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“ ”表記の台詞は全て英語で会話しています。



舞踏会は跡部家が所有している別荘で行うようで車に揺られること二時間ぐらいで到着した。
周りは山。ここ一帯は全て跡部家が所有している土地らしい。
秋には松茸、春には美味い筍が採れるぜ。だって。そりゃ美味しいでしょーな。
そして別荘は「城」と言ったほうがよさそうなぐらい中世のヨーロッパのお城のような別荘だった。聞けばときどきドラマの撮影場所として貸出されてるようで。まぁ国内でこんな豪華なお城ってここしかないなぁと思わせる外観だった。
先に跡部が車から降り中にいる私に手を差し伸べる。
その手はきっと、私に同情をして差し出した手だ。そう考えると心がざわざわする。

「どうしたんだ」
「ううん、なんでもない」

上手く笑えていたか微妙だけど今の気持ちを悟られないように微笑む。
よし、気持ちを切り替えよう!
跡部の手を取り車から降りるとわぁ、と歓声が上がった。それは私たちに向けられたもので主役の登場を待っていたみたいだった。
海外からのゲストは皆、ここのゲストルームに泊まっているらしい。この別荘で年末年始を過ごす人もいるという。なるほど、周りにいる人はほぼ海外の人たちだ。見定められているような鋭い視線や好奇の目を向けられる。それだけで住む世界が違うことを実感させられる。
その人だかりを通り過ぎメイン会場となるバンケットルームに向かうと私たちと同世代の若者が目立つことに気付いた。そもそも大人があまりいない?

「あまり大人がいないね」
「今日はティーンエイジャーがメインの日だからな。明日は俺たちの親世代がメインだ。人数が多いから毎年二日間開催されてるんだ」
「あーなるほど」

若い人は若い人同士で楽しもう、というのが主旨らしい。交流の場を広げ、人脈を広げることも目的の一つだとか。
雰囲気的にこの間のパーティーの方が重苦しい感じがして、こっちはわりと楽しげな空間な気がする。生演奏のオーケストラの音楽が耳に心地いい。
とりあえず飲み物を貰いに軽食が用意されているコーナーへと向かうと、ケイゴ!と跡部を呼ぶ声がした。どうやら知り合いに遭遇したらしい。

“あぁ、レオンか。久しぶりじゃねぇか”

彼はレオン・ウェイクフィールドと名乗った。レオン君はなんでも跡部のイギリス時代の友人だとか。雰囲気がどことなく似てる気がする。
そのレオン君の隣にはブロンドヘアのブルーアイズがとても綺麗な美少女がいて彼女と目が合う。こんばんは、と挨拶をすると微笑んで挨拶を返してくれた。
微笑む姿も可愛い。というか本当に綺麗な女の子だ。
お互いの自己紹介も済み後で合流することになった。
二人の後ろ姿は幸せなカップルそのもので羨ましく思う。
跡部は私のことをガールフレンドと二人に紹介したけど、それは海外で使う意味じゃなくて、文字通り跡部の女友達、という意味だ。
なんかちょっとモヤモヤするなぁ。

「……レオン君、幸せそうだね」
「彼女と初めて日本に来たんで浮かれてんだろ」

茶化す奴らもいねぇみたいだしな、と跡部もレオン君たちに目を向ける。
雑踏の中、二人しかいない世界にどっぷりと浸かっているようで二人はお互い見つめ合いキスを交わしていた。わお。

「……ハメを外しすぎだ」
「でも絵になってるね」
「そうか?俺は友人のキスシーンなんて遭遇したくはねぇぞ」

ノンアルコールのシャンパンを飲み終えいよいよ踊りのスタートだ。
位置につき跡部の手を取る。心臓が口から飛び出しそうだ。
大丈夫だ、と言う跡部の声がいつにも増して優しい。

「俺がリードするんだ、失敗はねぇ。玲子なら大丈夫だ」

強く、はっきりと大丈夫だと断言され自信がついた。ありがとう、とお礼を言いぎゅっと握っている手に力を込める。
大丈夫、私ならできる。
遠くの方で指揮者の人が指揮棒を構える姿が見えた。
練習の成果を見せる時が来たり!!




一曲踊り終えると周りから歓声が上がった。踊ってる時は気付かなかったけど結構な数のギャラリーに見られていたらしい。
とりあえずやりきった。
息が上がってる私に跡部は良くやった、と声を掛けてくれた。手を取られ会場の隅っこに移動する。

「ちゃんと踊れてた?」
「あぁ、完璧だ」
「それは跡部のエスコートが良かったんだよ」

躓きそうなところで支えてくれたのは跡部だ。それは感謝したい。一応及第点ってところかな。改善したいところはいっぱいあるけど。
反省会をしたいことを跡部に伝えるために口を開こうとすると、会話のチャンスを窺っていた女の子たちに一斉に囲まれてしまった。そのほとんどがブロンドヘアの女の子で、英語でとても素敵だったと感想を述べてくれる。私はそれに微笑んで答えた。

“ありがとう。とても嬉しいです”
“ケイゴ様にこんな素敵な方がいらっしゃるなんて知りませんでしたわ。お一人ならダンスをお誘いしようと思っていましたのに”
“すみません。とても魅力的なお誘いですが、彼女を一人にはできませんので”

あ、私を盾にした。というかこの子たち私のことは眼中にないっぽいな。しれっと無視されたし。
誘いを断られたブロンドヘアの巻き髪の女の子は一瞬残念そうな表情になり、でもすぐに笑みを取り戻していた。その姿がとても愛らしい。跡部にはこんな可愛い子がお似合いなのに。
きっと、この子は跡部に会いたかったんだ。日本に行けば跡部と会えると思っていたのに、いざ来てみたらこんなミジンコみたいな女が跡部の隣にいる。それは誰だって面白くないし私の存在も無視したいだろう。本当の跡部の恋人でもないのに。どうして跡部の隣にいるのがこの子じゃなくて私なんだろう。
切り替えた気持ちが逆流して元に戻ってしまった。

“あの、少し疲れてしまったみたいなので外の空気を吸って来てもよろしいでしょうか?”

跡部に断りを入れると一人で大丈夫か?と聞かれたので大丈夫だと答えてその輪を抜けた。
その瞬間、女の子たちの表情がふっと緩んだことに気付いてしまった。やっぱ皆、跡部のことが好きなんだ。なんかもうモヤモヤを通り越して胸が苦しいよ。
そんな気持ちを紛らわすためにバルコニーにやって来た。
この時期なのに寒くない。と思ったら床暖房が稼働していて、おまけに至る所にヒーターが設置されていた。会場からは優雅な音楽が流れている。
完全に場違いだ。こんな気持ちになるなら断れば良かった。ここに来なければ、モヤモヤしたり胸が苦しくなることもなかった。
会場に背を向けて佇んでいると玲子、と声を掛けられる。耳に馴染んだ跡部の声だ。

「どうして機嫌が悪いんだ?」
「べっつにー」

足音が近付き私の隣に並んだ。表情で悟られないように跡部の方に顔を向けず目線は外に向けたまま言葉を待つ。

「彼女たちに気を遣うことはなかったんだぞ」
「でも皆嬉しそうだった」
「そういうところ、目ざといよな」
「……あの子の誘い、受けたら良かったのに」
「玲子を差し置いてできるかよ」
「でもあの子は跡部と踊りたかったし、踊ったら楽しかったと思うよ。それに凄いお似合いだし」

私とは雲泥の差、と続けるとどうして彼女と比べる必要がある、と少し怒った声色で言われ空気がピリッとした。肌を刺すような冷たい風が心にも吹き荒ぶ。

「玲子、お前は何を言いたいんだ?」
「私じゃなくても良かったんでしょ」

心の中で渦巻いていたモヤモヤがイライラに変わる。そのイライラが止まらない。もう言ったからには取り消しなんて出来なかった。言いたくないことまで口に出してしまう。

「あの子たちから避ける口実がほしかったんでしょ?でも、跡部には私なんかより、あの子たちみたいな綺麗でお金持ちの女の子がお似合いだよ」
「それ、本気で言ってるのか?」
「……どうして跡部がこの舞踏会に招待してくれたのか気になってたの。その理由が今はっきりとわかった。可哀想って思ったからだよね。私が貧乏だから、氷帝の海外交流にも参加できないから余計なお世話で招待したんでしょ。それとも私、跡部に見下されてる?アンタの自尊心を満たすための道具ってわけ?」

口が別の生き物みたいに動いて饒舌になる。そんなの全部出任せだ。
玲子、と跡部に名前を呼ばれる。肩を掴まれ無理やり向き合う形になった。跡部はなんとも言えない表情をしていた。きっと私に呆れたんだろう。そう思うと泣きそうになって、胸が張り裂けそうなぐらい苦しくなった。ねぇ、誰か助けてよ。

「最近、学校生活が楽しいなって思うようになったの。跡部がいたからそう思えたの。いつまでも跡部と対等でいたいって思ってたんだよ。……だからそんな上辺だけの同情なんていらない。惨めになるだけなの!バカ!」

逃げるところもないのに気付いたらバルコニーから駆け出していた。跡部が私の名前を呼ぶけど振り返らなかった。
会場を突っ切り出入り口付近で立ち止まる。振り返ると跡部の姿はなく、代わりに幸せそうにパートナーと踊っている人、軽食をつまみながら談笑している人たちの姿が見えた。
あの人たちと私は住む世界が違う。私はここにいるべき人間じゃない。



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