思いっきり自慢だが、俺の姉ちゃんが淹れる紅茶はとても美味しい。一緒に出てくるお茶菓子もほとんどが姉ちゃんの手作りで、昔からその味に親しんでいる身としては、美味しい、の一言では片付けられない、味わい深いものだ。ならばそのような姉の元で育った俺が淹れるお茶もそこそこのものだろうと思われることも多いのだが、これがまた、どうしてこうなってしまったのかというほど普通なのである。 よく言えば外れがない。悪く言えば無個性な俺の紅茶は、色ばかり綺麗で味は本当に平均レベルだ。ティーパックっぽいといえば解りやすいかもしれない。茶葉から丁寧に、姉ちゃんに教えられた通りにしているにも関わらず、出来あがりはなんとも形容しがたい普通の味。可愛い後輩たちにも振る舞ったことのないそれは、俺の羞恥や怒りといったものをまったく気にしなかった恋人によってとうとう家族以外の口に入ることになってしまった。 「――なんでそういう、ちょっとした機微は理解しないんだよ、お前は」 敢えて無視されている可能性が高いのだが。普段はソツなくマメな男はこんな時ばかり空気の読めないふりをして、俺の目の前でにこにこしながら紅茶を待ち、スコーンを頬張っている。ああ見えて思ったことはさりげなく、それでいて確実な意思の元で以てきっぱり言い切る奴だ。もしも不味いとか普通ですねとか言おうものなら包丁を取り出そう。 「ほら、さっさと飲んで宿に帰れ馬鹿」 がちゃん、と、中の紅茶に波が経つほど乱暴にカップを机に置く。はいそうします、と素直に頷かれ、一抹の寂しさを感じるのは全面的にこいつの所為だと思う。本気で飲み終わったら帰る気なんだろうな。こいつは基本的に自分に正直だから、嘘らしい嘘はつかない。特に、こういう場面では。それを美点ととるか欠点ととるかは、状況によるだろう。 「いい色ですね」 ハシバミ色の目を柔らかく細めたトウヤが、小さく声を漏らして首を傾げる。 「味は保証しないからな」 「イッシュ育ちの人間に紅茶の良し悪しを気にする舌なんかありません。なにせ誕生日には灰色のホールケーキが出てきますからね」 「どんな材料使ったらそんなことになるんだ、」 「さあ、そこまでは。母はカントーの人だから、うちで見たことはないんです」 幼馴染のパーティは苦痛でしたと笑うトウヤは、一向に紅茶に口を付けない。思わず眉を寄せたら、それがわかったのか、ふっと息を漏らす。 「どこかで見た色だから、さっきからずっと考えていて」 なんとも不思議な答えだ。普通の紅茶なんだから、見覚えがないほうが難しいだろ。 「綺麗な紅色なんだけどなあ――、どこで見たかな」 「姉ちゃんのだろ。色だけは近いぞ」 「自虐しない。そうじゃなくて、もっと身近なところなんですが、」 カップを手にとってあれこれ呟いているうちに、ようやくトウヤがそれを口にした。おっとりしたテンポでの飲み方にはらはらする。こんなことだったら、諦めないでもっと何百回でも練習しておくんだったと後悔しても後の祭りだ。 無理して飲まなくてもいいと言おうか。そうだ、それがいい。何か否定的なことを言われるよりは自分から言ってしまった方が傷は浅いし、逃げ道を作りやすくなる。 彼の表情に陰がないのを確認しつつ、気合いを入れるべく唇を舐めた。乾燥する冬の時期、うっかり大きく口を開くと唇の端が切れて痛い。 トウヤ、と呼びかけた瞬間、はっとした表情でこいつは俺の顔を凝視した。 「ああ、それだ!」 「っ、はあっ?」 「やっと解った。納得です。そうか、だからすぐに解らなかったんだ」 さっきから何なんだ。ふんふんと頷いている馬鹿は楽しそうにしているから、なお嫌な気持ちになる。なんだよ、言いたいことがあるならはっきりしろ。 カップを置いて席を立ったトウヤは俺の前で腰を屈めた。年の割に上背があるこいつに正面を塞がれると、圧迫感がすごい。まだ十代らしい骨っぽさも残っているのにこれじゃあ、成長期が終わったあとはどうなるんだろうか。これ以上でかくなられると見上げるのが辛くなる。俺も女にしては背のある方だけど、どうしても男の骨格には勝てない。肩幅も手足も、何もかもがトウヤよりも華奢だ。嫌じゃないが、なんだかこそばゆい。 ゆっくりと近づいてくる色白の顔を見つめながら、そういえば初めてキスされるときは予告つきだったなということを思い出した。「キスします。いいですか?」だったか。 「――……ほら、似てる」 触れるだけのキスはやけにしつこく唇を舐め取っていった。息があがらない程度に手加減されているのがわかってしまったから物凄く恥ずかしい。舌先が紅茶の味だったから、羞恥心が倍増で襲いかかってくる。 「キスをした後のここ、紅茶と同じ色をしているんです」 親指でなぞられた唇が熱い。 逃がした視線の端っこで、彼が口をつけていたカップを捉えた。中身はまだ、半分ほど残ったままだ。 (紅色) 天球映写機様「12色の恋のお題」より |