25

学園祭最終日。この日は有志によるステージ発表や展示、屋台がメインになっていて、半分が三年生による企画となっている。
とりあえず一通りまわってみようかな、と私はパンフレットを広げた。




午後三時を回り、一旦学園祭は幕を閉じた。というのもこの後ある後夜祭に向けての準備があるからで、一般のお客さんはそれに参加出来ないためでもある。
後夜祭というかキャンプファイヤーを校庭で焚き、そこで三年生と生徒会との合同の企画物を一緒に行う、というのが氷帝学園高等部の伝統らしい。
基本後夜祭は自由参加で、去年は後夜祭に参加せずにバイトに勤しんでいた。今年はバイトを休んでるし参加してもいいかもしれない。
そろそろ校庭の方に移動しようかと下駄箱に向かうと、二年の下駄箱のところに樺地君がいた。跡部でも待っているのかと思っていると、ドスドスと私に近付いてきた。

「滝川、さん」
「ちょ、ちょっと移動しようか」

目立つので人目のつかない場所に移動する。樺地君の話を聞く前に昨日のことを彼に謝った。すると彼は無表情で当然のことをしたまでです、と私の謝罪を受け入れてくれた。この子、本当にいい子!

「それで、どうしたの?」
「メール、見ましたか?」
「メール?」
「跡部さん、からの、です」
「え、ちょっと待ってよ」

今日一日スカートのポケットに入れたままだったスマホを取り出す。メール画面を開くと一通新着メールが来ていた。
そうだ。さっき演劇を観たときにマナーモードにしてたんだ。
操作をしてメール画面を開く。受信時間は約一時間前。送信者は跡部景吾になっていた。

『握り飯を食わせろ』

「……なんだこれ」
「一緒に来てください」

樺地君にそう言われ、彼についていくと調理室に辿り着いた。わざわざここでご飯を炊いたらしい。樺地君は炊飯器の中身を私に見せた。ピカピカに輝いてる炊きたてのご飯。これは見るからに美味しそうだ。

「これでおにぎりを作って跡部のところまで持っていけばいいの?」
「はい。よろしくお願いします」

樺地君はそれだけ言って去っていってしまった。
『握り飯を食わせろ』の一言でこんなことまでするとは……樺地君は本当に優秀だ。
はぁ、と息をつく。氷帝のキングは面倒くさいなぁ、と思いながらとりあえずブレザーを脱いだ。




私も小腹がすいたし、多めにおにぎりを作り生徒会室の前までやって来た。ほとんどの生徒が校庭に行っているらしくここに来るまで誰ともすれ違わなかった。
三年生の企画が始まるまで一時間切った。生徒会長がのんびりしてていいんだろうか。
私はノックをせずにドアを開けた。どうせ跡部一人だろうし、ノックをする時間がもったいない。

「滝川玲子特製おにぎりのデリバリーがやって来ましたよー。…って跡部?」

生徒会室に足を踏み入れると跡部がソファで寝ていた。寝ていたというか、足を組んで目を閉じているから瞑想をしてるのかな。本当に寝ているのかどうかわからなかったので近付いて確かめてみると小さな寝息が聞こえてきた。本当に寝ているらしい。机にはいろいろな書類が散らばっている。寝オチしたっぽいな。鍵の掛かっていない部屋で寝るなんて無防備だな。後夜祭がなければ額に『肉』って落書きが出来たのに。チッ。
起こさないとまずいのでおにぎりとペットボトルのお茶を乗せているトレーを机に置く。でも普通の起こし方じゃ面白くないしなぁ。
私は机に転がっていたボールペンを持ち、跡部に向かいそれを使ってデコピンをした。

「えいっ!」

ベシッ!

「あっ…」

軽くやったつもりが意外にも痛そうな音が聞こえた。けど起きない。しょうがない、もう一回やってみるか、と再び跡部に近付く。
ごめんね跡部。なんだか楽しくなっちゃったよ。と心の中で謝罪をして構える。すると突然跡部の目がカッと開きボールペンを持っていた左の手首を掴まれた。

「てめぇ、何しやがる」
「ひぇ!?だ、だって起きないから」
「起こし方ってもんがあるだろ」
「い、いつから起きてたの」
「たった今だ」
「じゃあ私の起こし方は間違ってなかったんじゃ、」
「間違ってんだよ!」
「ひぃぃ、すみませんもうしません!」

凄い剣幕で怒られたので謝るしかなかった。私のせいだし。
痕になるだろ、と溜め息をつきながら跡部が言うので、『あと』部だけに?と切り返すとまた睨まれてしまった。はい、すみません。

「こうなったのは自分のせいだろ」
「え、私?」
「いつメールしたと思ってんだ。来るのが遅いんだよ」
「マナーモードにしてたから気付かなかったんですー。というかアレが人に物を頼む時の態度?『握り飯を食わせろ』って一文だけって」
「そう言いつつ作って来てんじゃねぇか。素直じゃねぇな」
「ご飯を炊いてくれた樺地君に失礼でしょうが。というか何でおにぎりなの?さっきまでいっぱいお店が出てたじゃん」
「俺様にどこのどいつが作ったかわからねぇ物を食べろと?」
「あぁ、なるほどね。でもアンタのお抱えシェフは?」
「……」

跡部は私の質問に答えてくれない。どうしてそんな簡単な質問に答えてくれないのさ。…あれ、私わかっちゃったかも。

「もしかしてだけど、おにぎりが食べたかったの?」

返事の代わりに跡部は溜め息をついた。何だかそれはそのことを認めたかのような溜め息みたいで私は続けて言う。

「跡部も日本人なんだね」
「俺は生粋の日本人だが」
「まぁそうか。でも原点回帰って言葉があるでしょ。それみたいなもんだよ。日本人はやっぱりご飯なんだよねぇ」

多分、こうだ。いつもいつも豪華な食事をしているとたまに庶民的な食事をしてみたくなるような、そんな感覚になったんだろう。その感覚は私にはわからないからあくまで予想だけど。
食べようよ、と跡部におにぎりが乗っているお皿を近付ける。跡部はおにぎりを手に取り租借し始めた。
本当、このキングは面倒くさくて素直じゃないなぁ、と思いながら私もおにぎりを食べる。うん、やっぱり美味しいな。
ふと、机に置かれている書類に目が行った。それは学園祭のことについてまとめたような物で何もこんな時にまで仕事をしなくても、と私は跡部に言う。

「今やっておかねぇと仕事がかさばるからな」
「でも跡部一人で片付けるのもなんか違くない?」
「これ以上他の役員の仕事を増やすことは出来ねぇだろ」
「意外にちゃんと考えてるんだね」

おにぎりを食べ終えお茶を飲む。
跡部は跡部なりにいろいろ考えてるんだ。人のことを顧みない俺様で自己中な性格だと思っていたけど、どうやらそれは私の偏見だったらしい。

「……私なりにさ考えてみたんだよね。玉の輿に乗る意味っていうのかな。今まで私は金持ちだからっていう理由で人を好きになってた。それは間違ってないと思う。この間までの私を否定をしたくないし。…だから無理に玉の輿に乗ろうとしない。私は幸せな玉の輿に乗りたいの」

跡部に向かってそう言うと、奴はどんな宣言だよ、と笑った。

「まぁ、そっちの方が玲子らしいんじゃねぇの?」
「そう?」
「精々そうなるように天にでも祈っておけ」
「そうだね。もう神様に祈るしかないね」

絶対に跡部の影響を受けた、なんて言ってやらない。鼻で嘲笑うのが目に見えているからだ。

「時間、大丈夫?そろそろ行った方が良くない?」
「そうだな」

跡部はそう言って最後のおにぎりを食べ終えお茶を飲み干した。
玲子はどうするんだと聞かれたのでもう少しここで休むよ、と答える。一緒に生徒会室から出るところを他の生徒に見られるのはまずいし。
跡部はソファから立ち上がりドアの方へ向かった。言い忘れてたが、と跡部はそう言い振り向いた。

「一日目の企画の売り上げ、うちのクラスがトップだったぜ」
「え、本当に!?」
「嘘ついてどうするんだよ。お前、そういう仕事に向いてるのかもな」

跡部からそんな言葉を掛けられるなんて思ってもみなかったから嬉しかった。次期社長に認められた気がして、これは女社長も夢じゃないかもな、と夢見てしまう。
そしてこの後あった後夜祭は問題もなく終えることが出来た。
三日間いろいろあったけど楽しかった学園祭はこれにて無事に終了したのであった。



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