06

私が校内放送で生徒会室に呼び出されたのは、パーティーに行くことを承諾した翌日の昼休みのことだった。
中庭でお弁当を食べ、勉強をしようと意気込んだ時にちょうど校内放送のチャイムが鳴った、という経緯だ。生徒会室と聞いて嫌な予感しかしない私は行くのを躊躇ったけど、後のことを考えると行った方がいいと思って生徒会室のドアをくぐった。
そしたらやっぱり跡部がいて、奴は生徒会長のイスにふんぞり返って座っていた。

「……」

生徒会室に入ったのは初めてで辺りを見渡すと、会長の机とイスはちゃんとしたものがあるのに、他の役員の席は見当たらない。その代わり中央に応接セットがあった。作業はここでやってるのかな、本がたくさん机の上に置いてあるし…とその本を凝視するとタイトルが目に入ってきた。
『これで安心、テーブルマナーの本』『初心者でも覚えるだけの簡単マナー』『これであなたもマナー通!』といったマナーの本がたくさん並んでいた。

「……これは?」
「マナーの本だ。全部覚えろとは言わないが、九割頭に叩き込めば十分だろう」

どうやら私用に取り寄せた本らしい。文字がびっちり詰め込まれてる本からイラストたっぷりの本まで網羅してある。私はソファに座り本をぱらぱらと捲った。

「パーティーってこんなに仰々しいものなの?」
「いや、ただの立食パーティーだが覚えて損はないだろ」
「まぁそうだけど」
「俺様に恥を掻かせないようにきっちりと頭に叩き込んで客人に失礼のないように振る舞え、いいか」
「って、私だって招待された立派な客人ですけど」
「バーカ、親父に招待された時点で滝川はこっち側なんだよ」
「こっち側って、どっちの側?」

跡部の言っていることがあまり理解出来ずに首を傾げていると、もういい、と言われた。そして跡部はハァと溜め息をついて、何でこんな奴が……と呟いた。こんな奴?今こんな奴って言った!?

「聞き捨てならないことを言ったよね、今」
「こっちの話だ。いちいち突っかかってくるな」
「私だっていちいち突っかかりたくないわよ。アンタが余計なことを言うからでしょ」
「余計なことなんて一言も言ってねぇよ」
「言った」
「言ってねぇ」
「言ったよ!」
「言ってねぇよ。ったく、本当にお前は」
「私がなんだって」
「なんでもねぇよ。本持ってさっさと出ていきやがれ」
「そうさせてもらいますー」

持てるだけ本を持って、私は生徒会室を後にした。
もう、本当にムカつく。こうなったらとことん本を熟読して跡部にギャフンと言わせてやるんだから!
そしてそれから私とマナーとの戦いが始まった。基本的なことは家庭科の授業で習っていたから最初はすいすいと進んでいったけど、応用編がなかなか手強い。慣れていないから頭の中で考えてもぐちゃぐちゃになってしまうのだ。バイトもあるので、勉強の時間をマナーを覚える時間に変更せざるを得なくなった。でも時給一万円が私を待っている!
そしてパーティーを翌日に控えた私はにんまり弁当のレジに立っていた。無理をしなくていいんだよ、と店長に言われたけど無理なんてしていないし、気が紛れるからとてもいい。
レジには私一人でお客さんは誰もいなかった。すると、お店の前に一台のベンツが止まり、ダンディーなおじさま、つまり社長がベンツから降りて来た。あれ、今日も視察か何か?と思っていると社長が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ、社長」
「こんばんは、玲子君」
「店長、呼んできましょうか?」
「いいや、構わないよ。今日はプライベートだからね。ここのお弁当は本当に美味しいね」
「ありがとうございます」

社長はショーケースのお弁当を見ながらところで、と話を切り出した。

「明日のパーティー、来てくれるそうだね」
「あー……はい」
「乗り気ではなかったかな?」
「えっと、社長はどうして私なんかを招待してくださったんですか?跡部君と同じクラスだから、とかそういう理由ですか?」
「うーむ。君にはちゃんと話しておいた方がいいね」

そして社長はお弁当から私へと視線を上げ話してくれた。

「景吾には特定の女性がいないらしい。けれどパーティーという場所には傍らに女性がいてこそ映えるものなんだよ。もう17歳だしね。君は、景吾のガールフレンドとして扱われるだろう」
「聞いてないですよ、そんなこと」
「ははっ、言ってないからね」

そんな満面の笑みを浮かべて言う台詞か!
やっぱり大企業の社長は何を考えているのかわかんない。食えない人だ。

「このこと跡部君には伝えているんですか?」
「直接は言っていないけれど、君を招待した目的はわかっているだろうね。マナーの本を渡されただろう?恥を掻かせるな、とか言われたんじゃないのかな」

全くその通りで返す言葉も見つからない。

「君をダシに使ったと思われるかもしれないが、決してそうではないんだよ。私個人としてもパーティーに出席してほしいと思ったんだ」
「そうだったんですか」

だからこの間跡部は「何でこんな奴が」って言ってたんだ。こんな奴が自分のガールフレンドとして認識される、という意味だったに違いない。本当に失礼な奴だな。

「よし決めた。からあげ弁当と野菜炒め弁当、それから塩おにぎりを二つ貰おうか」
「はい、かしこまりました」

今度は社長と夫人の分かな、とお弁当を包みながら思う。跡部の口には合わないらしいし、いや、でも夫人がお弁当とおにぎりを平らげることが出来るのかな、結構なボリュームだぞ。そうなってくると計算が合わない。
それが気になって奥様の分ですか、と聞いてしまった。お客様のプライベートを聞くなんて失礼なのに。しかも社長に向かって。気分を害したかもしれないと思って社長の顔を窺うと、あっはっは、と豪快に口を開けて笑っていた。

「その様子だと景吾に何か言われたみたいだね。妻は今フランスにいて明日のパーティーに合わせて帰国する予定なんだよ」
「じゃあこのお弁当は」
「景吾の分だ」

な、なんですって!?美味しくないって、まずまずだって言ってたじゃん!

「景吾はつまらないことで意地を張る癖があってね、私の前でもまずまずだと言っていたよ。けれどあれは本当は美味しかったんだと思うよ。本当に美味しくない物は一切手をつけないからね。あのお弁当は完食だったよ、おにぎりも」
「本当ですか?」
「伊達に16年間親はやっていないよ」

跡部の意地の張り具合はわかりにくいなぁ。けどそれをちゃんとわかってる社長も凄いと思う。やっぱり血の繋がってる親子なんだな。

「それじゃあまた明日、会場で会おう」
「あ、はい。ありがとうございました!」

社長を見送りながら跡部のことを思い出す。まずまずだったとか美味しくないとか、そう言わずに素直に美味しいって言えばいいのに。



そして遂に決戦の時がやってきた。時間通りに迎えが来て、私は初めて跡部邸に足を踏み入れた。

「よう、滝川」

まだ私服姿の跡部はそれなりにかっこよく、お弁当を美味しそうに食べている姿を想像すると笑いが込み上げてきた。けど笑うのは我慢だ。また睨まれてしまう。

「こんにちは、跡部」
「準備は万全だろうな」
「時給一万円分の働きはちゃんとするよ。期待しといて」
「なら十分だ」

そして私と跡部はそれぞれ着替えがあるため別々の部屋に通された。今日は人生最大の大舞台になるに違いない。



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