08

水族館から立ち去った後、何度か跡部から着信とメールがあった。でもどれも反応せず放置をすると向こうも諦めたようでスマホは鳴らなくなった。
カワウソのキーホルダーは包装されたまま学校鞄の中に入れてある。生徒会室のスペアキーにつけようと思っていたのに。鍵もこれから出番はなさそうだ。
進路の話から喧嘩に発展するとは思ってなかった。というよりも私が甘かったんだ。跡部ならこうするだろうとか、こんな言葉を掛けてくれるだろうとか勝手なイメージで話を進めていたから。
翌日の月曜日はどしゃぶりの雨だった。気圧の影響で一日中大荒れの予報らしい。
そのせいかだいぶ気分も沈んでいる。母に悟られないように元気を装うけど空元気になってしまう。

「玲子、何かあった?大丈夫?」
「大丈夫だよ。雨のせいでちょっと気分が悪いだけだから」

誤魔化して笑うけど跡部と何かあったことは気付かれてる。
デートの後に暗い顔をして帰ったんじゃ、何かありましたって言ってるようなもんか。
とりあえず学校に登校しようと家を出る。大荒れの天気の時は自転車は危ないからバスを使って通学するのでバス停へ急いだ。
跡部と同じクラスじゃなくて本当に良かった。教室が一緒だと嫌でも視界に入るし、気にしてしまう。向こうも同じ気持ちかもしれないなぁ。こんな面倒くさい女、愛想を尽かされてもしょうがない。どうしてこんなことになったんだろう。って原因は私か。
謝ってすむ問題じゃないってことは私が一番理解している。私が悪いこともわかってる。だけどどうしようもない。わかってもらいたかった人に拒絶された気分はどうしても心の中に沈み込んで洗い流されることはなかった。
今日から生徒会室には行けないな。昼休みになり騒がしくなった教室で考える。
学食に行こう。今日は雨だし、お弁当を持ってきてる人たちもそこに避難してるはずだ。私が混ざっても違和感はないはず。
鞄を肩に掛けて教室を出ようとドアへ向かう。

「これさ、隣のクラスからの情報なんだけど、跡部君の、」

ガシャン、と音がして額に痛みが広がった。開いていると思っていた引き戸が閉まっていて、そこに突進するみたいに頭をぶつけてしまったようだ。クラスメイト中の視線が私に集まる。……痛い、いろいろな意味で。

「……滝川さん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと考えごとしてて。話の邪魔してごめんね」

ドア付近に固まっていた女子グループの子たちから心配され、おでこを触りながら答える。
あー私のバカ!そのグループから跡部の話題が出て意識がそっちにいってて周りが見えてなかった。優等生キャラが台無しだよ。
跡部の話の続きが気になったけどそのグループに入るわけにも行かず私は学食へ向かった。





バイトが終わり自宅に帰る。お風呂から上がって学校から持ち帰ったプリントなどの整理をしていたら水族館のパンフレットが出てきた。
モニターとして水族館を開館してくれた手前、自分の役割はちゃんと果たしたい。
明日の予習をし終えて、一枚のルーズリーフを机に置き跡部宛に手紙を書くことにした。手紙というか、私が思った感想をそのままルーズリーフに綴る。
生意気だけど水族館の楽しかった点、ちょっと改善してほしい点を箇条書きで書いていくと、報告書みたいな手紙が出来上がった。……これで本当にいいのかな?と自問自答するけどそれを封筒に入れて就寝することにした。
いつもは跡部とメールのやり取りをするけど今日はそれがない。新規のメッセージはゼロだ。
跡部の名前をタップして新しいメッセージ画面を開く。おやすみ、のすを入力したところで文字を削除し、その代わりにアルバムを開いた。最新の写真は昨日撮った跡部との写真。私も跡部も笑ってる。幸せそうなカップルだ。
胸がぎゅっと痛み、心臓の辺りを押さえる。写真を見返すべきじゃなかった。ただしんどいだけだ。
暗くなったスマホ画面にぼやけた自分の顔が映る。そういえば今日はバイト中以外で笑顔になった覚えがない。あーそっか、跡部がいないと全然楽しくないんだ。


そして翌日の昼休みに樺地君が在籍している二年生の教室にやって来た。
跡部に直接渡すことはできそうにもないので樺地君を通して渡してもらいたいけど見たところ彼は教室にいなかった。どこにいるんだろう。

「……滝川さん?」
「うわぁ!」

後ろから急に声を掛けられビックリして声が出る。あ、しまった!大人しい優等生キャラが崩れる!
周りに見知った人がいないか見渡すと幸いにも三年の生徒はいないようで一安心し、振り返ると樺地君が申し訳なさそうに私を見ていた。驚かせてしまったことに対して申し訳なかったと思ったみたいで、ごめんね、と樺地君に声を掛ける。

「樺地君を探してたんだ。今、大丈夫?」

私の問いに樺地君は頷く。ここだと目立つから人気のない屋上に続く踊り場にやって来た。昨日とは打って変わって晴天が広がり、太陽の光が踊り場に差し込む。
私は手に持っていた封筒を樺地君に差し出した。

「樺地君に頼みたいことがあってね。この封筒、跡部に渡してくれないかな」
「……直接、渡すことはできませんか?」
「今はちょっと無理なんだよね」

私は今樺地君を困らせてる。その証拠に彼はこの封筒を受け取るべきか思案しているし、樺地君はずっと跡部の傍にいたからきっと私が跡部と喧嘩してることに気付いてる。

「滝川さん……」

何か言いたそうに樺地君は私の名前を呼んだ。多分、その話を私に言うべきかどうか頭の中で整理をしていて、その決断をした樺地君の口が開く。

「跡部さんのテニスバッグに、キーホルダーがついているのはご存知、ですか?」
「キーホルダー?」
「それが今、話題になっていて……」
「もしかして、魔除けだって言ってた?」

その問いに樺地君は頷いた。昨日あの子たちが話していた話題はそれか。
ばっかだなぁ。本当につけなくていいのに、と思うけど嬉しい気持ちもあった。私との思い出を大切にしてくれてるんだ。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

「樺地君、跡部にカワウソのキーホルダーをつけてくれてありがとうって伝えておいてもらえるかな」
「……わかりました。でも、ちゃんとお話を、した方がいいと思います」
「うん。ありがとう樺地君。落ち着いたらきちんと話し合うから」

最終的に樺地君はその封筒を受け取ってくれた。
放課後になり自転車でバイト先へ向かう。制服に着替えてタイムカードを押す前に鞄からカワウソのキーホルダーと生徒会室のスペアキーを取り出して鍵にキーホルダーをつけた。
タイムカードを押して事務所にいる店長に挨拶をし、厨房に入る。いつものようにおにぎりを握り、それを丁寧にラップ掛けした後レジを交代する。今からが夕方のピークだけど、晴れてる今日は大雨だった昨日よりお客さんは少ない。仕事帰りに家族分のお弁当を注文するサラリーマンの人たちや買い物に行くのが億劫で近場のうちに注文しにくる主婦の人たちの姿はあまり見受けられなかった。
今日はちょっとだけ楽かも、と思っているとお店の前に大きな車が止まった。あれはもしかしてベンツ!?ということは、跡部!?いや、跡部は今部活中のはずだし、跡部父の方!?と身構えていると車から降りてきたのは女性だった。真っ黒のワンピースに白いシャツを羽織り、日傘を差している。大企業の社長風な女性だ。
跡部家以外にあんな大きなベンツを乗ってる人がこの世にいるんだなぁなんて思っているとお店に向かって歩いてきた。自動ドアが開き、私は女性に向かって声を掛ける。

「いらっしゃいませ」

お弁当屋に似合わない格好だと思いながらあまりジロジロ見るのも失礼だし平然を装っていると、その人は私に向かって微笑んだ。

「玲子さん、お久しぶりね」
「…え?」
「あら、覚えてない?」

その人はシャツに引っ掛けてあるサングラスを掛けた。どこかで見たような風貌だ。そして香水の香り。石鹸のような清潔感のある香水の香りが鼻腔をくすぐり記憶が蘇る。跡部家で会ったスタイリストさんだ!

「あっ、思い出しました。お久しぶりです。スタイリストの方ですよね」
「ごめんなさいね。私、今まで玲子さんを騙してたの。景吾に頼まれてあなたを手伝ったわけじゃないのよ。あの時のコーディネートは完璧だったと自負しているけれど。出過ぎた真似はしないでくれってあの後景吾に怒られちゃった。酷いと思わない?せっかく母親が気合を入れて恋人である玲子さんを今まで以上に綺麗にしてあげたのに」
「……母親?」
「自己紹介がまだだったわね。私、景吾の母です」

呆気に取られている私の前でサングラスを外し、よろしくね、とその人はバチンッとウィンクを決めた。
けいごのはは。ケイゴノハハ。景吾の母。……跡部のお母さん!?



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