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「玲子ちゃーん、手が空いたらレジに行ってもらってもいい?」
「はーい、わかりました。すぐに行きます」

厨房の入口から店長に声を掛けられ私は厨房から売り場に移動しレジに立った。
今日の氷帝テニス部の初戦は跡部が相手の選手をけちょんけちょんに蹴散らし二回戦へ駒を進め、私は試合観戦後バイト先である「にんまり弁当」という弁当・仕出し屋のお店に直行しバイトに勤しんでいる最中である。
「にんまり弁当」という弁当・仕出し屋は手作りがモットーになっており現在三店舗ほど都内に展開され、そのお店ごとに味付けが異なっている。その微妙な味の違いに食べ比べしてみるお客さんもいるようで評判はかなり良い、という話だ。味は店舗ごとに違うけれど、それが美味しいと口コミで現在広まっている。営業時間は午前9時から午後9時まで。私の自慢の勤め先だ。
夕方のピークも過ぎ、レジには私一人になった。こんな時は単語帳を取り出し勉強をする。店長にはお客さんのいない時だけ、という条件で承諾は貰っているので自作の単語帳をいつもポケットに忍ばせていた。学校では優等生として通っている私は勉学も仕事の一種である。
夏休み明けにはテストもあるし、頑張らないといけない。
しばらくして自動ドアが開き、来店を知らせるチャイムが鳴った。単語帳をエプロンのポケットにしまい、いらっしゃいませ、と笑顔を向ける。
お店に入ってきたのは紺色のスリーピーススーツをきっちりと着こなした40代前半ぐらいのダンディーなおじさまだった。
ビジネス街よりも住宅地側にあるこのお店は仕事帰りにお弁当を買って帰るサラリーマンのお客さんも多いし珍しいことでもない。けれどこの人のスーツはシワ一つなく今さっきおろしたみたいな新品そのもののようだった。夜のお仕事関係の人かもかもしれないけどこの人の顔、どこかで見たことあるような……。
ショーケースの中のお弁当を見ながらどれも美味しそうだねぇ、と一言。声もダンディーである。

「迷ってしまうな。君のおすすめはあるかい?」
「私ですか?……そうですね。この玉子焼き弁当なんてどうでしょうか」
「ほほう」
「当店オリジナルのお弁当でして、この玉子焼きが美味しいんですよ!出汁巻き玉子にニラの入った玉子焼き、プレーンの玉子焼き三種類が入ってまして一度に三度楽しめるお弁当になっております」
「そうかね。ではそれを一つ貰おうか」
「ありがとうございます」
「あぁそれと、元気が出るようなお弁当はあるかね?息子が部活をやっていてね、この時期はインターハイがあって今日も試合だったんだが、疲れてるようだからスタミナをつけさせたいんだが」
「それでしたらガッツリと焼肉弁当はいかがでしょうか。疲れも吹っ飛びますよ」
「じゃあそれを貰うことにしよう。そういえばこの店は手作りがモットーだと看板に書いていたね」
「はい」
「君は何か作っているのかい?」
「あ、私はおにぎり担当です。結構好評なんですよ。特に塩おにぎりは一番の自信作です!」

おじさまはショーケースの端に陳列されているおにぎりを見る。定番の鮭・昆布・おかかに明太子などなどいろんなラインナップされている中あまり目立たない塩おにぎりは一番端に陳列されている。けれど本当に好評で閉店前に完売になる時もあり、私の自慢でもある。
おじさまはニッコリ笑い顔を上げた。

「その塩おにぎりも二つ貰おうか」
「ありがとうございます。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「では合計で1860円になります」
「一万円でもいいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ」

おじさまは有名ブランドのお財布から一万円札を取り出す。ピン札だ。先にお釣りを渡し、お弁当を包む。おじさまにお弁当を渡すと素敵な笑みを私に向けた。

「機会があったらまた来るよ」
「お待ちしております。ありがとうございました!」

こんな人でも家族がいるんだなぁと思いながらその後ろ姿を見送る。
インターハイ、ということは息子さんは高校生ということか。きっと温かい家族なんだろうな、と思っていると来店用のチャイムが鳴り、満面を笑みを浮かべ接客へと戻る。
あの人の息子さんがどういった人なのかわからないけど、あんな素敵なお父さんがいて、ほんの少しだけ羨ましいと思った。
ってあれ?高校生の息子がいるお父さん?
もしかして、と思ってバイトが終わり速攻で自宅に帰って重要な書類をまとめている棚から氷帝学園の奨学金制度のパンフレットを取り出す。
どこかで見たことのある人だと思った。でも思い出せなかったのは実際に会ったことのない人だったからだ。
氷帝の奨学金制度は跡部財閥が寄付をしていることで成り立っていて、パンフレットには社長の顔写真が載っていた。

「やっぱり」

どういう偶然なんだろうと独り言が漏れる。
髪型は違うけど同じ顔だ。やっぱりあの人、跡部のお父さんだ!



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