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会長と別れた後、私は体育館を抜け出し生徒会室にやって来ていた。やっぱり鍵は開いていて、しかもエアコンも付けっぱなしになっていて跡部って意外にズボラなところがあるかもしれないと思いつつ初めて生徒会長のイスに座る。ふかふかで、とても座り心地が良い。こんな良いイスに跡部は毎日座っていたんだ。
窓際に移動して少し窓を開けてみると体育館から流れている音楽が聞こえてきた。今頃、跡部は会長とダンスを踊っているだろう。二人は美男美女同士であの場にいる人たちの視線を掻っ攫っていてお似合いだと囁かれてるかもしれない。
でも、と思う。例えあの二人がお似合いでも、これだけは譲れない。跡部を好きだっていう気持ちが大きいってこと。それと同じくらい不安もあるってこと。全部跡部に伝えよう。
心臓が破裂しそうになるぐらい緊張して、ぎゅっと胸元を押さえてみる。その時、ドアの向こうからくぐもった声で玲子、と私を呼ぶ跡部の声がした。

「跡部?」

イスから立ち上がってドアに近付く。そこにいるのか?という跡部の問いに、返事の代わりにノックをする。
鍵開いてるんだから入ってくればいいのに、と思ったけど昨日跡部から逃げたのは私だ。顔を合わせたくないって私が思ってるかもしれないから入ってこれずにいるんだ。こんな時まで私の気持ちを考えてくれなくてもいいのに。
ドアノブに手をかけゆっくりとドアを開ける。こんなに近くにいる跡部は久しぶりのような気がして、ほんの一瞬、本当に息が止まった気がした。反射的にたじろいでしまったのが自分でもわかった。それを悟られまいと口を開く。

「会長とダンス踊れた?」
「あぁ」
「それなら良かった」

ドアが閉まり完全に二人っきりになって気まずい空気が流れる。何から伝えたらいいのかまとまらず上手く言葉が出ない。それは跡部も同じだったようで風に乗って流れてくる音楽の音がやけに大きく聞こえた。
どうしよう、何から話そう。とりあえず逃げたことを謝らないと。それから私が跡部のことを好きだっていうことを、

「玲子」
「は、はい!」

力が入りすぎて敬語で返事をしてしまった。
そんな私を見て跡部は小さく笑い、優しく包み込むように自分の手と私の手を絡める。

「少しの間だけでいい。俺と踊ってくれないか?」

そんな言葉と一緒に優しく微笑みかけられた。
私の気持ちを全て見透かしているみたいだ、と思いつつ頷くと跡部の手が腰に回ってきて、体育館から聞こえてくる音楽に合わせリズムを取る。
跡部とこうして踊っているといろんな思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
跡部に猫を被ってることがバレた日とか、パーティーのこと、誕生日の出来事とか、学園祭が楽しかったこととか。あ、そういえば、今年最初に引いたおみくじは二人とも凶だったな。まぁ私は大凶だったけど。まだまだいっぱいある跡部との思い出を、忘れたくない。大事な宝物だ。私は、どうしたって跡部のことが好きなんだ。
そんな思いが込み上げてきて涙が零れ落ちてきた。私の足が止まり、自然と跡部の足も止まる。

「玲子?」

ポロポロ落ちる涙は否応なく流れてきて、止まるところを知らない。涙腺がとうとう馬鹿になってしまったらしい。
跡部の手が離れ、私は俯いて両手で顔を覆った。もう観念しろ、と跡部の優しい声が私に向かって掛けられる。

「観念して俺の特別になれ、玲子」

その言葉にはっとする。そうだ、私は跡部の特別になりたいんだ。だから言わないと。言わなきゃ跡部に伝わらない。
すぅ、と深呼吸をして、顔を覆っていた手を離し跡部と向き合った。跡部のその目に私はどう映っているのかな。少しでも可愛く映っていたら嬉しいな。

「私の話、聞いてくれる?」
「あぁ」
「……昨日のこと、凄い嬉しかった。でも嬉しいと思うと同時に怖くなって逃げ出したの。どうして私なんだろうって思った。貧乏でこんな性格だし、猫被ってるし、口が悪いし、こんな私でいいのかなって。だって、私と跡部とじゃ月とスッポンでしょ。分かり合えないってわかってるから辛いっていうか怖くて。跡部の人生を邪魔するんじゃないかって不安で堪らないの。でも、……でもっ、それ以上に好きなの。跡部のこと、凄く好きなの!だから、私は跡部の特別になりたい!」

自分の気持ちをやっと伝えることができた次の瞬間、温かい風が吹いて気付けば跡部に腕を引かれ抱きしめられていた。
ぎゅっと、力強くて、けれど優しい抱擁だった。だから私は自分の体温が伝わるように、跡部の体温を感じ取るために抱きしめ返す。

「玲子が俺の人生を邪魔するわけねぇだろ。その前に俺様がそんな女を選ぶと思うか?」
「……思わない、と思う。じゃあなんで私のことを好きになったの」
「たまたま好きになった奴が玲子だったってだけだろ。変なところで弱気になんなよ。まぁ奇跡だとは思うが」
「自分でそれ言う!?」

そうツッコむと跡部は笑った。私の頬も緩む。すると私を抱き締めていた腕が離れ、肩に手が置かれた。

「そのドレス良く似合ってるな。綺麗だ」
「あ、ありがと。なんか恥ずかしいな」
「……なぁ、玲子。これから、辛いこともあると思う。やりきれないことや理不尽なことも数え切れないほど経験するだろう。それでも、俺の隣にいてくれるか?」

私の目は跡部の目を捉えていて、その瞳には跡部なりの誠意や覚悟が浮かんでいるように見えた。
そうだった、と私は思い出す。跡部はいつだって私のことを探してくれて、そして見つけてくれた。だからそんな覚悟ぐらい安いものに思えた。

「私ってそんなに柔に見える?」
「玲子が脆いってことは知ってるつもりだ」
「それでも、大丈夫って言いたい。それぐらい言わせてよ。たまに跡部に八つ当たりするかもしれないけどさ」
「なら俺の傍から離れるなよ」
「跡部って意外と束縛するんだね」
「玲子は一人で無理する癖があるだろうが。もし離れたとしても探してやるから、覚悟してろ」

勝ち誇った顔をしてそう言うので私は声を出して笑ってしまった。こんな時でも俺様全開な跡部が跡部らしくておかしくて。そして、跡部も私につられて笑う。
跡部の言う通り辛いこともたくさんあるだろう。身分違いの恋にギャップを感じて嫌になったりするかもしれない。だけどこの恋を全力で楽しもうと思えるし、隣に跡部がいたらそれも乗り越えられる気がする。

「玲子」
「何?」
「俺が玲子のことを幸せにしてやるよ」

だって私は、その言葉で十分に救われてしまうのだから。
跡部が、シンデレラがガラスの靴をわざと落とさなくても王子様と結ばれるって言った本当の意味がわかった気がした。多分、シンデレラと王子様両方が誰かの特別になりたいと強く願ってたんだ。そう跡部は考えたからこそ例え何年と掛かっても王子はシンデレラを探し続けるって言えたんだ。
シンデレラは王子様の特別になりたいと思い、王子様はシンデレラの特別になりたいと思った。二人が結ばれるのは必然だったのだ。
だったら、私は、と思う。
跡部の手が私の頬に触れた。壊れ物を扱うかのように優しく触れるので少しくすぐったい。そしてお互いの息づかいが聞こえるほど距離を詰める。
ねぇ跡部、私は今から跡部の特別になるよ。
そう心の中で唱えて私はゆっくりと目を閉じた。



Main story END.




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