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12月に入り本格的に冬の季節が到来した。期末テストも先日終わったばかりで、心置きなくバイトに勤しんでいるとお店の前に一台のベンツが止まった。
これは社長だな、と思っていると、意外なことに跡部が車から降りてきた。制服姿の跡部はお店の自動ドアをくぐって私の前にやって来た。一応お客さんなのでニッコリ営業スマイルを奴に向ける。

「いらっしゃいませー。当店のおすすめは最近発売しました豚汁です。いかがですか?」
「猫被るなよ。今日は客として来たわけじゃねぇんだ」
「じゃあ何しに来たの」

跡部はブレザーの内ポケットから白い封筒を取り出した。あれ、この封筒見たことのあるような。
私はその封筒を受け取り中身を確認する。厚紙のカードが一枚入っていた。

跡部財閥主催 クリスマス舞踏会
招待状
滝川玲子様


「……舞踏会?」
「そうだ」

日付は12月24日。クリスマスイブ。午後5時からとなっている。

「えっと…これはまた社長からってこと?」
「いや、違う。今回は俺が玲子を招待してる。出席するかどうか決めるのは玲子だ」
「え?」

これは一体どういう風の吹き回しだろうか。前回のパーティーは社長が私を招待したからしかたなく跡部は了承したのに、今回はまたどうして。

「断ってもいいの?」
「無理強いはしない」
「社長は何て言ってるの?」
「玲子が決めろ、だそうだ」
「そっか」

私を招待した理由はわからないけど、行かなくていいってわけか。行っても前と同じようにメリットはない、と跡部は言う。まぁそうだ。美味しいご飯を食べられるし、有名人にだって会えるけど、この間のように知らない間に写真を撮られるかもしれない。そのことを跡部は危惧しているらしい。
前までの私だったら速攻で断ったけど、行ってみてもいいかもしれないと思っている自分がいる。それは完全に跡部に感化されたからだ。
跡部は跡部なりに結構な荷物を背負ってる、と思う。本人がどう思ってるのか知らないけど、少なくとも私はそう思ってしまってるからなかなか断りづらい。

「……ドレスは用意してくれるよね」
「あぁ」
「ヤバくなったらフォローしてよ」
「フォローぐらいいくらでもしてやるよ」
「……うん、わかった。行く」
「後で止めるなんて抜かすなよ」
「言わないよ」
「なら決まりだ。時間は追って連絡する」
「了解」

跡部はそう言ってお店を後にした。
どうして止めるなんて言うなって念を押したんだろう。その意味がわかったのはその翌々日だった。
跡部に『昼休みに生徒会室に来い』とメールで呼び出されたので、寒いので教室でお弁当を食べ終えた後、生徒会室にやって来た。
生徒会室には先日までど真ん中にあった応接セットが端に寄せてあった。だから元から広い生徒会室がより広く見える。

「大掃除でもするの?」
「ちげぇよ。わざわざ寄せたんだ」
「何で?」
「特訓するからだ」
「特訓?」

何の特訓?と首を傾げると、跡部は立ち上がり私の右手を手に取った。

「えっ、えぇ!?」

すると急に腰に手が回った。
鳥肌がMAXで現れた!

「ダンスの特訓だろうが。何で驚いてんだ」
「はぁ?」
「……お前は招待状をきちんと読んでないのか?」
「…クリスマス舞踏会?……舞踏会?」

意味をようやく理解した私を見て跡部は心底呆れたように溜め息をついた。
いや、だって舞踏会なんて非日常すぎてあまり深く考えないよ。
あぁだから跡部は私の腰に手を回してきたんだ。ダンス初心者の私は絶対に失敗する。だからここで特訓しようとしたんだ。
舞踏会。所謂ダンスパーティー。男女がくっついて優雅に踊っている映像が頭に浮かぶ。男女がくっついて…?

「私を騙したの!?」
「何一人で被害妄想してんだ。自分が決めたことだろ」
「あ、いや、まぁ、そうだけど」

跡部とくっついてダンス。ハードルが高いし、そんなところを写真に撮られたら今度こそ終わりだ。確実にヤられる。

「あの跡部君、非常に申し訳ないんだけど、今からキャンセル、」
「出来るわけないだろ」
「あはは、だよねぇ」

はぁ、と私はこれ見よがしに溜め息を一つついて、それから跡部の顔を見た。
まぁいいかと思えてしまう。見つかった時はその時か、と思い私は大人しく跡部の言う特訓を受けることにした。


特訓初日。
まず体と体を近付ける練習から始まった。私は反射的に顔を背ける癖があるらしく、まずそこから直せ、と跡部に命令されたのだ。
跡部と身体を密着させるのも慣れてきたので基本のステップから始まり、ターンの仕方などなどを教えてもらう。
ワルツにも種類があり、とりあえず全て頭に叩き込んでおけ、との跡部の指示だったので動画だったり本だったりで勉強し一日目は終了した。


特訓二日目。
教室で昼食をとり、生徒会室に行く。
この日はユラユラ揺れるだけで終わった。跡部がリードをしてくれるので何の問題もない、と思ったけどこれが想像以上に難しい。本番はヒールを履くから尚更だ。


特訓三日目。
今日はステップとターンの実践的な練習だった。動画や本で勉強はしていたけどパートナーのタイミングに合わせるのが難しい。
なかなか息が合わなくて何回も同じようなことを繰り返す。

「玲子…お前、真面目にやってるのか?」
「やってるよ!」

普段ダンスなんてやってないし、慣れてる跡部の方が不自然だよ、全く。
ステップを踏みながら前へ進むと跡部の足を踏んでしまった。

「あ、ごめん」
「今のはわざとやったのか、アーン?」
「断じて違います!」

前途多難である。



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