02

今日から新学期。ピカピカまでとはいかないけど、いつもより丁寧にシャツをアイロンがけして真新しい気持ちで登校する。
昨日電話した時に一緒のクラスのなるといいね、と跡部と話したけどそれは実現されてるかな。
ちょっと期待をしていつもより早い時間に学校に来てみたはいいけどクラス表が掲示されている掲示板に着くと現実はそう甘くないことを突きつけられる。
見事にクラスが離れてしまった!
私がB組で跡部がA組。ショックだ。ってまぁ当たり前か。2年A組で一緒だった人たちの名前は3年B組になかったし隣のクラスってだけでもよしとしよう。
新しいクラスに行く前に生徒会室に寄ることにする。午後からバイトだし、会えるのは今しかない。
生徒会室に行くと会長の席でパソコンとにらめっこをしている跡部の姿があった。こめかみを指でトントンと叩いている。煮詰まってて疲れてるのかな。

「おはよう。今大丈夫?」
「あぁ。早いな」
「早くクラスを知りたかったし、差し入れ持ってきたから渡したくて」

クラス離れちゃったね、とちょっとふてくされてみるとそんな不機嫌になるなよ、と慰められた。

「でもなんかこう、生徒会長権限でどうにかならなかったの」
「どうみても不自然だろうが」

確かにそうだけどクラスごとのイベントを楽しみにしてるんだよ、とは子どもが駄々をこねるみたいで言えなかった。代わりに紙袋を差し出す。

「はい、差し入れ。といってもおにぎりだけど。樺地君の分もあるから一緒に食べて」
「悪いな、助かる」
「ううん。私にできることってこのぐらいしかないし。休憩こまめにとってよ」

こめかみを指で叩いていたのは無意識だ。それだけハードな仕事量を抱えてるってことで、きっとここにはいない樺地君も忙しくしてるんだろう。
長居は無用だと思い生徒会室を後にしようとすると呼び止められた。渡したいものがあると言って机の引き出しから鍵を取り出し渡される。

「鍵?ってこれもしかして跡部家の金庫の!?」
「そんなわけがあるか」
「だよねぇ」

ちょっと小ボケをかましたけどなんの鍵かさっぱりわからない。だけど、学校で二人っきりになれる場所はここしかねぇだろ、と言う跡部からの大ヒントでわかってしまった。生徒会室の鍵だ。

「大体俺はここにいるだろうし、俺のいない時でも勝手に入って休んでもらって構わねぇぜ。好きに使えよ。ただし、鍵を持ってるのは俺と樺地と玲子だけだ。無くすんじゃねぇぞ」
「いいの?私、生徒会の役員でもない一般の生徒だよ」
「バーカ。一般の生徒である前に俺の彼女だろ。それぐらいの贔屓はさせろよ」
「……じゃあありがたく使わせてもらうね。ありがとう」

鍵を鞄の中にしまい生徒会室を後にする。
なんだか世界最強のお守りを貰ったみたいで凄く心強い。ニヤけそうになるのを堪えて教室に向かった。
そして始業式も無事に終わりホームルームの時間になる。担任の先生がやって来て席替えをするのかと思っていたら慣れるまで席替えはしないということになった。その代わりに一年間の大まかなスケジュールが配られる。

「就職組は夏休みから本番と思え。受験組もそうだが、夏からが本格的なスタートだ。体育祭や学園祭もあって大変だと思うが、先生が全力でフォローする。遠慮はするな。就きたい仕事や志望する大学があれば迷わず相談してくれ。生徒指導の先生でもいい。誰かに相談して、その希望にちゃんと応えられるようにする。来年の春に、皆笑って卒業をしよう」

意外にも熱血系な先生らしい。けど、こんなに熱心になってくれるんだと思うと心強かった。それと同時に跡部と過ごす学生の時間はもう一年もないんだと痛感する。来年の春、私たちはどうなってるんだろうか。別々の進路に進むことは避けられないけど、跡部の隣にいて笑い合えてたらいいな。





3年B組のクラスメイトはほとんど進学をするらしい。授業の合間の休み時間に進路の話題が度々上がっていることぐらい私でもわかった。
進路希望調査のプリントは貰ったけどまだ白紙で机の中に入っている。締め切りは明日。
何を迷うことがあるんだろう。もう決めてるはずなのに、と思いながら2年の時の担任の先生の言葉が脳裏に浮かんでは消えを繰り返す。
私に違う道があるんじゃないかと先生は言ってくれた。正直、迷う。ただ現実問題奨学金を返済していかなきゃならないのにその上大学進学なんて無理だ。
放課後になりみんな部活や帰宅する中机の上に進路希望調査のプリントを置く。まだバイトまで時間があるし、よし、と意気込んでシャーペンを動かす。もう決めたんだ、誰にもノーなんて言わせない。丸の印をつけ、もうこれで先生に渡すだけになった。これから持って行こうと思っていたら後ろから滝川さん、と声を掛けられた。

「どうしたの?」

誰が私を止めるの、と思い振り返ったら後ろの席の男子が私のことを呼んでいた。眼鏡を掛けていて正しく優等生らしい彼は我がB組の学級委員長でもある。
進路希望の提出なんだけどね、と委員長は申し訳なさそうに切り出した。どうやらほとんどのクラスメイトが提出をしているらしい。

「わ、ごめんなさい。うっかり書くのを忘れててこれから先生のところへ持っていくね」

うっかり、というのを強調しておく。委員長はいや、いいんだよと言ってくれた。優しそうな印象を受ける委員長は学級委員長に相応しい。

「進路のことで迷ったら周りに相談しろって先生が言ってたからさ。滝川さんも俺で良かったらいつでも相談してよ。頼りにならないかもしれないけど」
「そんなことないよ。ありがとう。その時はよろしくね」

ニッコリと微笑む。
進路はもう決めてるけど、委員長の気遣いがありがたかった。そうだ、私は最後まで猫を被ることをやり切るんだ。
会話を終え自分の席に向き直ると教室に残っていた女子がざわついていた。さっきまで委員長と話していたので気付かなかったけど、B組の前の廊下に跡部がいたからだ。瞬間、窓越しに目が合い不敵に鼻で笑われた。
ひぃ!なんか知らないけど怒ってる。そして窓を開け跡部はこう言い放った。

「滝川、少しいいか?」

ザワ、と教室がどよめいた。ワナワナと手が震える。どうして名指しで呼ばれないといけないの!?
その場にいた女子全員の視線が私に集まる。あぁ、その視線が痛い。
「滝川さん?」「どうして滝川さん?」「知らないよ、本人に聞いてみれば」「えーうっそー、信じられない!」
そんな声がどよめきの中に混ざっている気がした。
そうだよ、私も信じられない。けど早くこの場から逃げたいと思い跡部の方を向き、精一杯の笑顔で答える。

「うん。少し待っててね」

ちゃんと笑えてたかな。頬が引き攣ってなかったかな。そんなことを思いながら進路希望のプリントを机の中に入れ席を立った。足早に跡部の元に向かい、奴の後を付いて行く。
連れて来られたのは普段は選択科目の時に使用されている空き教室だった。中に入りドアを閉める。

「どうしたの?跡部君。B組に用事でもあった?」
「部活に行く途中だったんだよ。というか変な小芝居は止めろ。……お前、随分とクラスに馴染んでんじゃねぇか」
「え、私が?それは嘘でしょ。私万年ぼっちだし」
「その割には仲良く男と話してたじゃねぇか」
「男って……委員長のこと?」

あれは私が提出してないプリントのことについて話してただけだよ、と言うとはぁ、と溜め息をつかれた。

「ただの委員長に嬉しそうに微笑むのか?」
「猫被ってるから当たり前じゃん」

そう言い返すとまた溜め息をつかれた。こっちは心配してんのによ、と舌打ちまでされる始末だ。
あ、怒ってる理由がわかったかも。他の男子と喋っている私を見てヤキモチを焼いたということか。案外跡部って嫉妬深いんだな、と思うと笑いが込み上げてきた。

「ふふふ、私は愛されてますねぇ」
「俺は結構真面目だぜ」
「みたいだね。あーもうクラスのみんなになんて言い訳しよう」

言葉とは裏腹に嬉しそうな声が出てしまった。カップルみたいで顔がニヤける。いや、本当のカップルなんだけど。

「いっそのこと全校生徒に言うか?滝川玲子は俺の彼女だってな」
「そんなことしたら目の敵にされちゃうからそれは絶対に却下ね」
「俺が守ってやるって言ってもか?」
「女子は怖いんだから舐めたら酷い目に遭うよ」

そんな感じで脅すように言ってみると跡部は玲子がそう言うなら、と簡単に引き下がってくれた。

「じゃあ私職員室に行かないといけないから行くね」
「あぁ……玲子」

呼び止められ振り返る前に後ろから跡部に抱き締められた。爽やかな香水の香りが鼻孔をくすぐる。

「ちょっと、どうしたの?」
「何かあればすぐに言えよ」
「……うん、わかってる」

ありがとう、とお礼を言うと腕が離れ跡部に手を振って空き教室を後にする。
もう私は決めたんだ。それは跡部に説得されたって揺るぎはしない。
教室に戻ってみるとほとんどのクラスメイトがいなくなっていた。部活があったり帰宅したりしたんだろうけど教室に残っていた人たちから好奇の目で見られていた。居た堪れないので早く職員室に行こうと机の中からプリントを取り鞄を肩にかけて教室から出ようとしたら滝川さん、と数人の女子に捕まってしまった。

「滝川さん、跡部君と仲が良いの?」
「去年同じクラスだったの。えっと、今年の学園祭のことについて相談されたんだ」
「学園祭?」
「うん。去年私が企画したクラス企画が好評でね、今年もするんだったら私に許可を貰いたいって」

よし、結構まともな言い訳が出来た。クラス企画が好評だったことは間違いないし、と思っていたら数人の内の一人が学園祭の企画に食いついてきた。

「あれすっごい楽しかったよ。滝川さんが考えたの?」
「うん。でも実現出来たのはクラスのみんながいたからで」
「いーなー、跡部君と同じクラスって」
「ごめんね、滝川さん。私たち変な誤解してたみたい」
「ううん、大丈夫だよ」
「これから1年間よろしくね」
「こちらこそ」

彼女たちにニッコリと笑いかけ教室を去る。
職員室に向かい担任の先生のところへ向かう。ジャージを着ているのは先生が運動部の顧問をしているからだろう。
進路希望調査のプリントを渡すと先生に意外な顔をされた。

「本気か?」
「はい」

私は先生に向かってしっかりと頷く。
2年生の時の担任の先生からしっかりと引き継ぎをされていたようで、滝川の意思は尊重すると言ってくれた。ただ、少しもったいないようなそんな顔をされたけど。でもごめんなさい。先生の期待にはどうしても応えることはできない。
自分に言い聞かせるようにはっきりと口に出す。

「もう決めたんです、就職するって」

進路希望調査の紙にはしっかりと就職希望の方に丸がついている。
自分一人で決めた決断を、きっとお母さんは受け入れてくれる。跡部はどうなんだろう。私が下したこの決断を、跡部はどう受け止めてくれるんだろうか。
そんなことを考えていたらさっき顔を合わせたばかりなのに、無性に跡部に会いたくなった。



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