28

一度、玲子の母親と話をしなくては、と思っていた。
俺の勝手な我儘で貴重なクリスマスイブを潰してしまった。玲子は親子で過ごすことはここ数年ないと言っていたが一緒にケーキを食べて過ごすことはあっただろう。
玲子がバイトでいないのは確認済みなので鉢合わせする心配はないが果たして玲子の母親はいるだろうか。
滝川家のドアの前に立ち呼び鈴を鳴らす。
返事が聞こえドアが開き四十代後半ぐらいの女性が俺を迎え入れてくれた。制服を見て察してくれたらしい、挨拶を済ませ和室に通される。

「お茶淹れるからちょっと待っててね」

玲子の母親が台所でお茶を淹れてくれる間手持ち無沙汰になり辺りを見渡す。
ここに本当に二人が住んでいるのだろうか?と疑問に思うほど狭い間取りだ。襖で仕切られている向こうの部屋もここと同じくらいの広さだろう。きっと二つの部屋の面積を足しても俺の部屋の方が大きい。そして極めつけはブラウン管のテレビだ。ただ、コンセントを抜いているのでテレビを見ることはあまりないのだろう。テレビ台の下に置いてあるビデオデッキも俺からすれば懐かしい代物だ。必要最低限の物しか置かれていないことに気付き、滝川家は俺が思ってる以上に困窮していることを悟ってしまった。
そして玲子の母親がお茶を淹れ戻ってきたタイミングで尋ねた。

「……玲子さんから明日のことは聞いてますか?」
「友達のクリスマスパーティーにお呼ばれしたって聞いてるわ。ええと、跡部君って呼んでもいいのかしら」
「えぇ、大丈夫です」
「もしかして、跡部財閥のご子息様?」
「そうですが」
「そうだったの。あぁ、だから…」

と、彼女は思い出し笑いをしてお茶を飲む。
一体なんだろうか、と思っていると彼女と目が合い夏休みのことだけど、と玲子が熱心にテニス部の試合観戦に来ていたことを話してくれた。
インターハイの試合観戦に玲子が来ていたことは知っていた。一度目が合い、その際に微笑みかけられたがそれが妙に白々しく感じ適当に無視していたが、あれは今思えば玲子なりの作戦だったのだろう。

「熱心に試合を観に行っていたからきっとあなたのことが気になっていたのね」

気になっていた、というよりカモである俺を見定めようとしていたのではないだろうか。
大きな誤解だが誤解を解く術を持ち合わせていないので黙っておく。この人は玲子は猫を被っていることを知っているのだろうか。

「それで、今日はどうしてうちに?玲子ならまだ帰ってこないのよ」
「いえ、玲子さんではなく、あなたと、玲子さんのお父様に用があったんです」

部屋の角にある小さな仏壇に目を向け、挨拶をしてもいいかと尋ねると頷いてくれた。
仏壇の前に腰を下ろし線香を上げる。笑っている写真が遺影に使われており、目尻に深いシワを浮かべている利発そうな男性が写っていた。
玲子の父親に挨拶を済ませ元の位置に戻る。

「今日はお詫びを言いに来たんです。娘さんを引っ張り回してしまって。明日はクリスマスイブですし、お二人で過ごす予定があったのではないかと」
「そんなにかしこまらないでいいのよ。予定は元々ないんだし、クリマスのプレゼントもろくに用意できたことなんてないんだから。寂しい思いを今までさせてきたから逆にこちらがお礼を言わなくちゃ」

彼女は居住まいを正し俺と向き合う。その目は子を真剣に想う親そのものだ。そしてその表情が僅かに緩み微笑みかけられた。

「ありがとう、あの子を外の世界に連れ出してくれて。本当に感謝しているの。最近玲子から学校での話を聞くことが多くて。この間の学園祭の時も大盛況だったって嬉しそうに話してくれたの。今までそんなことなかったから。…父親がいないことはあの子から聞いてる?」
「はい。物心つく前に交通事故にあったと聞いています」
「あの子には苦労をかけっぱなしなのよ。バイトもほぼ毎日入れてくれてるし…。でも家計的に助かっているから辞めなさいとは言えなくて。ほんと、駄目な母親なの」
「玲子さんはそんなこと思ってませんよ。あなたのことを一番に想ってます」

それは心の底から思っていることだった。
玲子は自分の幸せが一番だと言っていたが、それはきっと照れ隠しだろう。玲子の性格はもうほとんど把握済みなので断言できる。

「……あの子はとても聡い子なの。だから余計なことまで考えていつかパンクしてしまわないか心配で。人の気持ちに敏感で、ここでこう言えば事態が丸く収まるとか瞬時にわかるみたいで。学校ではどう?」

そう問いかけられ心当たりがあることを思い出した。
学園祭の準備の際、実行委員の代わりに企画をまとめていた玲子は要領が良く、些細ないざこざなどを誰よりも早く気付き対処したと聞いている。

「世渡り上手、だとは思います。クラスメイトからの信頼も厚いですよ」

その瞬間彼女の表情が曇る。何か言ってはいけないことを言ったのだろうか?

「心配なのよ。あの子、わりとすぐ泣くし、しっかりしているようで脆いから。しかもそれを周りに悟られないように気を遣うから余計心配で」

まだ俺の知らない玲子がいるのか、と思ったと同時にほんの僅かな疎外感を覚えた。
しっかりしているようで脆い、そんな玲子を俺は知らない。俺の知っている玲子は貧乏で気が強く度胸のある責任感の強い奴で、かと思えば気が利いていて、抱えた問題を人に頼ろうともせず一人で解決しようとしてしまうような人間だ。
貧乏な玲子と金持ちの俺は一生分かり合えないのだろうか。けれど、俺の知らない玲子を知りたいと思った。

「あの子のこと、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」

ゆっくりと彼女に向かって頭を下げる。人にこうして頭を下げるのは久しぶりのような気がした。
そしてしばらく雑談を交わし滝川家を後にした。
車に乗り込み考える。いつか玲子のことを全て理解し、分かり合える日が来るのだろうか、と。



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