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玲子は俺に弱味を見せない。クリスマスイブの時に初めて玲子の泣き顔を見た時は俺のことをやっと頼りにしてくれているのだと思っていた。『脆い玲子』を知れて良かったと思ったのも事実だった。
ただ、あの時どうしてそこまで必死になるんだというレオンの問いの答えはまだ出せていない。
だからその答えを出そうと忙しい合間を縫って玲子と出掛けたりもした。何か意識的に変わろうとしているのかメイクをしている玲子に気付き、好きな奴でもできたのかと思ったが結局それは聞けずにいる。
彼女にとって俺の存在はただの友人というポジションにおさまってしまっているのだろう。
そう考えると違和感を覚えたが、その正体に気付かないまま三学期に突入し、彼女は元の玲子に戻ってしまった。人に頼らず自分一人で何でもこなしてしまう玲子に。あの時の玲子の面影はない。
跡部倶楽部の件も今日の風邪の話だってそうだ。遠慮をして俺に頼ろうとはしなかった。拒絶されているようで疎外感だけが残る。



部活を終え、いつものように帰宅する。ふと、くしゃみをしていた玲子のことを思い出した。あれからくしゃみは止まったようだが、様子からして本当に風邪を引いたのだろう。明日無理矢理にでも医者に診せた方がいいかもしれない。
そう思いながら自室に向かい部屋着に着替えようとネクタイを緩めていたら制服の内ポケットに入れていたスマホが鳴った。
玲子からの着信のようで、思えば彼女からの着信は初めてだった。

「玲子?どうした?」
『あ、と』
「おい、玲子!」

電話の向こうの玲子の声はカラカラに乾いていて、緊急事態だと察し自然と声が大きくなる。
まさか風邪が悪化したのか。クソッ、昼間に強く言うべきだった。舌打ちをしそうになり寸前のところで我慢した。

『たすけて、あとべ』

初めて、玲子の口からその言葉を聞いた気がする。

「玲子、お前今どこに、」

いるんだ、と言い切る前に電話が切れた。今度こそ舌打ちをする。ネクタイが緩んでいるのもそのままにして部屋を出た。
ヤバイと思う前にさっさと俺を頼れよ、バカ玲子。
すぐに車を出し、玲子がいるであろうアパートに向かう。出入り口に車を止め、105号室に急ぐと玄関の前で玲子が倒れていた。思わず再び舌打ちが漏れる。

「玲子!!」

こんな寒い中にいたら風邪も悪化するに決まってるだろ。というそんな説教は後にして今重要なのは玲子の容態だ。頬が真っ赤に染まり息苦しそうにしている玲子の名を呼び肩を抱いて揺すり起こす。スマホが地面に落ちているのを見て、通話中に倒れたらしいことはすぐにわかった。

「玲子!」

玲子はうーんと唸りながら目を細く開けた。

「玲子、俺がわかるか!?」
「あと、べ?あれ、ゆめ?」

玲子の手が俺の方に伸びて、頬を抓られた。手を払いのけることはしなかった。代わりに彼女の手に自分の手を重ねる。玲子の手は冷たく、長時間この場所にいたことを示唆していた。何も一人で耐えることはないだろう。どんな些細なことでもいい。俺は玲子の力になりたかった。

「ごめんね」

そう言って糸が切れたように俺の方に倒れ込んだ。全身の力で玲子を支え、そして彼女を抱える。

「謝るんじゃねぇよ」

部屋の明かりがついていないので家の中には誰もいないのだろう。母親は今日は帰らないのかもしれない。家の外で倒れていたということは、鍵を忘れたということになる。俺は玲子を抱えたまま車に向かった。
運転席にいたミカエルが目を見開き驚いている。彼に事情を説明し、玲子の荷物を持って来てもらった。

家に着くと跡部家お抱えの医者が待ち構えていた。玲子をゲストルームの部屋のベッドに運び、診療が開始された。邪魔だろうから一旦自分の部屋に戻る。ふと全身鏡に目が留まり、自分の格好がとんでもないことになっていることに気付く。ネクタイも中途半端に緩々で、ズボンからワイシャツがはみ出ている。髪も走ったせいで乱れていた。最高に俺様らしくねぇ。
だが、と思う。玲子のためだからここまで必死になるのだろう。これが他の奴なら悪いが俺はここまではしない。そう思った。
着替えも済み、自室で待っているとミカエルが俺のことを呼びに来た。今は点滴を打ち終わり眠っているということだったので、ゲストルームに赴くことにした。
眠っている玲子の顔は先程より穏やかで安心する。ベッドの側までイスを移動させそこに座る。
医者の話だと安静にしていれば2・3日で治るらしい。大事に至らなくて本当に良かった。
小さく玲子の名前を呼んでみる。それが俺にとって最も大事なものに思えた。
あぁ、そうか。それが答えか。今一番大事で大切だから必死になっていたのか。考えれば単純なことだった。どうして今まで気付かなかったのだろう。
違和感の正体に気付き、笑みが零れた。もうそろそろ、長かった一日が終わる。



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