24

学園祭二日目。この日は部活動の企画が主になっていて、帰宅部の私は学校内をまわってみようと思った。
パンフレットを見ると結構な数の部活があってどこに行こうか迷ってしまう。部活以外にも有志による屋台も出ているようで、昼食はそこで買って食べてもいいかもしれない。昨日の企画は大成功だったし、今日だけは贅沢しても罰は当たらないだろう。一人お疲れ様会だ。
仲の良い子もいないしなぁ、と思いながらパンフレットを眺めていると、『午前10時より男子テニス部・女子テニス部の合同エキシビションマッチを開催します!』という文面が目に入った。テニス部といえば跡部か。ちょっと見に行ってみようかな、と思いテニスコートに向かった。

テニスコートにはたくさんの女子がいた。とりわけ私服の子が目立つ。他校の子が跡部目当てに来たんだろう。奴の人気には底がないらしい。
二試合が終わり、そろそろ跡部が登場する頃だろうと思ってテニスコートに注目していると不意に滝川さん、と後ろから声を掛けられた。それははっきりとした男子の声で、知り合いだろうかと後ろを振り向くとクラスメイトの男子がいた。

「どうしたの?」

ニッコリ笑顔で尋ねる。その男子は私を探していたみたいで少し話があるんだ、と言い移動しようと提案してきた。
私に何の用だろうか、とテニスコートを後にしながら思考を巡らせる。後ろで女の子の歓声が聞こえた。真打の跡部が登場したらしい。
というか話したいことってなんだろう。もしかして昨日の企画絡みで何かあった?参加した子から苦情が来たとかトラブルが発生したとか、そういうことだろうか。だったらヤバイ!そうだったら跡部も試合してる場合じゃないって!ってあの企画は私が出したものだから、私が責任を取らされるのか!?
頭の中で一気に考えすぎて男子に名前を呼ばれるまで気が付かなかったけど、連れて来られたのは人気のない校舎の裏だった。さっきまで耳に届いていた歓声もほとんど聞こえない。
……え?校舎裏?もしかしてカツアゲされる!?

「あの、」
「ごめん滝川さん、こんなところに来てもらって」
「ううん、それは別に構わないよ」

本当は構うけど。だって校舎裏だし、人気がないし薄暗いし。でもこの男子の雰囲気的にカツアゲが目的ではないっぽい?というかこの空気、初めて告白された時と似てるような気がする。
心なしか彼の頬はほんのりと朱色に染まっていた。あのさ、俺、と意を決したような表情をしている彼に、あぁこの人は本気なんだなぁと当事者なのに客観的な感想を抱いていた。だって彼が好きなのは猫を被っている私なんだから。

「俺、滝川さんのこと、好きになったみたいなんだ。だから滝川さんと付き合いたいんだけど、どうかな?」

あれ?望んでいた展開のはずなのに靄がかかってるみたいに視界がすっきりしない。

「……一つ聞いてもいいかな」
「何?」
「私のどこを好きになったの?」
「あーなんというか、学園祭の準備の時に印象が変わったというか。普段の滝川さんってちょっと話しかけにくい感じだったけど、準備の時にいつも笑顔で対応してて、その笑顔が可愛いと思ったんだ。優しいし気が利いてて、優等生って感じで、みんなのために頑張ってる滝川さんの姿を見て、君のことが好きなんだと思った」
「…そっか」

そういえば、彼の実家は歯科医院を営んでいることを思い出した。だったら彼は将来その医院を継ぐだろう。上手くいけば念願の玉の輿に乗れるかもしれない!……でもなんでだろう。OKすれば金持ちと付き合えるのに、全然嬉しくない。
この男子は私の本性を知った時、跡部みたいに素の私を受け入れてくれないんだろうなぁ、と想像がついた。あぁ、そっか。だから嬉しくないんだ。

「あ、急にこんなこと言われても困るよね。返事は今じゃなくても別に、」
「あの、ごめんなさい!私、今そういうことを考えられないというか…」
「いや、全然大丈夫!…玉砕覚悟で告白したし…困らせてごめん」
「ううん、謝らないで。でも私ね、そんな優しい人じゃないよ」
「いや、それは違う、滝川さんは優しいよ。…ありがとう、俺の話を聞いてくれて。じゃあ俺行くから」
「……うん」

彼の背中は寂しく感じて、なんとも言えない感情が渦巻いた。
ありがとうって言われる筋合いなんてないんだよ。ごめんね。本当に、ごめんなさい。




お腹がすいた。だから全ての屋台をまわりいろいろな物を買った。たこ焼き、焼きそば、フライドポテト、アメリカンドッグetc…。
そのおかげで私の財布の中身はすっからかんになった。まぁいいか、と思ってしまう。感覚が麻痺して思考回路が上手く働いてくれてないみたいで袋を引っ提げて校舎内をうろつく。あぁ、ここにもカップル、あそこにもカップル。イチャイチャ、ラブラブ。ああなんでこんなにもカップルがいるんだろうか。私もあの告白を断ってなければ彼とイチャイチャ出来たんだろうか。ははっ。
ふと上を見上げてみる。どうやら生徒会室まで来たらしい。でも跡部は外にいるだろうしどうせ鍵が掛かってるだろうな、と思いながら一応ドアを開けてみる。するとすんなり開いてしまった。無用心だな、全く。
私は辺りを見渡し、誰もいないことを確認して生徒会室に侵入した。もうここで食べてしまおう。主の跡部はいないけど、バレなきゃいいんだ。
そして私は応接セットの机に買ってきた物を並べ無造作に食べ始めた。これは世に言うやけ食いだ。なんで告白を断った方がやけ食いをするんだよ、と総ツッコミされるだろうけどやけ食いしたい気分なんだからしょうがない。

「…食べちゃった」

気が付けば見事完食していた。誰もいないし、と思って小さくげっぷをする。
すると今度は満腹になったおかげで睡魔が襲ってきた。先に片付けないと寝ている間に跡部が来たら怒られる。でも寝たい。考えてる間にソファに横たわってしまった。視界がぼやける中生徒会長の机が見えた。
もう怒られてもいいや、おやすみ。





ユラユラ風がそよいでいる。
ユラユラ、ユラユラ。あれは何だろうか。……あぁ、カーテンか。カーテンが風に揺れてるんだ。少し視線を横に移動させてみる。カサカサと小さな音がする。生徒会長の机にいる跡部が書類を読んでいるんだ。何か白い。あれ、ブレザーは?

「……あ、とべ?」
「アーン?やっと起きたか」

段々と視界がクリアになって来た。やっぱりブレザーを着ていない。窓も開いてるっぽいし、一体どうして。
ブレザーはどうしたの、と言おうと起き上がると、私の着ているブレザーとはまた違うブレザーを羽織っていることに気付いた。そのブレザーを手にとって確認する。…サイズが大きい。ってことは、

「youの?」
「なぜ英語なんだ」
「あ、いや、なんか、ぽくないことしてるなぁって思ってさ。なんで窓開けてるの?寒いでしょ」

立ち上がりブレザーを跡部に渡しに行くと換気だ、と跡部は答えた。

「換気?」
「ソースくせぇんだよ。お前、好き勝手やってくれたみてぇじゃねぇか」
「あっ…」

ヤバイ、片付けしてなかった。振り向いて机を確認するとそこには何もなかった。どうやら樺地君が片付けてくれたらしい。後でお礼を言わないと。

「生徒会室を勝手に私物化してんじゃねぇよ」
「鍵かかってなかったんだもん。無用心すぎるから見張りをしてたんじゃない」
「それで寝てたんだろ。本末転倒じゃねぇか」
「……言い訳のしようがありません。……本当にごめん」

ソファに戻って腰を下ろす。センチメンタルが入ってたとはいえ樺地君に迷惑かけて馬鹿じゃん、私。

「……いい具合にしょぼくれてんな」
「しょぼくれ、てるのかな。なんかよくわかんなくて、全部がどうでもよくなったというか、センチメンタルが入ってたっていうか…」
「何かあったのか?」
「あー、あのね、私、告白されたのね」
「は?」

私のその言葉は意表をついたようで、跡部には珍しい間の抜けた声を出した。驚くよねーと苦笑をする。跡部の顔が見れなくて私は自分の手元を見つめた。

「でね、その男子、結構なお金持ちだったんだよね」
「もちろんOKしたんだろ?」
「断った」
「はぁ?熱でもあるのか?」
「ない。平熱だよ。……告白した理由を聞いたの。私がみんなのために頑張ってるって…」

『優しい』と言われた。
『準備の時にいつも笑顔で対応してて、その笑顔が可愛いと思ったんだ』
『優しいし気が利いてて、優等生って感じで』
『みんなのために頑張ってる滝川さんの姿を見て、君のことが好きなんだと思った』
それは私じゃない。彼が見ていた滝川玲子は偽者だ。本当は、全然違う。

「本当は口が悪くて、守銭奴で、貧乏で、全然優しくなんてないよ。いつも笑顔でいるのは猫を被ってるから。良い子ぶってるだけ。本性を知ってたら好きになってないよ」
「だから断ったのか?」
「……なんかさ、私はみんなのことを騙してるんだって思って気が引けちゃった。今更かもしれないけど、性格偽って玉の輿に乗ろうなんて、馬鹿だよねぇ、私」

あっはっはー、と笑ってみる。笑ってる状況じゃないって私が一番わかってるけど、笑うしかないじゃない。だって私は、跡部に出会う前までこんな感情を知らなかったんだから。
この前までの私は、猫を被っていれば玉の輿に乗りやすいだろうと思って、玉の輿に乗れたら一生猫を被り続けることだって出来ると思ってた。でも今は違う。跡部が私を変えたんだ。私は跡部によって変わってしまったんだ。
大金持ちの跡部に素の私を知られても跡部の私への態度が変わらなかったから、私はいつの間にかそのままの素の私を受け入れてほしいと思うようになったんだ。自分の気持ちとか、相手の気持ちを考えるようになっていった。うわ、影響受けすぎじゃん、私。でも、今でも玉の輿に乗りたいとは思うけど。

「恋って何かな」
「……少なくとも、相手の財力を見て好きになるってのは恋じゃねぇな」
「痛いわー胸に刺さるわー」
「だが玲子は断ったんだろ。そこそこの金持ちの告白を」
「まぁ」
「だったら少しは進歩したってことじゃねぇのか?」

顔を上げて跡部を見ると奴はドヤ顔でこちらを見ていてアンタのせいだと言いそうになった。絶対に言ってやらないけど。
いつか私の前に素の自分を受け入れてくれる聖人君子みたいな人が現れてくれるんだろうか。道のりは遠いなぁと思う今日この頃であった。



back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -