05

朝から最悪だ。よりによってあの跡部に怒鳴ってしまったのだ。でも反省しても過去は変わるわけじゃないから私は気を取り直して学校に登校した。
教室に入るとドア付近にいた数人からおはよう、と挨拶をされる。私はニッコリと微笑んで、おはよう、今日も良い天気だね、といかにも優等生らしい挨拶を返した。大丈夫だ。私は平常心を保てる。自分の席に着く前に、跡部と目が合った。跡部は私を見て鼻で笑った。ああ憎たらしい!それが凄く腹立たしかったので、跡部に満面の笑みを向けておはようと挨拶をしてやった。
それから時間は過ぎ、昼休みに突入した。私は鞄とお弁当と水筒が入っているバックを持って教室を出る。
私はあまり教室では昼食をとらない。金持ちは毎日食堂で食べているようだけど、一般の生徒もいるのでお弁当を持参している生徒も少なくなく、教室はいつもガヤガヤとしている。適当なところで昼食をとり、空いた時間で勉強をする。それが私の日課だ。幸いなことにこの学園にはベンチがたくさん設置されているので食べる場所に困らない。
今日は噴水の周りにあるベンチで食べることにした。噴水を囲むようにして5つベンチが設置されてある。曇り空だからか私以外に生徒はいなかった。
お弁当箱の蓋を開け、手を合わせる。

「いただきます」

私の至福の時間だ。やっぱり美味しいなぁ、と味を噛み締めていると、目の前に突然奴が現れた。

「うっ、こほっ、ごっほ!!」

喉におかずが詰まってしまい、水筒に入っているお茶を一気にがぶ飲みする。この時ほどそのまま飲むタイプの水筒で良かったと思ったことはない。

「隣、座るぞ」

私が返事をする前に、コイツ――跡部は無理矢理座ってきた。全く、今朝といい神出鬼没な奴だな。

「な、何か用?」
「お前、やっぱり猫を被ってたんだな」

会話のキャッチボールが出来ていない!しかもやっぱり、という言い方が引っ掛かる。前から怪しいと思ってたってこと?

「やーだ、私猫なんか被ってないよ〜。朝のことはごめんね。私、低血圧で少しイライラしてたの〜」

自分でも苦しい言い訳だと思う。これで逃げ切れたら奇跡だな。まぁ奇跡なんて起きるはずはなく、しらばっくれようとしても無駄だ、と言われてしまった。

「ちっ」
「俺様に舌打ちすんじゃねぇよ。はっ倒すぞ」
「出来るものならやってみてくださーい。きゃーじょしにてをあげるなんてさいてー」
「てめぇ」
「ふん、今朝のお返しよ」

美味しくないと言った天罰が下ったのよ。ざまーみろ。

「猫被りもここまでくれば清々しいな」
「それって褒め言葉?そうだったらありがとう」
「……」
「……」

お互い一歩も譲るつもりなんてないらしく、しばらく睨みあった。やがてコイツに付き合うのは無駄だ、と悟った私はお弁当を平らげることに集中させる。

「また弁当かよ」
「アンタの嫌いなお弁当屋の残りですけどなにか?」

刺々しい言い方をしてみる。私のお弁当の中身はにんまり弁当で売れ残ったおかずだ。自分で作るのは玉子焼きとかおにぎりだけで、家計的にだいぶ助かっている。

「お前の家、裕福じゃねぇのか?」
「…アパートを見たらわかるでしょ」
「まぁ、犬小屋みてぇ、とは思ったが」

犬小屋!?あのアパートが犬小屋ですって!?あーもうだから金持ちって嫌なのよ。バレたのが跡部ってのが痛手だったわ。

「バカにするために来たの?だったら本当に迷惑なんだけど」
「そんなことで俺様が足を運ぶわけねぇだろ、猫被り女」
「あーもういちいち癪に障る男ね。自分が金持ちってことを自慢したいの?」
「そうじゃねぇって言ってるだろ。親父から頼まれ事があったんだよ」
「社長?」

お弁当を食べ終えやっと一息をつくことが出来た。社長が何だって言うんだ。すると、突然跡部は腕を掲げ、パチンと軽快に指を鳴らした。

「おい、樺地」
「ウス」

急にどこからともなく図体の大きい樺地君が現れた。跡部の付き人である彼を初めて見て、私はほーと樺地君を見上げていると高級そうな封筒を差し出された。

「え、私に?」
「ウス」

本当にウスって言うんだ。そう思いながら恐る恐るその封筒を受け取ると、樺地君はさっとどこかに消えていった。
少し怪しいけど封筒を開けてみる。『跡部財閥発足60周年記念パーティー招待状・滝川玲子様』という招待状が入っていた。……これは一体どういうことだい?

「日時は来週の土曜18時からの予定だ。ドレスは誂えてある。二時間前に迎えを寄越す」
「ちょっと待って、勝手に話を進めないでくれる?」
「嫌なわけじゃねぇだろ?」
「嫌に決まってんじゃん!」
「アーン?何言ってんだ」
「お父さんに謝っておいてくれるかな。じゃあとにかくそういうことで」
「待て滝川」

立ち上がって教室に戻ろうと鞄を肩に下げようとしたら手首を掴まれた。跡部の様子を見る限りあの跡部様でも自分の父親には頭が上がらないらしい。私には関係ないんだけど。

「女の子を引き止めるなんてらしくないんじゃないの?跡部様」
「俺様だって不本意だ。何が不満だ。金か?」
「さぁ。でも金持ちばかりのパーティーに招待されてもねぇって感じなんだよね。ああ、美味しい料理が食べられるから、とか有名人に会えるとか、そういうので釣ろうとか考えないでね。興味ないから」

美味しい料理は食べたいけど、牽制をしておかないとナメられるばっかりだ。貧乏人がそんな口車に乗せられるなんて考えてる方が間違いなのよ。

「……わかった。バイト代は支払う。一時間でこれだ。悪い話じゃねぇだろ」

そう言って跡部は私の手首を掴んでいる反対の手で人差し指一本を立てた。一時間千円!?金持ちのくせにたった千円!?

「桁間違えてんじゃないの」
「間違えてんのはお前の方だろ」
「え」
「一時間一万だ」

い ち ま ん え ん !

「い、行く!行かせてください!」
「決まりだな。時間はさっき行ったとおりだ」
「ラジャー、です」

跡部は私の返事を聞くとパッと手を放し、とっとと校舎内へ消えていった。
ハッ。料理よりお金に釣られてしまった。ああーやってしまった、とベンチに座って項垂れる。いや、でも時給一万円は大きい。あ、でもバイト。その日は確か一日シフトが入ってたはずじゃ、と心配になって店長に電話をしてみると、その日玲子ちゃん休みだよ。頑張っていってらっしゃい、と事情を知っているかのような口振りで、社長の根回しは半端ないなと思うのであった。



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