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結局、進路について母親と話すことができなかった。先延ばしにするのはあまり良くないとは思うけど、きっと母は無理をしてでも私に進学を勧める。それがわかってるから言いづらい部分もあった。
跡部は結局海外留学するのかな。その話を聞きたいと思っているけどここ最近昼休みに生徒会室にいない。
卒業式やプロムの準備などで取引先の業者との打ち合わせで忙しくしているようで顔を合わすのは教室内だけの日もあった。生徒会室に来てもご飯を食べて行ってしまう日もあって寂しく感じる。
そんなすれ違いが一週間以上も続いて気が付けば卒業式は明日に迫っていた。跡部とゆっくり話すことができるのは春休みに入ってからかな、とバイトが終わり自宅に帰るため自転車を漕ぎながら思う。
でも部活で忙しいだろうし、三年生に進級したら?跡部も留学の準備とかで忙しくなるだろうし、今よりもっと一緒にいられなくなる。ちょっとずつ跡部との距離が離れていってる感じがして気分が沈む。
そんなことを考えているとアパートの出入り口に跡部が立っているのが見えてあれ、という声が漏れた。近くに車がない。珍しいな、と思いながら跡部の前でブレーキをかけて自転車を止めた。

「どうしたの?私に何か用でもあった?」
「あぁ」
「なら中で待ってれば良かったのに。お母さんいなかった?」

この時間なら母は帰宅してるはずだ。なんで外で待ってるの。私みたいに風邪ひいちゃうよ。

「いや、俺も今来たところだったからちょうど良かったんだ。玲子を連れて行きたいところがあってな。行くぞ」

すたすたと歩いていくのでちょっと待って、と呼び止める。

「自転車置いてくるからちょっと待っててよ」
「待てねぇよ。もたもたしてるとなくなっちまうぞ」

だからそのままついて来い、と言われ仕方なく自転車を押して跡部の横に並んだ。
なくなるって何がなくなるのかな。スーパーの見切り品?いや、この時間帯だしとっくに売り切れてるはずだ。というかその前に跡部はスーパーなんて行くはずないし、徒歩ってことはこの近くってことでしょ。不思議に思いながら跡部について行く。次第に細い道に入り、目的地が段々と絞られてきた。
着いたぞ、と跡部に言われ目の前を見れば私が思っていた通り跡部と一度来たことのあるあの駄菓子屋があった。
小学生や中学生がたくさんいて、この間は静かだったのに今はとても賑やかだ。一体どうしたの。

「何かあるの?お祭りとか。でもこんな時期にお祭りはありえないよね」
「それは自分の目で確かめたらどうだ?」

お店のそばに自転車を止め、外で子供たちが遊んでいる風景を見ているおばさんに話しかけてみる。

「こんばんは」
「こんばんは。あら、この前の。また来てくれたんだね」
「覚えてらっしゃるんですか?」
「滅多に若い人なんて来ないからね。こう見えても記憶力だけはいいんだよ」
「あの、どうしてこんなに子供たちがいるんですか?」
「それはね、焼き芋をしているからだよ」
「焼き芋?」

そう、とおばさんは答える。
なんでも物置を整理していたら焼き芋機を見つけたらしい。それは昔店先で焼き芋を売っていた時の物で思いのほかあまり錆びれてなく試しに動かしてみようということになったのだそうだ。
そして噂を聞きつけた小学生や中学生が駆けつけこんなに賑やかになったらしい。
こんなに賑やかなのは久しぶりで嬉しいよ、とおばさんは目を細めて笑った。私もこの光景が懐かしく思えた。五年前にタイムスリップしたみたいで自然と頬が緩む。
焼き芋が出来上がるまでしばしの間店先で待つことにした。

「焼き芋のこと、どうやって知ったの?」
「それは企業秘密だ」
「金持ちの特権?」
「そうだな。そういうことにしておこう」
「なんなのそれ」

あははっと笑うとつられて跡部も笑った。
このことを知ってたってことは跡部もこの駄菓子屋のことが気になってたのかな。それか自分が食べたくて私を誘ったとか。

「そうだ。跡部は焼き芋って食べたことあるの?」
「ない、と答えた方が面白いと思うが残念なことにあるぞ」
「え、嘘!?絶対ないって思ってた!」
「だろうな。初めて食べたのは中学二年の秋だったな。テニス部の連中と庭で焚き火をしてその時にな」
「うわーいいなぁ。焚き火で焼き芋かー。美味しかったでしょ」
「まぁな」

あ、認めた。最近の跡部は結構素直ですぐに認めることが多くなった。この間のチョコレートの時だって美味しいって言ってたし、素直にものを言うことが多くなったと思う。跡部も去年から変わったってことなのかな。そうなら凄く嬉しい。
そんな会話をしていたら焼き芋が出来上がったらしくおばさんがみんなを呼び始めた。

「ちょっと買ってくるね」
「俺も一緒に行くぞ」
「え、いいの?」

並ぶ?跡部が?子どもたちの列に?と困惑している私をよそに跡部は小学生や中学生が並んでいる列に並んだ。その後ろについていくと、玲子をパシリに使うために誘ったんじゃねぇぞ、と言われてしまった。

「だって跡部、列に並んだことあるの?」
「あまりねぇな。というか初詣の時も並んだだろ」
「あの時とは状況が違うからびっくりしたの。こういうの嫌だと思ってたから」
「別に嫌だと思ってねぇよ、玲子がいるしな。こういうのもたまには悪くねぇ」

跡部の言葉に自然と頬が緩む。本当に素直になったなぁ。
そして私たちの番になり跡部の分と自分の分の二つを購入する。小ぶりなサイズなので母親へのお土産に買って帰ろうとおばさんに話すと一本取って置いてもらえることになった。お礼を言って元いた場所で食べることにする。
跡部は熱々の焼き芋を少し冷ましてからかぶりついた。私もふーふーと口で風を起こしそれから焼き芋に齧りつく。

「あっつっ、んん!」

ホロホロしてて甘い。寒いけど、それを吹っ飛ばすぐらい美味しい。

「寒い中で食べる焼き芋って最高だね」
「玲子の場合焼き芋じゃなくても最高だろ」
「まぁ、そうだけど」

跡部の中で私が食いしん坊キャラになってる気がする。まぁ最近すき焼きをご馳走になったりチョコのお裾分けをもらったりしてるから弁解の余地はないけど。
焼き芋を食べ終え跡部が最近、と話を切り出す。

「最近の玲子、元気がなかっただろ」
「……気付いてた?」

寂しいと感じていたけどそれが元気がなかったという風に見えたらしい。気付いてくれてたんだ。

「やっと時間を作れたんだ。何か俺に話したいことがあったんじゃないのか?」

優しい跡部の声が降ってきて、少ししんみりとした空気が漂った。子供たちの賑やかな声が自然とフェードアウトしていって、今は跡部の声しか聞こえない。
進路の話よりももっと自分のことを知ってもらいたいという思いの方が強くなって自然と言葉を紡いでいた。

「可哀想って思われるのが嫌だったんだ、昔から。あの子は片親だから可哀想、お金がないから可哀想って小さい頃、大人がそんなことを自分に言ってることも気付いてた。でも私は幸せだったし、父親がいないことも当たり前だと思ってた。その時思ったんだ。人から可哀想って思われないぐらい幸せになろうって。私はただ、誰かの特別になりたかった。……シンデレラになりたかった話は前もしたよね。少しでもシンデレラに近付きたくて猫を被った。最初は猫を被った性格でもやりきれるって思ってたんだ。玉の輿に乗れたら一生猫を被り続けることだってできるって。だってその人が好きになったのは偽ってる私なんだから。でも、……でもね、跡部と出会ってその気持ちが変わっていったんだ。素の私を知られても私への態度が全然変わらなかったから。私はいつの間にかそのままの素の自分を受け入れてほしいと思うようになったの。……跡部のおかげで変われたんだ。知らないうちに影響受けてたんだよね」

うわー、なんか凄く恥ずかしいことを言っちゃってる気がする。どんな反応してるんだろうと気になって跡部を見ると真剣な顔をして私の話を聞いてくれていた。
今なら跡部に好きって伝えられるかな。

「あのね」

言葉を一旦切り、呼吸を整える。
その時パチパチという音と共に視界の端に閃光が走った。音と光のする方へ目を向けると焼き芋を食べ終えた小学生たちが手持ち花火をしていてふと我に返る。

「玲子?」
「えっと…そろそろ帰ろっか。明日早いでしょ」

危なかった。雰囲気に流されて公衆の面前でフラれるところだった!
母の分の焼き芋をおばさんから受け取り帰路につく。
さっきまで賑やかだったけど駄菓子屋を離れるにつれ静かになっていき、聞こえるのは私たちの足音と自転車のチェーンから聞こえるギィーという音だけ。はぁーと息を吐けばたちまち白いもやが広がってそれは瞬く間に消えていく。なんだか冬は物寂しい。そっか、だからさっき告白しかけたのか。あの小学生たちに感謝しなきゃ。私はまだ、フラれる覚悟はできてない。

「星が綺麗だな」

跡部に言われ足を止めて星を見ると、綺麗な星が広がっていた。東京でもこんなに綺麗な星が見えることもあるんだ。

「久しぶりに星を見た」
「そういえば私もそうかも。星を見る時間なんてなかったし、外に出る時っていつも自転車だったからあまり考えたことなんてなかったな」
「こんなに近くにあったのに、気が付かなかったんだな」

跡部は空に向かって右手を伸ばした。そして星を掴むような動作をして右手を下ろす。なぁ、と跡部の顔が私に向いた。

「変わったのは俺もなんだ。玲子と出会って俺は変わった。意識はしてなかったが、最近は笑うことも増えたと思う。玲子がそばにいたから。玲子と過ごしている時間が楽しいと思った。ほんの些細なことでも玲子と共有したいと思うようになっていっていた。だから、シンデレラになりたいという夢も叶えてやりたいと思ってる」

それってつまりどういうこと?わけがわからず跡部を見る。その目は凄く真剣で、覚悟を決めたような、けれど優しくもあって。そして跡部の表情がふっと緩む。

「玲子のことが好きだ」

……すき?

「……すき焼きの間違いじゃないよね?」
「誰がそんな間違いをするかよ」

ごめんなさい、それ私が言ったやつです。

「人が本気で言ってるっていうのに、玲子は本当に食い意地が張ってるよな」
「あ、ごめん。というかそんなのうそに、」
「嘘じゃねぇよ。俺は、玲子を好きになってから、一日たりとも玲子のことを考えない日はなかった」

玲子も俺と同じ気持ちであればいいなと思ってる、とそう続けて言う跡部の表情はとても優しいものだった。
なにこれ。どんなドッキリなのよ。騙されない。私は騙されない。ドキドキしてる心臓を押さえてみる。大丈夫だよ、こんなの冗談なんだから。顔が熱い。いや、違う、寒いから逆に熱くなってるだけだって。あぁもうわけがわかんない!

「顔赤いぞ」
「ち、近付かないで!」

跡部が近付いてくる気配がしたので咄嗟にそんな言葉が出てしまった。しまった。
言葉が見つからず俯いていると重たい空気が流れた。すぅ、と跡部が息を吸う音が聞こえたので向こうが何か話す前に私は自転車に跨った。ペダルを踏み込み、自転車をぶっ飛ばす。

「チッ、待ちやがれ!」
「いやだあああぁぁぁぁ!」

全速力でアパートに帰って来て、玄関を開けすぐに鍵を閉める。
居間から遅かったね、と母親が顔を出した。なので私は紙袋に入った焼き芋を母に渡す。

「近くの駄菓子屋で売ってた焼き芋」
「あら、ありがとう。まだ温かいじゃない。誰かと行ってきたの?」
「一人だよ」
「一人で?本当に?」
「本当に一人だってば!お風呂入って来るから!」

私がただならぬ雰囲気を醸し出していることに気付いた母は何も言わず焼き芋を紙袋から取り出し食べている。

「誰が来ても絶対に家にあげないでよ!」

母親に八つ当たりしても意味ないってわかってるけど、どうしても自分を保てない。
洗面所のドアを閉め、私はドアに寄りかかった。まだ心臓がドキドキ言ってる。跡部、凄く真剣な目をしてたなぁ。

「うそだぁ」

うわぁぁ、いろんな意味で泣きそう。



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