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昨日のことが衝撃的すぎてあまり眠れなかった。
今日は卒業式。卒業生を送るのにふさわしい晴天。だけど私の心は曇っている。
なんでだろう。告白されたのにすっきりしない。OKすればそれで解決したのにできなかった。跡部が冗談で告白するはずがないってわかってるから余計にモヤモヤする。
こんな気持ちのまま学校に登校すると学校全体が卒業式ムードになっていた。プロムに参加しないといけないことを思い出し、少し憂鬱な気分になる。ドレスは跡部の方で用意してくれるんだし、顔を合わせることになるかもしれない。
あぁもう!どうしてこうなったの!?
うだうだ自分の席で悩んでいると、在校生は体育館に移動してください、と校内放送が流れた。体育館に移動するといつも授業で使っている体育館とは雰囲気がまるで違う、厳格な雰囲気が漂っていた。独特な空気感だ。
最後の打ち合わせをしているらしく、壇上で跡部と理事長が何やら話し合っていた。決められたイスに座りその様子を見る。在校生のほとんどが跡部に注目していた。
そうだよなぁ、あの男は学園一モテる男だもんなぁ。昨日のこととか全部夢だったんじゃないかって思う。その瞬間、壇上にいた跡部と目が合った。……気がした。いや、錯覚だ。それか幻。そう思わないと変に意識してしまう。平常心を保て、私!




そして卒業式が終わり、しんみりとした空気が教室に漂っていた。三年生と親交の深かったクラスメイトは結構いたらしく今もまだ鼻の啜る音が聞こえる。
しばらくして教室に先生が来てこの後あるプロムの説明をした。
着替える手間もあるので一旦帰宅してまた来てもいいらしい。借り衣装もあるみたいで、借りる生徒はそれぞれ視聴覚室に集合するように、ということだった。もちろん不参加の人はそのまま下校になる。
先生の話が終わり、教室が騒がしくなった。これからどうすればいいんだろうかと思ってメールを確認すると一通受信していた。
それは跡部からのもので、メイドさんを生徒会室で待たせてあるから来い、という内容で昨日のことについては一切何も触れていなかった。少し素っ気ないように思えるのは私が逃げたせいだ。
鞄を持って生徒会室に行くと、メイドさんが二人いて、カーテンも閉め切り外から中が見えないようになっていた。
ハンガーラックには今日私は着るドレスが掛かっている。グレーのシンプルなドレスはやっぱり派手好きの跡部が好む色じゃないよなぁ、と思う。そんなことを思っていることが伝わったのか、今回のドレスも景吾様は吟味されてましたよ、とメイドさんは笑顔を浮かべていた。

「何か装飾品をお持ちですか?」
「あ、ネックレスがあります」

プロムに参加すると決まったあの日からずっと鞄の中に忍ばせていた跡部からプレゼントされたネックレスをケースごとメイドさんに預ける。
ドレスを着て髪のセットやメイクもしてもらい二時間足らずで完成した。
全身鏡で自分の姿を確認する。胸元には跡部に貰ったネックレスがキラキラ輝いてる。
うん、我ながら良く似合っている。
外は寒いからボレロを羽織った。靴はレース柄の黒のパンプス。ストラップ部分にラインストーンが埋め込まれていて歩くたび足元がキラキラ光って綺麗だ。
そろそろプロムが始まる時間になったので、メイドさんにお礼を言って会場である体育館に移動した。
さっきの卒業式の雰囲気とはガラっと変わっていて、本物のパーティー会場に変身していた。その雰囲気に飲み込まれそうになって少し怖気づく。
前みたいに隣に跡部はいない。フォローしてくれる人が一人もいないのだ。グッと全身に力を入れる。大丈夫、去年の私とは違うんだから。
大丈夫、と何度も繰り返し私は一歩を踏み出した。
会場ではクラシック音楽が流れていて、CD音源かと思えばステージ上で生演奏を行っていた。軽い軽食も用意されているらしく、シャンパングラスを持った生徒を見かけた。緊張でお腹に何も入らないしそのコーナーを横切って会長を探すと案外早く見つかった。けど多くの生徒に囲まれていてとてもあの輪の中に入れる雰囲気ではなかった。近くまで近付いてこっそり何を話しているのか様子を窺う。男子生徒も女子生徒もいて、会長は会長で人気者だったんだな、と今更ながら感じた。
跡部倶楽部のこと、高等部で過ごした三年間のこと、将来の夢の話などなどいろんな話をしている。そしてとうとう、一人の男子生徒が一緒に踊ってください、と会長のことを誘った。それを皮切りにほとんどの男子生徒が会長をダンスに誘う。けど会長は顔色一つ変えずそれを断っていった。心を決めた人がおりますの、と男子生徒の誘いを一蹴している。心に決めた人というのは跡部だ。会長は本気で跡部に恋をしているんだから断るのは当然のことだった。
会長、キラキラしてるなぁ。
そう思いながら人と人の間の隙間で会長の顔を見ていると、一瞬目が合った。その一瞬で自分に用事があることを見抜いたのか、少し休憩させてください、と彼女はその輪から出て行った。チャンスだと思い私は会長の後を付いていく。
体育館の二階に上がり、おそらく部活で使っている女子更衣室の前で立ち止まった。

「こそこそ私の後を付いて来て、一体何を企んでいるのかしら。ねぇ、滝川さん」
「バレてましたか」
「あなた、刑事や探偵には向いていないわね」

更衣室のドアを開けて、入りなさい、と私を促した。ここは仮の休憩室になっているらしい。中に入ると、まだプロムが始まったばかりなので人はいなかった。会長も中に入りパタンとドアが閉まる。改めて会長の全身姿を認めると、真っ赤なドレスが良く似合っていてこの人には絶対、一生かけても追いつけないと思った。

「会長、卒業おめでとうございます」
「ありがとう。あなたの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったわ」
「あ、でももう会長じゃないんですかね」
「いいえ、このまま氷帝の大学に通うことが決まったから会長も引き続いて務めることになりましたの。ですからあなたとはもう少し長いお付き合いになりそうね」
「そうですか」
「それで、今日はどうしたのかしら。プロムに参加する意味があなたにあるとは思えないのだけれど。そのドレスも、彼が用意したものでしょう?」
「あー、えーまぁ、そうです」

私は手に持っていたパーティーバッグから預かった封筒を取り出し会長に渡す。会長は少し意外な顔をしてその封筒を開けた。文面を見て、彼女の顔が綻ぶ。会長のそんな顔、初めて見たかも。

「私は伝書鳩みたいなものですよ」
「ふーん、そう」

綻んだ表情はすぐに消え、会長は舐めるようにして私の全体を見た。そして私の胸元に顔を近付けこの首飾りはあなたの?と尋ねられた。

「これは貰い物で」
「それ、偽物よ」
「えぇ!?でも、跡部から貰ったものですよ」
「ふーん、跡部君から貰ったの」

会長の眉がピクっと動く。あ、墓穴を掘ったかも。会長はフン、と鼻を鳴らし、近付けていた顔を戻した。

「本人に確かめたらどうかしら」
「あー……はい」

歯切れの悪い返事をしたせいか、会長は怪訝な顔をした。

「あなた、まさか跡部君に何かしたの?」
「や、違いますよ!むしろ逆で、あ、」
「え?逆ですって?」

見過ごすわけにはいかない、とばかりに何があったの!?と詰め寄られてしまった。その凄まじい剣幕に気圧され、というより会長に話したいと思って私は口を開く。

「昨日、跡部に告白されたんです」
「…………告白?」

たっぷり間を置いて会長はそう聞き返した。そうです、と頷くと、会長は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。そう、そうなの、と呟き、ベンチに項垂れながら座った。

「はぁ」
「あの、かいちょ、」
「少しお黙りなさい。……なんということを跡部君はなさったのかしら。こんな小娘に…。……はぁ」

私を見て再度溜め息をつく会長。こんな私ですみません、と心の中で謝った。

「はぁ」

と、額に手を当て更に溜め息が続く。何度かそれを繰り返した後、あなたバカなの?とそれがお決まりの台詞であるかのように私に言い放った。

「良かったわね、と私が言うとでも思いましたの?高らかに交際宣言をする相手を間違えてらっしゃるわよ」
「あ、違うんです。私まだ返事をしてなくて」
「は?」

わけがわからないわ、と会長は言った。そうだよね、この話を聞いた人全員がそう思うよ。
私は跡部が好き。その跡部から告白された。100%両想いだ。私が一歩を踏み出せばそれで良かった。でも、その一歩が重いものだってわかってるから怖い。

「……誰かの特別になれるんだって思った途端怖くなったんです。嘘じゃないかって何回も言い聞かせてたんですけど、あんな嘘は言わないって知ってるから辛くて。跡部は何もかも持ってる人なのにどうして貧乏の私なんかを選んだんだろうって。だから私はシンデレラになっていいのかなって思うんです。ガラスの靴なんか落とさずに、このまま一生町娘のままでいいんじゃないかって。貧しいし、贅沢なんて出来ないけど、跡部の人生を邪魔するよりいいと思うんです」

私はシンデレラじゃない。気立ても良くないし、優しくもない。猫被りのただの貧乏人だ。よくよく考えてみれば私たちはあまりに違いすぎた。太陽と月。月とスッポン。多分、そんな感じだ。

「それが理由で返事を渋っているの?それ以前に彼の告白を断るつもりなのかしら」
「……」

会長の問いに答えることが出来なくて俯いていると、あぁ、と思い出したような声を会長が上げた。

「あなた、仲の良い人なんていらっしゃらなかったわよね」

うっ、痛いところを突いてくる。こんな話は会長にしか出来ない。仲が良い子も、私が猫を被ってるって知ってる生徒も、跡部と会長以外に誰もいないから。

「これだから庶民は。あなた、会長が私でなかったら今頃ボコボコにされてますわよ」
「だと思います」

簡単に想像出来て思わず小さな苦笑いをしてしまった。もしも、と考える。もし、会長が彼女でなかったら、最悪の場合心身ともにボコボコにされてたかもしれない。髪をぐしゃぐしゃにされたりドレスを破いたり、軽い暴力だって今なら出来る。
だけど、会長はそんなことはしない。跡部のことを本気で好きだから。私が会長の立場だったらここは我慢するだろうと思うから。
本当にごめんなさい、会長。私、ずるいですよね。ライバルであるあなたにこんな話をして。恨まれても何も言えません。自分勝手でごめんなさい。

「私はあなたではないから今吐き出したあなたの気持ちは全然わからないわ。近年稀にみるシンデレラストーリーでしょう。正直に言うと嫉妬をしていますの。何故あなたを選んだのか未だにわからないけれど、彼は私の知らないあなたを好きになったのでしょうね」

顔を上げなさい、と会長は言う。嫉妬はしているけれど、怒りはしないわ、と。
その優しい声に私は大声を上げて泣きたくなった。同年代の女の人とこんなに正直になって話すことなんて一度もなかったから。こんなことは初めてでどんな顔をしたらいいのかわかんないよ。
涙を堪えて顔を上げたらふふっと会長に笑われた。こんなことで泣くのは止めなさい、と優しい声色の言葉が心に響く。

「泣くのなら彼の前で泣きなさい。いいわ、私から一つ助言をしてさしあげます。今あなたが言ったその言葉を全て跡部君にぶつけてごらんなさい。跡部君はあなたを選んだの。彼のことが好きなのでしょう?なら答えなんてわかりきってるじゃない。何を迷うことがあるの。悔しいけれどね、認めるしかないのよ。本当にあなたはバカね。彼を信じないで誰を信じろと言うの?そう思わない?ねぇ、滝川さん」

会長は静かに微笑んだ。だから私は気合いで涙を止める。
そして、そろそろ行きますわね、とベンチから立ち上がり私の横を通り過ぎようとするので私は会長を引き止めた。

「あのっ」
「なにかしら」
「今までお世話になりました!」

会長に向かって深くお辞儀をして顔を上げると、バカね、と会長は笑っていた。

「これからもお世話になります、の間違いでしょう。それでは、また会いましょう」

ドアを開けて更衣室を後にする会長の背中が見えなくなるまで私は頭を下げた。涙がこぼれそうになったけど我慢する。
跡部にちゃんと伝えよう。自分の正直な気持ちを。私がどれだけ跡部を好きなのかっていう、そういうことを。



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