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初詣に行かないかと跡部からお誘いのメールが来たのは年が明けた1月2日のことだった。
バイトのシフトが入っているから夕方でも良ければ行く、と返信をするとそれでもいいという返事が来て心が浮き立つ。
舞踏会の翌日、ケーキが美味しかったことと花束のプレゼントを母が凄く喜んでいたことを報告するメール以来の跡部とのやり取りだった。しかも向こうから!初詣のお誘いメール!嬉しくないはずがない。
お金持ちに恋をするなんて当分先のことだろうと高を括っていたのに、その恋はわりとすぐにやって来てしまった。私は跡部が好きだ。それに気付いてしまった以上この気持ちに蓋をすることは出来ない。
そして私は今、封筒と睨み合いをしていた。この封筒はバイト代として跡部から貰ったもので今まで手をつけておらず、封も切っていなかったりする。
約束の日は明日。今からバイトだし、新しい服は買いに行けない。だけど休憩時間中にドラッグストアに行ってメイク道具を買い揃えることはできる。ただいまの所持金3849円。ギリギリ足りるかもしれないけどちょっと心許ない。そこであのお金の存在を思い出した。箪笥の奥にしまっていたそれを取り出し睨み合いをすること3分。一人押し問答が頭の中で繰り広げられていて、封を切ることすらできていなかった。
すっぴんでいいじゃん、学校ではメイクしてないんだし。貴重なお金をここで使うのもどうなんだ。勉強道具を買えばこのお金も喜ぶんじゃない?それかお母さんの誕生日の時に使うのもありだな。いや、でも、一枚ぐらい使ってもバチは当たらないよね?私だってオシャレしたいし女の子として見てもらいたい。何より跡部に可愛いって思われたい!
そんな気持ちのほうが優って封を切った。中身を確かめ、一枚そっと引き抜くとほのかにフローラルの香りがして笑ってしまう。
明日が待ち遠しくて、遠足を待ち望む子どもみたいにわくわくした気持ちを抱えたままその日を迎えた。
数少ない私服の中から一番可愛い服を選び、メイクをして、跡部から貰ったハンドクリームを塗ってアパートの出入り口で待っていた。胸元にはクリスマスプレゼントとして貰ったネックレスが光っている。
ほどなくして私の前にベンツが止まる。車に乗り込むと久しぶりの生跡部と目が合いバクバクと心臓が高鳴る。落ち着け、私の心臓。

「新年明けましておめでとう、跡部」
「明けましておめでとう。年賀状は届いていただろう?」
「あーあのバラの香りがする年賀状でしょ」

あの年賀状は宛名を見なくても誰なのかわかった。しかも跡部と跡部が飼っている動物との写真がプリントされてあって、アイツはどんだけ自分大好きなんだ、とツッコミを入れてしまったほどだ。ただまぁ母親はなぜだか喜んでいて私と母親の連名で返事の年賀状を送っていたけど。

「返事送ったからもう届いてるんじゃないかな」
「そうか。まだ家には戻ってなくてな」

そう言う跡部の格好を見ると制服だった。今日は1月3日。まだ三が日なのに、と思っていると氷帝テニス部は年末年始ハワイで合宿を行っていたらしい。で、今日日本に戻って来た。個人的な旅行ではなく部活の一環としての合宿なので制服着用で空港からそのまま来てくれたという。
お土産だ、と白い紙袋を渡された。中身を見るとマカダミアナッツのチョコレートの詰め合わせだった。これってもしかしてハワイに行ったら絶対買って帰る定番お土産だよね。初めて見た。

「ありがと」

にっこり笑顔で跡部にお礼を言う。ムスっとして受け取るより笑顔で受け取った方が絶対に良い。
ついこの間までこんなこと考えなかったのになぁ。ただ餌付けされてるような気がするけど。それでも私のことを気にかけているってことだし悪い気はしない。
神社に着き車から降りる。夕方だからそんなに人がいないかな、と思っていたけどそんなことはなかった。屋台も結構出ていて参拝を待っている人たちの最後尾に並ぶ。

「思ったより人が多いね」
「まだ三が日だからな」

並んでいる間、ハワイでの合宿がどうだったか聞いてみる。
テニス部のレギュラー陣は私が思っている以上に個性豊かなメンバーの集まりで、とても面白い話が聞けた。
例えば体幹トレーニングに導入したバンジーフィットネス(そういうものがあることも初めて知った)で芥川君が寝ながらバランスを取れていたとか。跡部財閥系列のレジャー施設を貸し切ってスタミナ強化として行われた鬼ごっこで宍戸君が優勝したとか。宍戸君との成績が僅差だった向日君で凄く悔しがっていたこととか。
そんな話をとても優しい顔つきで話すから大事な仲間なんだろうと察しがつく。

「跡部は一生大事にできる仲間に出会えたんだね」

良かったねと跡部に向かって言うと、少し間を開けてそうだな、と頷いた。

「アイツらには言うなよ。もちろん樺地にも」
「はいはい。樺地君以外面識ないから安心して」
「そうだったな」

ふと跡部の視線が私の胸元で止まる。スケベ!と思っているとどうやらネックレスに気付いたらしく、優しい顔のまま跡部は笑った。

「やっぱり似合ってるな」

ほんの些細な一言なのに胸がドキリとする。
そんなの殺し文句だ。ズルい!なんて思っていると私達の番が来て、ご縁がありますようにと賽銭箱に五円を投げ入れ願い事を唱える。まぁ縁はあったんだけど。
跡部とこれからも仲良くいられますように。
付き合えますように、とはさすがに願えなかった。なんだかそれは今の関係性からは程遠いし、あまり現実的ではない。

「……随分と熱心に願ってたな」
「そう?あ、ねぇおみくじ引かない?今年初の運試し」

社務所に向かい初穂料を納めておみくじを引く。
ここに留まって結果を見るのは邪魔だから少し離れた桜の木の下に移動する。跡部が先におみくじを開けた。

「………」

しばらく無言が続き、何か良くないことでも書かれてたのかなぁとそっと盗み見ると、そこには『凶』の文字が書かれていた。

「ぷっ、え、嘘、凶!?」

跡部が凶を引いたっていうことだけでおかしくなってきちゃって私はお腹を抱えて笑ってしまった。
あの跡部がまさかの凶!意外と引きが弱いのかな。

「あー駄目だ、涙出そう」
「人が凶を引いたぐらいで笑いすぎなんだよ。玲子こそどうなんだ」
「私?跡部が凶なら私は大吉でしょう」

あー笑った笑った。次は私の番だ。良いことが書いてありますように、と願いながらおみくじを開ける。

「…………」
「……だいきょ、」
「うぁわわわあああああ!!え、何言ってるの跡部、聞こえない!私には聞こえないよ!」
「だから大凶だって」
「だだだだっだ、だいきょう!?」
「だからそう言ってんだろ」

現実から目を背けるなよ、と何気にかっこいい台詞を跡部は言ってるけど、背けたくもなる。『大凶』という文字が書かれてあったからだ。生まれて初めてその文字を生で見た。本当に大凶なんてあったんだ、ある意味凄いかも。って全然嬉しくない!
何て書いてあるんだろうと一応目を通してみる。
『恋愛・冷たい冬が到来。何もしなければ枯れていく』

「……うわー絶望的」

枯れていくって、恋が終わるってことじゃないか。それは嫌だ、と思って跡部をチラッと見ると目が合った。そんなに嫌なことが書かれてあったのかと尋ねられる。まぁ、と答えるとハッと鼻で笑い一蹴した。

「ただの占いだろ。シケた面してんじゃねぇよ」
「そうだけどさ。かなーり危なくて」

アンタとの恋の話なんだけど。

「占いに頼るよりまず自分を信じろよ。自分の力で未来を変えていけばいいだろ」

そう言って跡部は私の頭を小突いた。私は大袈裟に痛い!と叫んで頭を押さえる振りをして見せた。そんな私を見て跡部は笑う。
その笑顔を見ながら、自分の力で未来を変えていけばいい、なんて跡部しか言えないよなぁと思う。跡部財閥の御曹司にそう言われると説得力が増す。
気持ちを切り替えよう。今は跡部との時間を大事にしたい。

「あ、甘酒無料だって。行こう、跡部!」

有名な曲の歌詞を借りるなら、命短し恋せよ乙女、だ!



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