03

どうして跡部父はわざわざお弁当屋に寄ってお弁当を買って帰って行ったんだろう。しかも大手チェーン店ではなくうちに。
跡部父って意外に庶民舌でうちのお弁当のファンとか?でも昨日初めて来た感じだったし……跡部のリクエスト……は絶対にありえない!アイツがお弁当を美味しそうに食べている姿なんて想像できないしそもそもうちの弁当屋を知ってるかどうかさえ怪しいのだ。

「玲子、この前机に氷帝学園のパンフレットが出してあったけど何か必要な書類でもあった?」

二学期の始業式の朝。珍しくお母さんが家にいて一緒に朝食をとっていたらそんなことを聞かれた。
どうやら私はあのパンフレットを出しっぱなしにしていたらしい。別になんでもないよ、と答えると母は納得してくれた。

「あ、この前テニス部の試合見に行くって言ったじゃん。あれ結局準々決勝で負けちゃったんだよ」
「そうなの?でも惜しいじゃない。それにしても玲子にしては珍しかったわよね。去年テニス部の試合なんて見に行ってなかったじゃない。好きな男の子でもいるの?」
「ないない。半強制的だし。同じクラスにテニス部の部長がいるの。しかもそれが跡部財閥の御曹司だから。それでパンフレットを出してたの」

ちょっと違うけど。あーなるほどねーとお母さんは意味深に笑っていた。玲子はその子のことが好きなのね、とも言われたので全力で否定した。いや、上手くいけば跡部と結婚する未来もありえるのか?というかそのために試合に通っていたのに目が合ったのはたったの一回しかなかった。その時に軽く微笑んでみたけど、それで私のことを意識するとは思えない。まずは取っ掛かりを作らなきゃ。テニスの話題で近付くのもありかもしれない。

「じゃあ私学校に行くね」
「やけに早いじゃない」
「今日は夏休み明けテストの日なの。あんまり順位落とせないし、早く行ってテスト勉強しないと。行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「お母さんもね」

玄関を出て自転車に跨り学校を目指す。
奨学金制度を利用している私にとってテストは最重要案件の一つだ。
氷帝の奨学金制度は跡部財閥の寄付で成り立っており、入学金は免除、一年間毎の授業料は貸与となっていて、この授業料の貸与がテストの成績で変動する仕組みとなっている。成績上位は無利子の全額貸与。下がっていくにつれて8割、7割と貸与の割合が減っていく。だから順位は決して落とせない。理想はキープ。あわよくば順位アップ!悔しいけどクラスの一位及び学年一位は跡部だ。アイツはそういう奴なのだ。
いつ勉強してんだろ、と突っ込みを入れたくなる。


始業式を終え、テストも無事に終了し束の間の休み時間がやって来る。この後のHRが終われば放課後になるし、今日もバイトに勤しもう。とかいろいろ考えてると私の席に滝川さ〜んと三人の女子がやって来た。

「どうしたの?」
「さっきのテストのこの問題なんだけどね……」
「これ、多分引っ掛けだと思うよ」
「うっそー、じゃあ答えって何?」
「x=−1、じゃないかな。何度か計算し直してこの答えだったから」
「滝川さんがそう言うならそうね。さすが滝川さん」
「ううん、私なんて全然だよ」

貧乏な私だけど信用はされているらしい。回答を聞いて満足した三人は自分達の席へ戻って行った。
クラスのあちらこちらで夏休みの話が飛び交っていて、ドバイに行った、とか伊豆の別荘で過ごしたとか、北海道に二週間いたけど向こうも暑かったとか、そんな話が耳に入ってきた。
そんな中男子で唯一その話に混ざっていなかったのが跡部で、ちょうど私の席から跡部が見えるので奴を観察することにした。
同性でも話しかけづらい分類であろう跡部は周りが騒がしいにも関わらず文庫本を広げ優雅に読書をしていた。その姿も様になっており、数人のクラスメイトは跡部に釘付けになっている。
玉の輿に乗りたい私だけど、跡部にどうやって近付いていったらいいのか未だによくわからない。やっぱテニスを話題にして近付くしかないのかなぁ。
テニスを教えてって言ってみるか。でもテニス初心者には興味ない、とか言って鼻で笑い横暴な態度をとられたら私が耐えられるかわからない。ずっと上から目線で話されたらキレちゃいそうだし、そうすれば私が猫を被っていることもバレてしまう。
あーやっぱ跡部と仲良くなるのは無理かも。このクラスに優しくてお金持ちの男子っていなかったっけ。
いろいろな思考を巡らせているとそれを断ち切るかのように先生が教室にやって来た。

「えー今日は席替えをするぞー」

という先生の一言で教室がざわつく。予告なしにそんなことを言うからだ。事前に言ってほしかった。席替えなんてしてたらバイトに遅れてしまう。学生ということもあり、というか店長は優しいので見逃してくれると思うけど。
ざわつくのが予想外だったらしい先生はじゃあ三学期までこのままだぞ、と私達を脅してきた。いや、それはそれで悲しい。席替えはいわばロシアンルーレット。ババ抜きと言った方がいいかもしれない。とりあえず席替えは一種の賭けだ。そしてこのまま三学期までなのは嫌だと席替えをすることになった。ババだけは引きませんように!と心の中で祈り先生が作ったくじを引いた。番号は19番。黒板を見ると19番は一番後ろの端っこでしかも廊下側とは反対の席だった。よっしゃ、と小さくガッツポーズをして早々とその席に移動すると、私のその隣に、奴がいた。

「あ、跡部君?」

隣にあの跡部が座っていたのだ。もしかして、私達隣同士!?よっしゃーカモきたー!神様ありがとう!貧乏な私に大金持ちのカモをくださって!これは運命だ!仲良くなるのは無理っていうのは撤回しよう。
とりあえず話しかけてみようと声を掛ける。

「席、初めて隣同士になったね」
「そうだな」
「えっと、よろしくね」
「あぁ」

全然こっち向いてないし。愛想がない、全然ない!これで接客したらクレームがくるレベルだよ!でもこれは二度とないチャンスだ。せっかく隣同士になったんだし、ちゃんと話が出来るようになりたい。キレないように我慢するのも玉の輿への第一歩だ!
なので私は跡部と仲良くなることから始めたのであった。



計画実行一日目。
今日の作戦は『跡部の目の前で転んで、てへ私ってドジね作戦!』
しかしこれは失敗に終わってしまった。跡部の目の前で転ぶことは成功した。普通手を差し伸べるのがデフォなのに、アイツは私のことを眼中になかったかのようにスルーしやがったのだ。女の子をそのままにしておくなんてありえない!


計画実行二日目。
『勉強を教えて作戦!』
頭の良い私がわざわざ跡部に頭を下げた。嫌そうな顔をしていたからハーバード大学の入試問題に出た超難問を跡部に突きつけてやった。けれどあろうことか奴はその難問をスラスラと解いたのである。周りに居合わせたクラスメイトから賞賛され、敵に塩を送った気分になってしまった。


計画実行三日目。
『授業中に筆記用具を落として拾ってもらおう作戦!』
一日目のことがあるし、この作戦を実行しようかどうか迷ったけど、やらないよりやった方がマシという考えもあって実行することにした。六時限目の日本史で私は奴の机の下にさりげなく消しゴムを落とした。跡部はそれに気付き、私と目が合う。跡部は考える仕草をして、それからその消しゴムを拾ってくれた。初めて成功した!嬉しい!

「ありがとう跡部君」
「おい滝川」
「何?」

授業中だから小さな声で話す。というかついに話し掛けられた!

「お前、そんなにアホだったのか?」

……はい?アホ?今アホとおっしゃいましたか?この私が、アホ。アホウドリのことかしら。違う、私は鳥じゃない!

「……私、アホじゃないと思うよ?」
「なら別にいい」

跡部はそう言って黒板に顔を向けてしまった。
ななな、なんだ、コイツ!ムカつく、超ムカつく!
撤回の撤回だ!やっぱり仲良くなんて無理!



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