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三学期の突入し、私にとって人生の転機が訪れてしまった。
『席替え』だ。
やっぱり学期ごとに席替えをするのは定番で、それを行った結果私と跡部の席が離れてしまったのだ。私は廊下側の一番後ろに移動することになり、跡部は窓側の一番前という席順になってしまった。いつも右側に跡部がいたから、今の席に違和感がある。右隣に誰もいない。それが寂しい。
対して跡部はそんなにダメージを食らっていないようで、というかその前に跡部にとって席替えはそんな重要なものではないと思うけど、奴は静かにシャーペンを走らせていた。次の授業の予習をしているのか部活絡みなのかはたまた生徒会の仕事をしているのかわからないけど、それを周りの女の子たちが固唾を呑んで見守っているのが目に入った。跡部の元にはたくさんの臣下が控えている。どこにいたって好奇の目に晒されるのだ。

昼休みになり、私は昼食をどこでとるか考えていた。外は寒いから絶対に却下だ。食堂もできる限り行きたくない。屋内の休憩スペースでも行くか、と席を立ち教室に出る。
すると鞄の外ポケットに入れていたスマホのバイブが鳴った。跡部からのメールだったので少し頬が緩んでしまう。
内容は『生徒会室に来い』という一文だけで、私はその足で生徒会室に向かった。

「失礼します」

今度はちゃんとノックをして返事を聞いてドアを開ける。暖房が効いていて暖かい。生徒会室には跡部しかおらず、応接セットのソファに座っていた。しかも机には跡部用のランチが手をつけていない状態であった。
どうしたの?と聞くと玲子を待ってたんだ、と答えが返ってきた。

「今日からここで昼食をとれ。外は冷えるだろ」

跡部が優しい!これは何か裏がありそうだけど、ありがたく生徒会室を使わせてもらうことにした。暖かい部屋で過ごせるし、何より跡部と過ごすことができる。こんな嬉しいことはない。
樺地君のことが気になって尋ねると別室でランチを食べているらしい。だから気兼ねなく来い、と跡部に言われた。お礼を言うと別に大したことじゃないとランチに手を付けたので向かいに座ってお弁当を広げた。
言い方はぶっきらぼうだけど表情は優しい。というか柔らかくなった気がする。
あれ、私の勘違いかな?恋愛フィルター掛かってる?



そしてここ最近、生徒会室に行く前にトイレに行って身だしなみを整えることが日課になっていた。
今日も今日とて身だしなみを整えて生徒会室に行く。席が離れたことによって、跡部と顔を合わせることができるのは生徒会室しかないからだ。お弁当を食べ終えて私は勉強をする。わからない問題があれば跡部に教えてもらい昼休みを過ごす。それが当たり前になってきた。
今も私は勉強の最中で、跡部は生徒会長の席で自分の仕事をこなしている。ここから見る跡部の顔もすっかり見慣れた。
私は跡部のことが好きなんだ、と急に思う。跡部と二人っきりになれる女の子なんてそうそういないだろうし。
私は、みんなの知らない跡部景吾を知ってる。
ふとそんなことを思っている自分に気付いてシャーペンを動かしていた手が止まった。
この前も私はそう思っていた。駄菓子屋に行った日に感じた優越感が倍になって押し寄せる。

「……やだなぁ」

ほんの小さく呟いてみたけど静かな生徒会室に私の声が響いていたみたいで、キーボードを叩いていた音が止んだ。

「煮詰まったのか?」

と、跡部は顔をこっちに向けて聞いてきたので私は慌ててかぶりを振る。

「や、ううん、大丈夫。ただの独り言だから」
「そうか。ならいい」
「うん。邪魔してごめんね」

跡部は私を少し訝しそうに見ながら自分の仕事に戻った。
嫌だと思ったのは私の心に対してだ。私の心はこんなにも狭かったんだと痛感した。
跡部と席が離れて嫌だったことや跡部に可愛いと思われたいこと。みんなの知らない跡部を知ってるという優越感に浸っていること。
全部私の思っていることだ。本気になっていくほど遠くに感じてしまう。遠くに感じるほど自分がどんなに醜い人間なのか思い知ってしまう。悪循環だ。
心臓がズキズキ痛い。人を好きになるってこんなに辛かったんだとこの時初めて思い知らされた。



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