36

ずっとあんな優越感には浸っていたくない。
そう思ったので私は跡部倶楽部の会長に話をしようと決心した。会長は自分の家のことを除いても跡部のことが好きだ。あれだけ必死に私のことを勧誘したりしてたんだから私も会長に言うべきだ。跡部のことを好きになったって。それが私にとってのけじめだ。
店長には昼休みにバイトに遅れることを連絡したのでゆっくり会長と話すことができる。
放課後になりテニスコートにやって来た。確実に会長に会えるのはここしかない。テニスコートを囲むようにたくさんの女の子がいた。その中から会長を探すのは一苦労だな、と思っていると、滝川さんかしら、と向こうから声を掛けてくれた。

「こんにちは、会長」

この前までの私だったらかしこまった挨拶をこれ見よがしに会長にしてたけど、今は普通に挨拶が出来る。
そんな私を会長は変に思ったのか、あら、と首を傾げた。

「あなた頭でも打ったの?」
「会長って結構酷いこと言いますよね」
「あなた本当に滝川玲子さん?私の知っている滝川さんは普通に挨拶が出来るような子じゃありませんわよ」

相変わらずというか、上から目線は健在だな。
会長は腕を組んで私をじーっと観察した後、小さな溜め息をついて本物だわ、と呟いた。

「どういった風の吹き回し?もしかして跡部倶楽部に加入する気になったのかしら」
「それはないです」
「ではなぜ?」
「会長にお話があって」
「……そう。ならこちらにいらっしゃい。ここでは話が出来そうにもないから」

私の様子がいつもと違うことを察したのか会長はそう言って足を進めた。会長についていくと人気のない校舎裏に着いた。

「話って何かしら」

会長の顔は真剣そのもので、私の心臓は破裂しそうになる。
言え、玲子。言って会長に引っ叩いてもらえ!

「会長、何発でもいいですから私のことを殴ってください!」
「…………は?」

あ、見当違いなことを言ってしまった。見当違いというか、殴ってくれって言うつもりだったけど、緊張が高まって言う順番を間違えてしまった。

「あなた何を言ってるの?本当に大丈夫?」
「大丈夫です!殴ってくださいっていうのは本当ですから」
「え?」
「え?」
「……滝川さん、あなたマゾヒストなの?」
「や、違いますよ!言う順番を間違えただけです!」

慌てて間違いを修正したら会長はどうしてこんな小娘ごときに、と大きな溜め息をついて心底呆れた顔をした。

「すみません」
「謝って済むなら警察なんていらないですわよ」
「ですよね」

やっぱり跡部倶楽部の会長は一筋縄ではいかないらしい。もうはっきり言うしか選択肢は残ってなかった。

「あの、会長、」
「その前に滝川さん、一ついいかしら」
「どうぞ」
「前々から思っていたのだけれど、正直あなたは目障りだったの。超、という言葉ははしたないですわね。ハイパー目障りでしたわ!」
「ハイパー、ですか?」
「そうですわ!」

くわっと鬼の形相を私に向けたのでひぃ、と声を上げそうになった。それほど会長らしからぬ怖い顔をしていた。これこそ会長のマジギレだ。

「どうして彼のことを好きでもない女が周りをうろちょろしているのかしらと気に入らなかったの。何かしらの事情があるにせよ、私からすればあなたは異物でしかなかった。だから倶楽部に勧誘したのよ。脅迫紛いなことをしてでもあなたが会員になれば無害になると思ったの」
「あ…はい」
「そんな怯えた顔をしないでちょうだい!倶楽部会員の全ての思いを代弁しているのよ!我慢しなさい!」
「はい!」
「いい?会員の中には跡部君とまともな会話をしたことのない子がたくさんいるの。その子たちがいることを忘れないでちょうだい。あなたにはお気楽な倶楽部活動に見えるかもしれないけれど、本気な子もいるのよ。……これでわかったでしょう。跡部景吾がどのくらい魅力的であるのか」
「はい」

会長の口振りは、まるで私の気持ちを悟っているかのようだった。
すぅ、と一呼吸して私は口を開く。

「最初は本当に気に食わない奴というか、腹が立ってしかたがなかったんです。権力を振り回すただのお金持ちのボンボンだって思ってました。正直、家のことを除いても会長がどうしてあそこまで跡部に入れあげるのか不思議で堪らなかったんです。でも、今ならわかる気がします」

初めて会長と出会った時、この人とは絶対に仲良くなれないと思った。お金持ちでスタイルもモデルみたいにスラッとしてて顔だってめちゃくちゃ綺麗で恨めしいと思っていた。でも今なら仲良く出来そうな気がする。

「跡部のことが好きだからですよね」
「……そうね。彼のことを慕っているから出来るのよね。それはあなたもでしょう?」
「はい」
「けれど、それをどうして私に言う必要があるの?私はあなたの恋を応援するつもりは毛頭ありませんし、むしろ潰す気満々ですのよ」
「会長はそんなことしませんよ。まぁ勘ですけど。でも、潰されたって文句は言えないんです。私は最低な人間なんで」
「どうして?」
「……会長やみんなが知らない跡部を知ってるって優越感に浸ってたんです」

本当のことを勇気を振り絞って言うと、会長は澄ました顔をして、あら、そんなこと?と全然気にしてない素振りを見せた。
そんなこと、の一言で片付けられる問題じゃないんだけど、と思っていると、それは当然のことではなくて?とあっけらかんとした態度で会長は続ける。

「あなたを庇うようで癪なのだけれど、そんな気に病むようなことではないでしょう。誰だって少なからずそういう気持ちはあるでしょうし、現に私も今優越感でいっぱいですのよ」
「会長が?どうしてですか」
「滝川さんが跡部君に恋をして私に殴ってくださいと頭を下げん勢いでいるのよ。ざまーみろ、と思うのが普通でしょう」

それは普通なのかいささか疑問だけど。というか、ざまーみろ、という言葉ははしたないと思うんだけど使っちゃってるな、会長。

「それに、私だってあなたの知らない跡部君を知っているのよ。私だけの秘密だから教えてあげないけれど。だからあなたがいちいち気にするようなことではないの。……恋をすればみな乙女になるというけれど、今のあなたはうじうじしすぎよ。あなた、やっぱりバカなのね」

酷いなぁ会長。でも、会長なりに励ましてくれたことは伝わった。まぁ跡部より素直じゃないけど。
会長のおかげで元気が出た。ありがとうございます、と会長にお礼を言ってその場を去ろうとするとお待ちなさい、と呼び止められた。まだ何かあるのかな。

「あなたさっき言いましたわよね。何発でも殴ってください、と」
「え、あ、じょ、冗談です!そうジョークです!」

会長はうふふ、と不敵な笑いを浮かべ、拳をボキボキと鳴らした。
ひぃぃ!会長怖い!

「私、こう見えても柔道の黒帯を持っているの。覚悟なさってくださいませね、滝川さん」

口調と顔の怖さが全然合ってない!もうこれは覚悟するしかない。そう思って目を瞑ったけど、一向に技を掛けられる気配がないのでゆっくりと目を開けた。そしたらそこに悪戯な笑みを浮かべる会長がいて、どうやらさっきのは全て演技だったらしい。

「滝川さん、あなたは今から私の敵よ。下手なことをしますと本当に技を掛けてあげますからね」
「覚悟しておきます」

会長に握手を求められた。そんなこと一度もなかったのに、と少し驚いたけど、しっかりと握手を交わした。
跡部って誰からも愛されてるんだな。




「昨日会長と何をしてたんだ?」
「え?」

跡部倶楽部の会長とのわだかまりも解消し、だいぶ気持ち的に楽になった翌日の昼休みに跡部からそう切り出された。
跡部の視力が良いことを忘れてた。昨日、私がテニスコートに来ていたこと。そして私と会長がテニスコートから去ったところを見ていたらしい。
どう誤魔化そうかと思考を巡らせながらえっと、と言葉を探していると、また脅迫されたのか、と跡部はいつになく真剣な顔で私に聞いてきた。慌てて首を横に振る。

「違う違う。何もされてないし何も言われてないから。安心して」

跡部は私のことを心配してくれてたみたいで自然と顔が緩んでしまう。それを見ていた跡部に何締まりのない顔をしてんだよ、とツッコまれたので思い出し笑いをしてたと誤魔化した。

「でもね、昨日会長と話して結構楽になれたんだよ。なんか励まされた。会長は私を励ました気なんてないんだろうけど」
「お前と会長、そんなに仲が良かったのか?」
「昨日で仲良くなった、のかな?よくわかんないや」

仲が良いというか、ライバル認定をされたんだけど、それは跡部には言えない。私と会長、二人だけの秘密だ。

「多分もう、跡部倶楽部関係で跡部に迷惑を掛けるようなことはないと思うよ」
「そうか」

それから良かったな、と跡部は続けた。その時、ほんの少しだけ表情がかげった気がするけどそれは一瞬でいつもの跡部に戻っていた。
私の見間違いかな。まぁとにかく良かった良かった。



back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -