42

基本的に私の送っている日常は平和だと思う。
朝起きて登校して、猫被りをしてるからときどきクラスの女子に頼られて、昼休みには生徒会室でゆっくり過ごして、放課後はにんまり弁当でバイトをして帰宅する。貧乏だけどそれなりに生きてるし、恋もしている。やっぱり平和だ。
週明けの月曜日。今日も昼休みは生徒会室で過ごす。そして私は鞄の中にある物を忍ばせていた。
ランチを食べ終え、ソファで休んでいる跡部にある物を渡す。淡いブルーの包み紙で包まれている物を渡された跡部はこれは何だ?と包み紙を開けた。

「北海道のお土産とバレンタインを兼ねたチョコレートだってさ」
「玲子の母親が俺に?」
「そう」

母は私以外にも跡部のお土産をちゃっかりと買って来ていたのだ。跡部のことを気に入ったらしく、全国的にも有名なメーカーのチョコレートを買ったのだそうだ。そのチョコは北海道の本社でしか買えない限定物らしい。

「北海道はどうだったか聞いたか?」
「うん。蟹食べ放題に海鮮丼でしょ、後他にもいろんな美味しいものを食べたって言ってたよ」

私のその言葉を聞いて跡部は笑っていた。一体この言葉のどこに笑いの要素が含まれていたのか私にはわからないけど、跡部にとっては面白かったらしい。
どうしてそこで笑うの?と聞けば似たもの親子だな、と跡部は答えた。
チョコレートの箱が開けられ甘い良い香りが漂って来た。私の視線がチョコに向かっているのを見て食べるか?と私に聞いてきた。

「え、いいの!?」
「物欲しそうな顔になってたぜ。ほら」
「じゃあ、一個だけ」

チョコレートの箱に手を伸ばし、チョコレートを摘む。そしてそのままそれを口の中に放り込んだ。
甘い。でも少しほろ苦くもあって、美味しい!
私の様子を見て跡部もチョコレートを口の中に入れ、美味いな、と跡部は言う。

「あぁ、そうだ、玲子に頼みたいことがあるんだが、いいか?」
「うん、いいよ。何?」

跡部は立ち上がり生徒会長の机の引き出しからある封筒を取り出して私に渡した。淡いピンク色のそれは、私が貰ったパーティーの招待状を入れた封筒より柄が大きめで、表には跡部倶楽部の会長の名前が印字されていた。

「らら、ラブレター?」

ショックでどもってしまった。そんな、まさか。
動揺を隠せない私に、んなわけあるか、と跡部は一蹴した。

「もうすぐ彼女も卒業だろう」
「あ、そうだったね」

忘れてた。会長は三年生で、もうすぐ卒業式があるんだった。最近会長を見かけないなぁと思っていたけど、それは三年生全体が自主登校になっているからで彼女を見かけないのも当然だった。
氷帝学園高等部では卒業式が終わった後、アメリカで行われるようなプロムが開かれる。
去年私はそれに不参加だったので規模はどれくらいか知らないけど、参加者のほとんどがドレスを着込み優雅に卒業生と在校生がダンスをして別れを惜しむらしいのだ。
シングルでも参加OKということで卒業生のほとんどが出席するそのプロムは別名カップル誕生会と一部の生徒から呼ばれている。
というのも最後の曲にダンスに誘う=愛の告白というのがこのプロムの暗黙のルールとなっており、OKすればカップル成立で、断られたら振られた意味になる。披露される曲順はあらかじめ公表されるのでそれまで友達同士ではしゃいでいた男女が急に散り散りになりお目当ての意中に人にダンスに誘うらしい。なので最後の曲はカップルしか踊れないダンスフロアと化す。
数年前振られた人が可哀想だという意見が上がり廃止になりそうだったけど当時の三年生が阻止をしたそうだ。それほどこのプロムに懸けている人が多いってことになる。
今年はそのプロムに私も参加し、折を見て渡してくれ、と跡部は私に頼んだ。ドレスは跡部の方で用意してくれるから参加することには抵抗がないけど、その役目を担うのは私でいいのかな。

「これって、ダンスの申し込みじゃないの?」
「よくわかったな」
「なんとなくそうかなって思ったんだけど、やっぱりラブレターじゃん」
「飛躍しすぎだ。それに最後の一曲を踊るつもりはねぇよ」
「じゃあ何で会長を誘うの?」
「彼女には世話になったからな。サプライズだ」
「……私でいいの?会長と和解したからってこれを会長に渡さないかもしれないよ?」
「玲子はそんな卑怯なことはしねぇだろ。俺は玲子に預けたいんだ」
「……うん、わかった。会長ってさ、良い人か悪い人か最初はよくわからなかったんだよね。脅迫してくるし、学園祭の時だってバトルモードになってたし。でも、背中を押してくれたりさ。よくわからなかったけど最高の先輩だと思う。だから、ちゃんと渡すから」
「あぁ、頼む」

跡部に伝え、封筒を鞄の中にしまった。
多分私が思っている以上に跡部と会長との信頼関係は出来上がってるんだと思う。私の知らない跡部を知ってるって会長が言ってたんだからそれは当たり前だ。だから、ライバルとしては悔しいけどお膳立てはちゃんとしたい。
卒業か。来年の今頃の私たちはどうなってるのかな。

「来年は俺たちが卒業だな」
「……来年なんて想像したくないよ」

とか言いつつ想像してしまった自分がいた。
嫌な想像だ。というか妄想か。三年に進級して跡部とクラスが分かれてそのまま疎遠になってしまう妄想。
嫌だ。そんなのはあんまりだ!

「辛気臭い顔は似合わねぇぞ。未来は明るいと、そう思っておけば案外そうなるもんだぜ」

甘い物でも食べて落ち着け、とチョコレートを箱を差し出されたのでチョコを口に運んだ。
甘い。でもほろ苦い、恋みたいな味だ。
あ、来年で思い出した。先生に呼ばれてたんだった。そのことを跡部に言うと何かやらかしたのか?と聞かれたので内容はなんとなくわかっていたけどなんだろうね、とすっとぼけた。
担任の先生は私の家庭事情も把握している。だけど呼び出してくるってことは私のことを思ってくれてるってことだ。ありがたいと思う反面申し訳なく思う。私はきっと、先生の期待には応えられない。
呼び出された進路相談室に赴くと呼び出して悪かったな、と言われ、長机には先日提出した進路調査票が置かれていた。
進学・就職のどちらかに丸を付ける項目にはしっかりと就職の方に丸をつけている。うん、確かに自分のものだ。
長机を挟んで向かいに用意されていたパイプ椅子に座る。

「先生もな、あまりこういうことに口を出すべきじゃないとは思ったんだがどうしても滝川と話したくてな」
「別に大丈夫ですよ。先生に呼ばれた時点で進路の話だろうな、とは思ってたので。もしかして、うちのクラスの就職組って私一人だけだったりしますか?」

私の質問に先生は小さく唸り頭を掻いた。
プライバシーの問題もあってそれに答えられないらしい。でも先生の反応からして私一人だけみたいだった。

「就職するのはまずいってことはないですよね」
「それは絶対にない。過去の奨学生でも就職した生徒もいたんだからな。滝川はアルバイトも頑張ってるんだろう」
「はい」
「だから条件の良い企業には内定を貰えると思う。三年の夏休みにOB訪問するのもいい。滝川なら必ず良い所の就職先が見つかる。ただ、」

ただ、と先生は一旦言葉を切り私を真正面から捉えた。

「滝川には違う道もあるんじゃないかと思ってな」

違う道、と心の中で反芻する。それは、私が見て見ぬふりをしている道でもある。
これを見て欲しいとファイルを私に差し出した。受け取って中身を見ると奨学金制度で入学金や授業料が免除される大学の一覧表が印刷されていた。そのほとんどが国立の大学だった。
一番上から滝川が受かる確率が高い順にしてある、と先生は言ってるけど上位のほとんどが難関大学だった。その中に氷帝の大学部の文字はない。授業料が高く、後で返済をするのがきついだろうと思って外しているということだった。
今の私にそんな実力はないと先生に言うけど、ここのところ成績が上がっていることを指摘される。それは跡部に教わったからで、とは正直に言えない。

「とりあえずその書類を親御さんに見せて話し合ってみたらどうだ?」

先生は母親が進学を渋っていると思っているらしい。全然そんなことないのに。でも、進路の話が家で上がらないことは確かだ。私も母もなんとなくその話題は避けてきた。
決めるのは滝川だ、と先生は言う。

「来年、俺は滝川の担任じゃないからできることはここまでだ。家庭の事情はわかってる。このまま進路を変えずに就職するのも構わない。応援する。決めるのは先生でもお母さんでもない。滝川自身だ。まだ時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり考えたらいい」

真剣に話をしてくれる先生の目に嘘偽りは感じられなかった。
本気で私のことを考えてくれてる。ありがたい。生徒思いの先生だ。
私はお礼を言ってその書類を持ち帰ることにした。例えこれがメモ代わりに使われることになっても、今この場で先生に返すのは心苦しい。
そして気付く。私にチャンスの神様はもうやって来ないのだ。



back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -