04

結局そのまま放課後に突入して私は腹の虫がおさまらない中バイトに向かった。
裏口から入り更衣室に直行する。落ち着け私。私情をバイトに持ち込むわけにはいかないのよ。今日も明るくにんまりと接客しないと。
着替えが終わり、まずショーケースに並べるおにぎりを作ろうと厨房の方へ向かっているとちょっと玲子ちゃん、と店長に呼び止められた。

「お疲れ様です、店長」
「お疲れ様。先にちょっと事務所に来てくれるかな」
「わかりました」

方向転換して事務所のほうへ足を向ける。私何かやらかしたっけと考えるけど思い当たる節はない。事務所には店長しかおらず、私は店長と向き合う形でイスに座った。中肉中背な店長は現在44歳。妻子持ちで一人娘である子供を凄く可愛がっている、と他の人から聞いた。凄く良くしてくれる店長だ。その店長は何とも言えない顔で私のことを見ていた。これはあれか、私クビになっちゃうのか。

「クビですか?」
「え?」
「経営が厳しくなったとか、クビを跳ねるならまず学生の私からとか、そういう問題ですか!?」
「ちょっと待って玲子ちゃん、誰もそんなこと言ってないよ」
「でも店長と二人きりで話すことなんてこんなことしか思い浮かびませんよ」
「ああ、違うんだよ。誤解させてしまったね。君の時給の話なんだ」
「下がるんですか!?」
「お、落ち着いて玲子ちゃん!逆だよ!君の時給が上がるの!」
「……え?」

店長の言葉に私の頭はお金のマークで埋め尽くされた。
時給が上がる。時給が上がる。時給が上がる!
小躍りしたい気持ちを抑え、どうしたんですか、と私は店長に尋ねた。こんな中途半端な時期に時給が上がるなんておかしい。

「実は、これは来週正式に発表されるんだけどね、本社が跡部財閥に買収されて跡部財閥の傘下に入ることが決定したんだよ。あぁ、だからと言って従業員をリストラなんかしないよ。普段通りに仕事も出来る。ただ学生のバイトの時給が上がるんだよ。これは社長が決定したようだけど」
「……あとべ、ざいばつ」
「知ってるよね」
「えぇ、まぁ」

そりゃ知ってますよ。クラスメイトが跡部財閥の御曹司ですから。とは今の状況的に言えない。
あ、だからか。だからこの前お店に来てたんだ。ということはこの前のあれは偵察だったのか。
跡部は良い人じゃなかったけど、社長は良い人だ!学生のバイトの時給を上げてくれるなんて神様だ!

「だから来週から時給が上がるんだけど、問題はないよね」
「はい!問題なんて全然ないです。むしろ大歓迎です!ありがとうございました!」

店長に一礼をして事務所を出る。やっぱり悪いことだらけの世の中じゃないんだな。
さっきのムカムカがどこかに飛んでいき、時給が上がってホクホクの私は足取り軽く厨房へ向かった。



週明け、正式に跡部財閥がにんまり弁当の経営者になることが発表された。跡部財閥の傘下に入り、四店舗目がオープンすることも一緒に発表され、お弁当業界に激震が走ることだろう、と店長は嬉しそうに話していた。ゆくゆくはにんまり弁当を全国チェーン店へと発展させることが目的らしい。
そして今日は跡部財閥の社長が私が勤めている店舗に視察をしにやって来る日だ。店長も私達従業員も気合を入れて社長が来るのを待った。時間を取るのが難しく夜になると事前に聞いていて、現在夜の7時過ぎ。今か今かと出入り口の自動ドアを見つめていると、お店の前で大きい車が止まった。
運転手席のドアが開き、そこからお年の召した執事さんが出てくる。目の前で起こっていることが非現実的すぎて眩暈がしそうだ。そしてその執事さんは後部座席のドアを開ける。
跡部のお父さん、つまり跡部財閥の社長が車から降りてきて、店内に入ってきた。今日も高級そうなスーツをきっちりと着こなしている。

「いらっしゃいませ、社長」

店長が社長に声を掛ける。
遅くなってすまないね、と店長に声を掛けた後、社長の目が私に向けられ久しぶりだね、と笑いかけられた。やっぱり跡部と全然違う!

「滝川さん、社長とお知り合いだったのかな?」
「あ、この間このお店に来てくださったんです。その時はお弁当を買って帰ってくださっただけでしたけど」
「そうだったんですか。事前にお知らせいただけましたら私もレジの方にいたんですけど」
「いやいや、あの時はプライベートで来ただけだったんだよ。店長の手を煩わせるわけにはいかないだろうと思ってね。けれど従業員の教育も行き届いているようでなかなか素晴らしい接客でしたよ」
「ありがとうございます」

店長が頭を下げたので、私も一緒に頭を下げた。褒められるのって嬉しいな。

「君、滝川さん、かな」
「はい、滝川玲子です」
「玲子君か、良い名だね」
「ありがとうございます」

名前を褒められ私の頬は自然と緩む。この名前は父親がつけてくれたのだ。だからとても嬉しい。
店長がお店の中を案内すると社長に提案したけれど次の仕事があるからと、簡単な挨拶をして社長はにんまり弁当を後にした。やっぱり日本を背負って立つ跡部財閥の社長は忙しいんだな。そんなことを考えているとバイトの時間が終わり、アパートに帰ってきた。
自転車を玄関の隅に置き、玄関のドアを開ける。母親はもう寝ている時間だ。起こさないように部屋に入る。私は母と二人暮しだ。父親は私が物心つく前に亡くなってしまった。昔はよくそれをからかわれたり寂しい思いもしたけど今はもう大丈夫だ。高校生だし一人で出来ることも増えた。母親にもあまり負担はかけられないし、甘えたことは言っていられない。
私は明日の授業の予習をするため鞄の中から教科書を取り出した。





翌朝。
いつも通りの時間に起きて、いつも通り朝食を食べ、学校に行く支度をして、誰もいない部屋に行ってきますと言って部屋を出て鍵を掛けて、そして私は絶句した。

「滝川か」

いや、滝川か、って何澄ました顔しちゃってくれてんの。

「跡部、君?」

そう、私が絶句をした理由はコイツだ。跡部がアパートの前にいたのだ。アパート全体を見渡していたみたいで、玄関の鍵を閉めて学校へ行こうとした私と目が合った。というか何で跡部がこのアパートにいるの。引っ越しするわけじゃないだろうに。
跡部は私の顔を見て、この住所で合ってるのか?とか意味のわからない独り言をぶつぶつと呟いていた。全部聞き取れないから跡部がここにいる理由がわからない。
私に関係があるのかないのかわからないからとりあえず自転車を動かす。鞄をカゴに乗せ、自転車に乗った。

「じゃあ私行くね、また学校で」

多分コイツに関わるとヤバイ。私の直感がそう言った。昨日の跡部社長と何か関係があるのかもしれないし、ここは退散すべきだ。

「待てよ、滝川」

無視だ。無視。

「待てって言ってんだろ、アーン?」

そのお決まりの台詞を言われても待たない!けどキィィ、と私はブレーキを踏んだ。アパートの出入り口を塞ぐかのように大きい黒塗りの車が横付けされていたからだ。それは昨日見たものと同じくらいの大きさで、跡部家の車に間違いないと思った。というかこの車ベンツだ!

「逃げようたって無駄だ」
「に、逃げようなんて思ってないよ」

運転手席から昨日とは別の執事さんが降りてきて車のドアを開けた。乗れ、という意味らしいけど、私チャリ通だし。それを察したのか跡部は自転車から降りろと私に命令をした。しかたなく自転車から降りると、その自転車をヒョイと執事さんは持ち上げ、ベンツの中に入れた。あまりの素早さに目をぱちくりしていると後ろにいたはずの跡部が私の前に来ていて行くぞ、と声を掛けられる。自転車も拉致されたし、歩きだと遅刻するので不本意だけどベンツに乗った。しかしベンツにママチャリが入ってるこの光景は異様すぎだよ。
車が発進し、後部座席に沈黙が流れる。それを破ったのは跡部だった。

「お前、バイトしてたんだな」
「……うん。学校の許可は貰ってるよ」
「そうらしいな」

それだけの為に私を無理矢理車に乗せたのか!?というか何で私がバイトしてること知ってたの。跡部父?でもあの社長が人の個人情報をぺらぺら喋るとは思えないしな。

「家の住所、どうやって知ったの?」
「親父の書斎に履歴書のコピーが置いてあった」
「あぁ、なるほど」

なるほど、じゃない!プライバシー無視しすぎ!下手すれば捕まるぞ。って思っていてもそんなことは言わない。おしとやかなキャラを貫くんだから、ここは我慢よ。

「でも昨日はビックリしたよ。跡部君のお父さんが買収した会社がうちなんて、奇跡だね」
「最後まで決められなかったらしいがな。弁当が美味かったっていうのが買収の理由らしい」
「へぇ。そうなんだ。あ、跡部君うちのお弁当食べた?あの時息子用にってもう一つお弁当を買ったと思うんだけど。後塩おにぎりも」
「まぁな」
「どうだった?」
「まずまずだな」
「ま、まずまず?」
「親父は絶賛してたが俺様の口には合わなかった」
「お、美味しくなかった、のかなぁ?」
「まあな」

まあな、だって?それって美味しくないってことだよね。ああもう駄目だ、我慢なんて出来ない!その時プッチンと私の頭の中で張っている糸が切れた。

「美味しくない?うちの店のお弁当が美味しくないですって!?そりゃあ金持ちのお坊ちゃまにはお口に合わないかもしれないけど、一般庶民にはこれが美味しいんです!うちのお弁当をバカにしないでくれる!?」

言い切った。言い切ってしまった。私の人生は終わったかもしれない。グッバイ、マイ、人生。

「……いい度胸してんじゃねぇか、アーン?」
「だからそのアーンとかうざいから!」
「あ?」

ひぃぃ、睨まれてしまった。いや、睨まれるだけのことは言ったけども。ここにいるのが居た堪れなくて私は執事さんに止めてください、と言った。執事さんはミラー越しに跡部を見て指示を待っている。いいから早く降ろして!そして跡部は車を止めろ、と一言。するとキュッとベンツが止まり私は急いで車を降りた。

「お父さんは良い人なのに、こっちは全然だね」
「口の悪い女だな」
「どうとでも言ってよ」

べーと舌を出し、跡部を威嚇する。その間に執事さんが自転車を降ろしてくれていて、私は自転車を受け取った。チッと跡部は舌打ちをする。いや、こっちが舌打ちをしたい気分だから。そう思っているとベンツは再び発進し、みるみるうちに見えなくなった。はらわたが煮えくり返っている私はベンツが見えなくなるまでばーかばーか、と心の中で叫んだ。



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