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『駄菓子屋を紹介してくれないか』
「……え?」

そんな電話が跡部から掛かってきたのは冬休み最終日のお昼のことであった。
今日はバイトは休みで、今からご飯を食べてそれから勉強をしようと思っていたのに、思わぬ伏兵が現れた。

「駄菓子屋?跡部は駄菓子屋に行きたいの?」

尋ねるとそうだ、という返事の後に事情を話してくれた。
昨日テニス部で久しぶりに駄菓子屋に行きたいという話が上がって跡部もそれについて行こうとしていたらしい。ついて行こうとしていた跡部を想像するとちょっと可愛い。でも結局みんなで駄菓子屋に行くことはなかった。というのも向日君が各々自分の好きな駄菓子を買ってきて始業式の日の朝練前に披露しようと提案したためだ。みんな結構ノリノリでその提案に乗り、跡部も参加することになった。ただし、樺地君の手助けはなしという条件付きで。そこで私の存在を思い出したという。

「跡部って駄菓子屋に行ったことあるの?」
『アイツらに誘われて何度か行ったが、そこで買うのも俺のプライドが許さねぇ』

どんなプライドだ!でも跡部にとっては大事なことのようで私に連絡したわけだし。私を頼ってくれたのか。ふふん、鼻が高くなっちゃうなぁ。

『玲子の馴染みの駄菓子屋はあるのか?』
「まぁあるにはあるよ。今もやってるかな」

小銭を握ってよく行っていたそのお店は古びた昔ながらの駄菓子屋だった。一年中そこでもんじゃを食べられたし、冬にはおでんを提供していて中学生や高校生たちもたくさん通ってていつか私も友達や恋人ともんじゃを食べてみたいなぁと小学生の頃思っていたけど実際中学生に上がると勉強が忙しくてなかなか駄菓子屋にも行けずもう何年と行っていない。笑ったら顔にいっぱいのくしゃくしゃなシワが出来るおばあさんがいつも店番をしていた。

「行くなら案内するよ」
『バイトは大丈夫なのか?』
「今日は休みだから大丈夫だよ。アパートの前で集合でいい?そこから歩きになるけど」

路地が狭くて車が入れないことを伝えると、それでもいいということで30分後に落ち合うことになった。
電話を切って急いで着替える。流石に中学の時のジャージで外に出るわけにはいかないのでカジュアルめな格好をして薄くファンデーションを塗って家を出る。
すると前方から跡部が歩いてやってきた。近くで降ろしてもらったらしい。そして跡部と並んで駄菓子屋へ向かう。

「わざわざすまないな」
「別にいいよ。私も久しぶりに行きたかったし。お気に入りの駄菓子、見つかるといいね」

狭い路地を抜けた先に一軒のお店が見えた。営業しているか不安だったけど駄菓子がたくさん並んでいるのが見えて引き戸を開けた。
お店の中に入ると懐かしい匂いに包まれる。そうそう、こんな匂いだった。
お店の奥からトタトタと足音が聞こえてきてその人物が暖簾から顔を出した。あのおばあさんかな、と期待していたけど、その人は残念ながらおばあさんではなく少しふくよかなおばさんだった。少しおばあさんに雰囲気が似ているので娘さんかもしれない。いらっしゃい、と笑顔を向けられたのでこんにちは、とその挨拶に応えた。
跡部はおばさんには目もくれず駄菓子を真剣に吟味している。小さな買い物カゴを持ち駄菓子を選んでいる姿を見て私は気付かれないように小さく笑った。きっとこんな姿、私とテニス部のごく限られた人にしか見せてない。そう思うと嬉しくなる。でも、これじゃあ何時間あっても足りないと思って跡部に話しかけた。

「気になった物を二つずつ買って試食すればいいんじゃない?」
「それもそうだな」

そして跡部は手当たり次第カゴに駄菓子を入れていく。
お金持ちしかできない買い方だ!まぁお店ごと丸ごと買い取るとか言い出さないだけマシか。

「玲子」
「何?」
「お前も好きな物を買っていいぜ。この店を紹介してくれた礼だ」
「やった!じゃあ遠慮なく」

私も久しぶりに買おうかな、と思ってたからラッキーだ。
昔好きだった駄菓子や見たことのないものをカゴに入れていく。あ、これパッケージ変わったんだ。これも入れちゃえ、跡部の奢りなんだし。
いろいろ目移りして気がつけばカゴいっぱい駄菓子を入れていた。
跡部も選び終えお会計をする。そろばんで計算をしているおばさんを見て跡部は驚いていた。
レジの方が効率がいいとアドバイスをしていたけど昔のやり方の方が性に合っているとおばさんは言う。

「あの、私五年ぐらい前によくこのお店に来てたんですけど、おばあちゃんがいましたよね」
「ああ、それは私の母だね。三年前に亡くなったんだよ」
「そうだったんですか」
「母が亡くなってお店を畳もうかと思っていたんだけど、祖母の代から開いているから私も名残惜しくてもう少し頑張ろうと思って開けているの。レジのことも気にしてくれてありがとうね。またいつでもいらっしゃいね」
「はい。また来ます」

私はおばさんにそう言い残してお店を出る。ふ、と振り返ってみると、そこにはどこか寂しげな一軒の駄菓子屋があるだけだった。

「玲子?」
「あ、ごめん。行こう」

そこにあったものがいつかはなくなるなんて、寂しいな。



そして駄菓子の試食会は滝川家で行われることになった。
我が家に跡部がいる。勝手知ったる他人の家という言葉の通りわりと馴染んでいる。あ、そうか。跡部が家に上がるのは初めてじゃないのか、とお茶を淹れる準備をしている時に気付いた。
湯が湧いて火を止める。湯呑みを二つ食器棚から出し、急須にお茶っぱとお湯を入れて居間に持っていくと跡部は仏壇の前に腰を下ろし線香を上げていた。
律儀な人だなぁ。
そして跡部はお仏壇に手を合わせ目を閉じた。私は跡部にそっと近付いて横顔を盗み見る。綺麗に整った跡部の顔は、私の知らない跡部でもあって少し複雑な気持ちになった。
分かり合えないと思った。跡部の気持ちなんて理解出来ないって。でも今は分かり合いたいと思う。理解したいとも思う。私の気持ちが少しでもいいから跡部に伝わればいいなと思うのだ。
跡部はそっと目を開けて飾ってある父親の写真を見て、雰囲気が玲子と似てるな、と言った。

「そう?」

そう言われたのは初めてだった。なんだか嬉しい。
元の場所に戻りお茶を淹れる。ちょっとだけだけど二人の馴れ初め話を披露してみよう。

「私のお父さん、モテモテだったんだって。お父さんとお母さん、同じ地域の高校に通ってて、お母さんは一つ年下だったんだけど、お母さんの一目惚れだったって言ってた。でね、その恋が叶うまで三年も掛かったんだって。で、結婚するまで更に三年。私が生まれるまで約二年。凄いよね」
「だな」
「結局親は偉大でさ、敵わないんだよね」

お父さんには悪いけど、私はお父さんのことを知らない。だから寂しいとかあまり感じたことはなかった。だけど跡部はどうなんだろう。跡部の両親は昔から働き盛りだっただろうし、家族で過ごす時間も今までの跡部や跡部父の言動からして少なかったと思う。
湯呑みを机に置くとその音に気付いた跡部が戻ってきた。その顔は何か言いたげで言葉を待つ。

「……この前、本物の家族が見えたって話しただろ」
「うん」
「玲子と玲子の母親はお互い信頼してるんだろうなと感じた。俺はそれを羨ましく思ったんだ」
「もしかしてお父さんと上手くいってなかったりする?」
「いいや、きっと普通の親子と変わりない。ただ、一緒に過ごした時間が短いってだけだ。……中三の時、祖父から言い渡されていたイギリスへの留学を断った時があってな。激怒した祖父から俺を庇って親父の立場が一時期危うくなったと聞いた。それ以来頭が上がらなくてな。この人には敵わないことを実感させられた。俺はまだまだ子どもなんだと思い知らされた」
「留学の話なんてあったの?」
「あぁ。内々で処理されたんでこの話は身内と樺地しか知らないが」
「そうだったんだ」

私の知らない跡部の話が聞けて嬉しい半面、ちょっと優越感を覚える。大事な、樺地君しか知らない話をしてくれるのは気を許してくれてるってことだから。

「跡部はお父さんのこと大好きなんだね」
「何でそうなる」
「だって、そういう話でしょ。自分を庇ったお父さんを尊敬してて大好きだっていう自慢じゃん」

跡部父は跡部のことを物凄く気にしてる。私たちが仲良くなる最初のきっかけだって跡部父だった。そのことを跡部に伝えるとあれはただのお節介だろ、と鬱陶しそうにしていた。だけどそれは単なる照れ隠しだ。それぐらい私だってわかる。

「大丈夫だよ。跡部のお父さんは跡部のことちゃんと好きだし信頼もしてるよ」

根拠はないけどそう言い切れる、と続けて言うとそうだと良いな、と跡部は穏やかに笑った。
最近の跡部、よく笑うようになったなぁと思いながら試食会を開くべく買った駄菓子を机に並べていく。
ちなみに跡部の一番好きな駄菓子はさくらんぼ味のフルーツ餅だった。



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