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あの場で言うしかなかった、と自分自身に言い訳をする。
玲子と過ごす時間があまりにも心地良く、つい口走ってしまった。
それほど俺は焦っていたのだろう。三年に進級すれば玲子とクラスが離れ、今まで以上に彼女と過ごす時間を作れなくなる。簡単に言うと玲子を繋ぎ止めておきたかった。
もう少し様子を見るべきだったか、とも思ったがそれでもあの告白をなかったことにはできない。俺はただ、彼女の特別でありたいと伝え、シンデレラになりたいという玲子の夢を叶えてやりたかった。
玲子の反応を見る限り受け入れてくれるだろうと思っていたが拒絶され逃げられた。俺の自惚れだったのだろうか。
思わず舌打ちが漏れる。滝川家に殴り込んでやろうかとも考えたがお互い冷静に話し合えることはできそうもないので明日以降話し合いの場を設けようと決めてその日は大人しく帰宅した。




卒業式は滞りなく終了しそっと胸を撫で下ろす。問題はこの後のプロムだ。
卒業生から誘われることは予想していた。去年も同じように囲まれ、誰とも踊るつもりはないと断ったことが幸いしたのだろうか、去年に比べて囲まれる数が減っているような気がする。
視界の端に彼女の姿を捉え輪を抜けると向こうもこちらに気付いたらしく目が合い微笑みかけられる。
今日の主役は俺ではなく、俺のファンクラブの会長である彼女で、大学に進学しても会長は引き続き務めるらしい。それでも今日は卒業式なので彼女を誘った。これも一種の区切りのつもりだった。
彼女の手をとり体育館の中央までエスコートをする。

「今日はお誘いいただきありがとう、跡部君」

スッと俺の手を抜け、両手でスカートの裾をつまみ礼儀正しく一礼をする。彼女はやはり令嬢なのだと改めて思い知る。
些細な卒業プレゼントですよ、と言えばいいえ、と彼女は首を横に振った。

「駄目元であなたを誘おうと思っていたの。ですからあなたのお誘いがどれだけ嬉しかったか。これ以上の幸福はございません」
「俺もあなたにそうおっしゃっていただいて光栄です」

俺が玲子のことを好きだということを彼女はまだ知らない。それを知れば、彼女はどういった反応を示すだろうか。
曲が流れ、彼女の手をとり音楽に合わせ踊る。玲子に見られるとあらぬ誤解を招くかもしれないな、と心の中で苦笑いをする。

「あなたとこうしていられるなんて夢みたいですわ。……本当に、夢なら良かった」
「会長?」
「あの子に告白したのでしょう?」

まさかの一言に一瞬だけ足が止まった。知ってたのか。動揺をしていることを悟られまいとどうにか足を動かす。

「アイツから聞いたんですか」
「ふふっ、アイツですって。あの子はまだあなたの彼女になったわけじゃありませんわよ」

小さな笑みを浮かべたその表情は、悪戯が成功した子供のようだった。
音楽に掻き消され、周りに自分たちの声は届いていないのだろう、すれ違った男女は俺たちのことを羨ましそうな顔で見ていた。

「玲子があなたに言ったんですか?」
「思い詰めた表情をしていたから何かあったのかと問い詰めましたの。彼女、あなたのクラスでは性格を偽っていて本音を言える相手がいなかったのでしょう。素直に話してくれましたわよ。……心酔しきってらっしゃるのね」
「あなたからすれば面白くないでしょうけど」
「えぇ、とても。けれどね、そんな予感は前々からあったの。長年あなたのファンクラブの会長を務めてきたおかげかしら、こうなるのではないかと恐れてましたわ。けれど、現実になるとやっぱり辛いですわね」

声のトーンが下がり彼女は少し俯き加減になった。会長の足元が少しふらつき、彼女の腰に当てている手の力を強め彼女の体を支える。

「……本当に情けない話ですけれど、ときどき、私は何のために会長を務めているのかわからなくなる時がありましたの。家のことや将来のことを考えると果てしない道に思えて。家のことを抜きにして本当にあなたのことを慕っているのか、自問自答する時もありました。いつだったか、お金持ちは回りくどいことしか出来ないとあの子に言われましたわ。正々堂々とあなたと向き合え、と。庶民の考えることはストレートすぎだと思ったのだけれどそれは正論で、滝川さんに気付かされましたわ」
「そうだったんですか」
「あぁそれと、あの時滝川さんはお金持ちは強引で素直に言うことも聞いてくれない、と怒ってらっしゃったのだけれどそのお金持ちというのはあなたでしょう?」

あなたもそういう一面があったのね、と彼女に笑われてしまった。
全く、玲子も余計なことを彼女に吹き込んだものだ。そういった意味を込め、俺は苦笑をする。

「最近、あなたがよく笑うようになったことにも気付いておりました。あなたが変わったのも滝川さんに出会ったからなのですわよね。先程滝川さんには言わなかったのだけれど、というよりそれ以前に私の想像なのだけれど、あなたは自分の人生を棒に振ってでもあの子のことを守るだろうなと感じたの。それはやっぱり私の勝手な想像なのかしら」
「あなたには敵いませんね」
「ふふっ、ありがとう。最高の褒め言葉だわ」

ふ、と音楽が止まった。会話をしている間に一曲が終わったらしい。周りで拍手が巻き起こっている。彼女は俺の手を握ったまま、小さな声でもう少しいいですか、と尋ねてきた。えぇ、と頷く。歓声と拍手で俺たちの声は誰にも聞こえていないだろう。

「一度しか言いませんし答えも必要ありませんわ。だけどこれだけはあなたに伝えたいの。……私は、あなたのことが好きでした」

真正面からそう言われ少々面食らった。彼女の気持ちには薄々気付いてはいたが、堂々と言われるとは思っていなかったからだ。ただ、でした、という過去形の言葉からこれは彼女にとってのけじめのつけ方だろうと悟る。

「……あなたは彼女のことを恨んでいますか?」
「もうとっくの昔から恨んでますわ」

パッと手が離れ、自然と体も離れた。恨んでいる、と言う彼女の顔はすっきりしたもので、本当に玲子のことを恨んでいるのかわからないほどだ。

「けれど清々しいの。やっと肩の荷が降りたみたいに気分が軽いのよ。だから、もういいわ。他の子たちからは私とは違う想いを抱くとは思うけれど傍にあなたがいるから大丈夫でしょう?」

彼女の問いに俺は力強く頷いてみせる。
何も怖がることはない。お互いが歩み寄れば怖いことなんてないのだと思う。
俺は彼女に一礼をし、玲子の元へと歩みを進めた。



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