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2月14日の朝が来た。結局あれから夢は見なかったので爆睡していたらしい。
メイドさんが持ってきてくれた朝食を食べ終えると、ちょうどそのタイミングで着替えのパジャマを渡してくれた。昨日私が眠っている間に着替えさせてくれたのはパジャマを持ってきてくれたメイドさんで彼女にお礼を言う。
制服はクリーニング中で学校には休むことを連絡済みだということだった。後で店長の方にも連絡をいれなきゃ。熱が下がったからといって風邪をひいてること自体には変わりないし、今日は一日跡部家にお世話になろう。
着替えて大人しく寝ていると扉をノックする音が聞こえ、返事をしたら跡部がドアを開けて入ってきた。

「おはよう、玲子。気分はどうだ?」
「おはよう。昨日よりだいぶ良いよ。もう行くの?」

制服を着ている跡部に問うと、朝練があるからな、と答えが返って来た。
こんな日に朝練なんてしなくてもいいのに、と思うけど、跡部にとってバレンタインは普通の日と変わらないらしい。

「今日は大変だね」
「バレンタインのことか?」
「うん」
「別に大変じゃねぇよ。何か勘違いしてるようだから言っておくが、俺様はいちいち個別で受け取ってるわけじゃねぇんだ。一人ずつ相手をしてたらキリがねぇしな。直接渡されることもあるがその時は樺地を通せと、そう言って断ってる」
「へぇそうなんだ」

じゃあ私がもし跡部にチョコを渡したとして、それは一旦樺地君に預けなきゃいけないってことか。チョコをあげようとしなくて良かったかも。
そんな私の心情を察したのか跡部はただ、と言葉を続けた。

「玲子からなら直接受け取ってたがな」
「えっ」

それってどういう意味よ!熱が上がっちゃうじゃん!
私の反応が面白かったのか跡部は小さく笑っていた。なんかもう、完全に跡部のペースだ。

「そういえば学校には連絡を入れたが母親にはどうする?」
「それは、いいや。心配掛けたくないし、私が倒れたって知ったら楽しめるものも楽しめないでしょ」
「まぁ、そうだな。じゃあそろそろ行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」

手を振って見送る。それがなんだか新婚さんみたいで跡部が去った後、一人で布団にくるまりニヤけながらこの幸せを噛み締めた。



……暇だ。完全に私は暇を持て余している。
昨日の授業の復習でもしようかな、と鞄から教科書を出してパラパラ捲っていたらおやつを持ってきてくれたメイドさんに、熱があるんですからきちんと休養してくださいと咎められてしまった。なので今完全に手持ち無沙汰だ。
あまり眠たくもない。どうやって時間を潰そうか、と考えているとコツン、とドアに何かが当たる音がした。ノックの音とは少し違う。そしてまたコツン、と音がしたので起き上がりドアをそっと開ける。すると隙間から動物の鼻らしきものがにゅっと覗いた。

「わっ」

扉が全部開ききる前にその動物が入ってきた。毛並みは相変わらず綺麗で凛々しい顔つきもご健在な、跡部の飼い犬。

「マルガレーテ!」

跡部の誕生日以来だから4ヶ月ぶりに会うのか。私のこと覚えてくれてるのかな、と思いながら彼女の名前を呼ぶと、この人また来たのか、という視線を私に向ける。
いや、違う。動物はご主人様に似るって言うし、もしかして歓迎されてるってことかな?

「もしかして、私のこと心配して来てくれたの?」

じゃないとわざわざゲストルームに来ないよね。ご主人様に似て素直じゃないなー。
今度こそ頭を撫でてみたい。というかもふもふしたい!動物と触れ合う機会なんてないし何よりマルガレーテと仲良くなりたい。
よし、と意気込んでマルガレーテと同じ目線の高さになるようにしゃがみこむ。恐る恐る手を伸ばすと私の気配に彼女が気付き、あぁ今回もダメだったかぁと落胆していると私とマルガレーテの距離が縮まっていることに気付いた。マルガレーテが私に歩み寄ってくれてる?
そして彼女は私の前で立ち止まり、どうぞ、と言わんばかりにしっかり目線を合わせてくるのでありがたく撫でさせてもらう。
毛並みに沿ってそっと撫でる。あーあったかい。このまま抱きしめちゃえ。
そのままの勢いに任せてガバッと抱きつく。まさかマルガレーテも私がそこまでするとは思ってなかったらしく驚いて身を翻し私のそばから離れてしまった。後で調べてみたら犬に抱きつく行為はやってはいけないらしい。悪いことをしちゃった。
それでもマルガレーテは部屋を出ることをしなかった。私が寂しいって気付いてるみたいでベッドに飛び乗り布団に潜り込む。
マルガレーテの横で寝ていると幸福度が上がっていく気がする。
幸せーと思っていると枕元に置いていたスマホが鳴った。跡部からの着信ですぐに応答ボタンを押す。

「もしもし、どうしたの?」
『暇してるんじゃないと思ってな』

時計を見るとちょうど2限目が終わった時間だった。それがそうでもないんだよね、と弾んだ声で跡部に訳を話す。

「この間警戒されてたから嫌われてるのかなって思ったけど勘違いだったみたい。凄く可愛い。うちで飼いたいぐらい」

ねぇ、とマルガレーテに相槌を求めるとキューンと可愛らしい鳴き声がした。それを聞いて跡部が笑う。

『随分仲良くなったみたいだな』
「うん。そっちはどう?教室凄いことになってない?」
『いや、わりと平和だぞ。まぁチョコレートの甘い香りが漂ってるがな』

電話越しに跡部の声しか聞こえないのは移動して電話を掛けてくれているからだという。わざわざ移動して連絡をくれたことが嬉しい。
教室中が甘い香りで充満。授業どころではなさそうだ。簡単に想像できて笑ってしまう。

『じゃあ、そろそろ切るぞ』
「うん。電話ありがとう、跡部」

電話を切ると暗くなった画面に自分のニヤついている顔が映ってうわ、と声が出そうになる。私こんな顔して跡部と電話してたのか。凄いニヤついてたなーと思いながらそばにいるマルガレーテの体温が気持ち良くて私はまた眠りについた。




ゴン、ドン、ピーピーピー。騒がしい音、というよりも何かの車の音が聞こえて目を開けた。手元の携帯を手繰り寄せ時間を確認すると午後4時すぎだった。
もしかしてクラスの女の子が話していたトラックでチョコレートを運んできた音だったりして。
それを確認したいけど外に出たことがバレるとメイドさんに怒られる。というかその光景を見てしまったら絶対にショックを受けるから今は大人しく寝ておこう。
ずっとそばにいてくれたマルガレーテの頭を撫でる。ちょっと弱音を吐きたい気分だ。

「あのね、マルガレーテ。私、君のご主人様のことが大好きなんだ」

こんなことになるならチョコレートを用意しておけば良かったと少し後悔。
直接受け取ってたって跡部は言った。いや、あれは社交辞令だったりする?
考えれば考えるほど跡部の言ってることがわかんなくなる。俺を頼れ、とか、心配をさせろ、とか、それは絶対反則だよ。私は跡部に甘えてもいいのかな。

「甘えるってなんだろう。なんかもうわかんないや。今までそんな経験してこなかったし、頼るってことでいいのかな」

マルガレーテは気持ちよさそうに欠伸をしている。

「独り占めしたいって思っちゃうんだよね。恋人でもないのに」

跡部のパーソナルスペースに近付いていることについては自覚はある。それを不快に思ってないこともわかってる。私を気遣ってくれてて、だいぶ心を許してくれてるってことも。
だから今のこの関係のままが一番良いって思ってる自分がいる。跡部の隣が一番居心地がいいことを知ってしまったから、変わることを恐れてる。今が一番幸せ。跡部にとって私の存在は、意味のあるものなんだろうか。

「会いたいなぁ」

跡部ならきっとこんなモヤモヤも鼻で笑い飛ばしてくれる。何そんなことでウジウジしてんだよ、と叱ってくれるかもしれない。
跡部がいるから大丈夫だってそう思わせてくれる。私にとって跡部はそういう存在だ。早く帰って来い、モヤモヤの原因よ。……なんて念じても効果はないので私は再び目を閉じた。



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