相手のフィールドに乗ってみるか、と、軍人さんなのにオレよりいくらか細い背中に声をかける。背丈はオレの方がかなり大きい。160半ばくらいか。
「准尉は騎獣遊撃手だと聞きましたが、母艦が波の下に潜るときはどんな感じですか?」
「――潜る?」
 その途端、ばっと振り向いた准尉が目を見開いた。間近で見ると綺麗な顔してるなあと思いつつ、その驚きように、メモを持つ手が下がる。
「何か変な事言いましたか?」
「申し訳ありません。初めての取材にしてはよく勉強していらっしゃるなと思っただけです。そちらの記者の方々はそういうことも少ないですが、他社の方等だと、潜る、ではなく、沈む、と言う方も多いので」
 一瞬とても悔しそうな顔をした准尉に、呆気にとられた。思った以上に、相手のフィールドになったら表情がよく動く。
 立ち話もなんだから、と、停泊中の潜水艦の中を当たり障りのない程度に案内してもらいながら、准尉は饒舌に喋り出した。もしかしてオレと同じように新米だという話だし、准尉も緊張していたのかもしれない。いやきっとそうだ。そうだったら嬉しい。オレが。
「潜水艦やそれに乗る遊撃手が沈むのは撃沈されたときだけです。だから、沈むと言われるのはあまり気持ちのいいものではありません。我々は潜るんです。後で必ず浮上する」
「――……なるほど」
 そういうものなのか。なんか、すごい。この人本当に自分の仕事に誇りを持ってるんだ。細い背中に青い軍服を着ている後姿が急にカッコよく見える。
「失礼ですが、ご存じの上で潜るとおっしゃったのではないのですか」
「え? そういうんじゃなくて、もっと単純に。カメックスが沈むとは言わないじゃないですか。だから、」
 沈むじゃなく潜ると言った。民間だって軍だってそれは同じだと思ったから。
「――正直だね、君は。そこは嘘でも勉強してきたと言えばいいのに」
 准尉はやけに楽しそうに喉を鳴らして笑った。――っていうか今、タメ口。気のせいじゃなくて、タメ口だった。――どこにうける要素があったのかサッパリ解らない。
「あの、准尉!」
 それでもようやく打ち解ける切欠ができたと勢い込んで口を開いたのに、准尉はあっさりと綺麗に決まった敬礼をして、それまでの親しげな様子をばっさり切り捨てた。気づけば艦の案内はほとんど終わっていて、オレの手帳もびっしりと専門用語で埋まっている。社に戻ったら一つずつ調べないと何がなんだかわからなくなりそうなメモだけど、これが活かされるのはまだまだ先だ。午後からは広報の人たちと再来週の基地見学祭についての打ち合わせが入っている。
「小官が御案内できるのはここまでですが、担当の者に引き継ぎます。長くの御勤め、ご苦労様であります!」
「はあ、どうも」
 気のない返事をしたオレの横を、やっぱりにこりともしなかった准尉が、軍帽の裾から茶色の癖毛を揺らして通り過ぎて行った。その瞬間、ふと彼の手がオレの手に触れる。くしゃりと紙きれのようなものを押し込められ、慌てて中身を確認することもせず振り返った。背筋を伸ばしてさっさと歩いて行ってしまう准尉の背中は、もう追いかけられないほど遠くにある。
「足、はやっ」
 さすが軍人。ぽけっと背中を見送ってから、手の中のそれを見た。くしゃくしゃになっていたけれどそれは、准尉の名前と連絡先の入った一枚の名刺だった。






波間に溶ける



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