01

特別ってなんだろう。ってときどき考える。
私の思う特別は私のことを好きと言ってくれる人に優しくされることだったり、心の支えになってくれることだったり、一生お金に困らない生活を与えてくれることだったりする。
最も重要なのは一番最後で、そのためなら性格を偽ってでも手に入れたいものであった。
そう。私の夢は玉の輿に乗ることである。
というのも私の家が貧乏だからだ。金持ちの男子をゲットして結婚までこぎ付けるのだ。だからわざわざ公立の中学から私立の名門校(通称金持ち学校)と呼ばれる氷帝学園高等部に入学した。一年の初めにできた彼氏は『将棋界の貴公子』と今世間をざわつかせている男子だったけれど、その男子とは一度もデートが出来ず一週間で振られてしまった。順風満帆だと思われた私の高校生活は初っ端から出鼻を挫かれてしまいそれ以来彼氏ができたことはない。
簡単に、それこそ童話のシンデレラのようにはいかなかった。やっぱ、シンデレラってガラスの靴をわざと落としたんだよ、と悪態をつきたくなる。

「あ、滝川さんこっちこっちー」

名前を呼ばれて振り向くとクラスメイトの女の子が手招きをして私を呼んでくれていた。
夏休み真っ只中の今はインターハイの真っ最中でもあった。
それで帰宅部の私が応援に駆り出されているわけだけど、その理由はテニス部のせいであるのだ。
私のクラス、二年A組には生徒会長兼テニス部部長の跡部景吾が在籍している。
かの有名な跡部財閥の御曹司であり成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、という腹立たしいほどの能力を持つ男である跡部景吾は私が最もカモにしたい男ナンバーワンだ。けれど会話は片手で数える程度しかしておらず、私をクラスメイトとして認識しているのかわからないのだ。お近付きになれる機会も恵まれず、未だクラスメイト止まり。
というわけで跡部のせいでA組のみんなが応援に駆けつけるわけである。
強制参加ではないものの、少しでも跡部との接点を作るためバイトをわざわざ半休にしてもらって応援に来ていた。
玉の輿のためならしょうがない。テニスコートから観客席なんてあまり見えないだろうけど、突破口は必ず開けるはず!頑張れ、私!明るい未来のために!
アスファルトの照り返し等で気温は今年最高を記録するとお天気キャスターのお姉さんがラジオで言っていた通り熱気が凄く、会場に入ると熱気が一段と強くなっているように思えた。
金持ち学校と揶揄されがちな氷帝だけど、スポーツ推薦も存在するだけあり部員の数は200名を超えるという。レギュラーに外れた部員は私達と同じく観客席で応援するようで垂れ幕を用意していたり声出しの練習をしたりしていた。初戦ということもあってみんな気合いが入っている。
どうやらA組は固まって応援するらしい。私は満面の笑みでそちらに向かう。

「おはよう。今日も暑いね」

大人しめの声を喉から絞り出す。学校ではしおらしく大人しめの勉強ができる女の子、という設定で通っているので何かとクラスメイトの女の子から頼られることも多く、意外とクラスに馴染めている。勉強は出来るし、愛想も良い。そんな優等生を演じて一年と半年。私が貧乏だということも本当はこんな大人しいキャラじゃないこともバレてない。

「めっちゃ暑いよねー、脳みそ溶けそう。滝川さん私の隣でいい?」
「うん、いいよ。お邪魔するね」

観客席に座ると意外にもテニスコートが近くに見えた。けれどコート内には相手校の選手しかない。聞いてみるとカモである跡部含めレギュラー陣は控え室にいるという。
すると最前列にいた一人の女子生徒が立ち上がった。手には拡声器を持っている。めっちゃ美人さんだ。スレンダーでモデルみたいな顔立ちの彼女は私達の方へ振り返り観客席を見渡した。緩く巻かれている茶色がかった長い髪がふわりと揺れる。良い匂いがしそう。同学年にこんな大人びた綺麗な子はいなかった気がするからきっと三年の先輩だろう。そして拡声器を口元へ持っていき口を開いた。その声はとても凛としていた。

「みなさんおはようございます。今日は氷帝学園テニス部の初戦ですので張り切って応援しましょう。しかし、今日は真夏日だということでみなさんお辛いかと思いましたので、私から差し入れを持ってきました。どうぞお受け取りください」

美女の正体がわからないうちに彼女は席に座った。それと同時にスポーツドリンクと栄養補助食品が透明な袋に綺麗にラッピングされたものが前の方から手渡しされてきた。熱中症には十分気をつけましょう、というメッセージカードまでついている。
隣に座っているクラスメイトは確か幼稚舎から氷帝に通っていた子のはずなので彼女のことを知ってるかも、と思い話しかけることにした。

「ちょっと聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「今挨拶した人って三年生だよね?」
「そうだよ。いつ見ても綺麗だよねー。あ、もしかして滝川さん会長のこと知らない?」

ん?会長?生徒会長、は跡部だし。他に会長の名前がつくものってあったっけ?

「うん。もしかして有名な先輩なの?」
「まぁ、有名っちゃ有名だよ。でも滝川さんが知らないのはしょうがないよ。滝川さん高等部から氷帝だもんね。あのね、跡部倶楽部って聞いたことある?」
「跡部倶楽部って、跡部君のファンクラブのこと、だよね?」

そうそう、と彼女は頷いて丁寧に説明までしてくれた。
氷帝には『跡部景吾ファンクラブ』という組織が存在している。通称『跡部倶楽部』。
跡部に認可されている公式のファンクラブで、テニス部の試合には必ず応援団として呼ばれ着々と活動実績を積んでいるらしい。親睦会と称してファンクラブ会員で国内外問わず年に数回旅行にも出掛けるというのだ。

「じつはね、私も会員なんだー。会長みたいに毎回親睦会に参加できるわけじゃないからちゃんと会長と話せたのは半年ぐらい前だけど」
「綺麗な人だね。モデルさんかと思った」
「そう!めっちゃ綺麗なの!やっぱりエステを経営してる母親を持つと違うのかなー」

なるほど、彼女もお金持ちでこんな差し入れもいとも簡単にできてしまうということか。まぁお昼代が浮いたからありがたいけど。

「でも、滝川さんの肌も綺麗だよね。化粧水、何使ってるの?専属のエステティシャン雇ってる?それなら紹介してほしいなー」

質問の内容が異次元すぎる!
化粧水は一応使ってるけどドラッグストアで手に入る大容量のボトル890円の物だし。いや、この化粧水安いわりに肌に馴染んでくれてめちゃくちゃコスパいいからおすすめしたいけどこの子、今の言動からしてお金持ってるっぽいし、本当のこと言えば私の家が貧乏だってことがバレる!どうしよう!?
頭をフル回転させながら答えを考えているとわあっと歓声が沸いた。私も彼女もコート内に目を向けると跡部達がコートへとやって来ていて氷帝コールが巻き起こる。そのおかげでこの話はスルーされ私達も氷帝コールに加わった。
跡部がチームの輪を抜け私達がいる観客席の方へやって来て右手を掲げた。そして初めて見る噂の指パッチンをしてその喧騒を止める。

「勝つのは俺達氷帝だ!」

わお。まさに氷帝のドンだ。テニス部の試合は跡部の独壇場と噂で聞いていたけどこうまで凄いとは思わなかった。流石の跡部様だ。
そして氷帝学園テニス部の初戦が幕を開けた。
跡部は最後のシングルスに出るようでベンチでふんぞり返りながら他の選手の試合を観戦していた。傲慢な態度だなぁ、と改めて思う。そしてその態度を誰も気にしていないようでみんな試合の応援をしている。
異様な光景だと思う反面、これが氷帝学園そのもののように思えた。高等部からの外部入学生は私を含め少なくないと聞くけど応援に駆けつけてるほとんどの生徒が中等部からの持ち上がりのようで跡部の態度に苦言を呈する人は誰もいない。
あいつ、中等部で何をやってきたんだろうか、と思うぐらい生徒からの人望が厚い。取っ付きにくくワンマンな生徒会長というイメージが私の中であるんだけどなぁ。
試合を見つつ跡部の方へ目を向けると、意外にも真剣な表情をして試合を観戦していた。まぁチームメイトの試合だから当たり前か。
そして試合は進み氷帝2−相手校2と並び次のシングルスで勝てば氷帝は二回戦へ進めるところまで来た。大一番、跡部の出番だ。
自信満々な表情でコートに立つ跡部の姿を見て、根拠は一つもないけれど必ず勝つと私は確信していた。



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