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母親に学園祭が終わるまでバイトを休むことを伝えると、なぜか安心したように笑っていた。その訳を聞くと去年はそんなことなかったから、と言われてしまった。

「今年は私が企画を出したから仕方なくって感じだし」
「玲子が?そっか、お母さんわかっちゃった」
「何が?」
「この間お泊りしたっていうお友達の影響でしょ」

と、言われた時はどうやって切り抜けようかと思ってたけど母親はまぁ楽しみなさいよ、と笑った。

「でも今月の給料は少ないと思うからあまり家に入れられないよ」
「そんなことは気にしなくていいの。玲子は毎日頑張ってるんだから、たまには休みなさい。お母さん命令ね」

私の母は絶対に弱味を見せようとはしない。母は強し、とはこのことだと思う。だから私は母に応えようと思うのだ。


学園祭開催まで一週間を切った。この企画を聞きつけた他のクラスの女子から参加希望がたくさん来ているけど当日の先着順になるとその申し出を何度か断った。
企画の名前は『跡部景吾の胃袋を掴め!』という若干古めかしくなったけど少しずつ形になってきている。
エプロンと三角巾の件もなんとか参加費の中に組み込むことが出来たし、食材も近所のスーパーに掛け合ってみるとわりと安く仕入れることも出来た。クラスのみんなが分担してくれてるから出来たことであって、こういうのもアリだなと思う。

「滝川さん、ちょっといい?」
「うん、どうしたの?」

企画の立案者は私なので跡部と共にクラスの総指揮を任されることになった。実行委員の二人は委員の仕事もあるので今回は私達のサポートに回ってくれ、食材の発注する量だとか司会進行をどうするかとか、企画の根幹に関わることは全て私と跡部を通して決まる。
言いだしっぺは私だし、その責任は果たすつもりだ。けれどそれに拍車をかけた事件が数日前に起こった。それが起きるまではほとんどの案件を跡部が一人で処理をしていた。大変だなぁと思いつつ私が関わってボロが出ても嫌なので大人しくしていたら、準備中にこの間のテストの話題が上がったのだ。
校内の掲示板に結果は張り出されていたので私が成績上位者ということは知っていて、その上で私の勉強方法について知りたいという話になった。

「滝川さん部活入ってないよね?だから凄く良い塾に通ってるとか一流の家庭教師を雇ってるのか気になってて。もし良かったらあたしに紹介してくれないかなって」
「あ、ずるい!私も!」
「じゃああたしも!」

と、聞きつけたクラスの大半の人が私に寄って集る。でもごめん!良い塾に通ってないし、家庭教師も…つけてたけど一回だけだし、というか跡部だから絶対に言えない。だから私は首を横に振るしかなかった。

「ごめんね。私、塾に通っていないし、家庭教師もつけてないの。家に帰って自分で勉強してるんだ」
「えぇぇぇ!?」

クラスメイトの驚きの声が上がり、今の私の地位が確立されたというわけだ。クラスの中の信頼度はこの事件によって格段にUPしたけど、優等生の大人しい滝川玲子を取り繕わないといけないから結構しんどい。無茶を言われた時も笑顔で対応、言い合いが勃発した時も笑顔で仲裁。株が上がっていくにつれて私のHPは勢いを増して削れていく。でもそのおかげかわからないけどスムーズに事が運んでいってるので満足だ。信頼されているから頼られるのであって、悪い気はしないし。本当に順調すぎて怖いくらいだ。問題があっても怖いけど。

「ありがとう滝川さん助かった」
「ううん、困ったときはいつでも相談してね」
「あのさ滝川さん、この資料なんだけど…」
「あぁ、これは跡部君に見せた方がいいかもね。……あれ、跡部君は?」

男子生徒から渡された資料に目を通すと跡部の確認がいるような物だったので辺りを見渡す。が、見当たらない。
実行委員の二人に跡部がどこにいるのか聞いてみると、奴は生徒会室で自分の仕事をしているらしいのだ。
なので私は生徒会室に赴くことにした。他の役員がいるかもしれないので一応ノックをして返事を待った。
返事が聞こえ、失礼します、とワントーン高めに声を出してドアを開ける。身構えたにも関わらず跡部一人しかいなかった。

「あれ、一人?」
「あぁ。他の役員は自分たちのクラスの方に行ってる」
「そっか」
「そっちはどうだ?」
「問題はないよ、順調。後でいいからこの資料に目を通してくれる?」
「わかった」

資料を跡部に渡し、邪魔をしてはいけないと思って立ち去ろうとすると、だいぶ頼りにされてるな、と跡部が言うので立ち止まって振り返った。

「おかげさまで。でもそれって私が猫被ってるからだと思うよ。素の私だったら相手にされないって」
「そうか?」
「そうだよ。なんか自分が怖いよ。金持ちの中に溶け込んでるんだもん」
「まぁ良かったんじゃねぇの?」
「……そう?」

今跡部、良かったって言った?
奴の口からそんな単語が出てくるとか思ってなかったから対応が遅れてしまった。ってことはあれか。私がクラスの女子に溶け込めないことを気にしてたってこと?あの跡部が?いや、それはないか、私の妄想ということにしておこう。

「跡部」
「何だ?」
「学園祭、楽しもうね」
「……そうだな」

跡部は小さくだけど頷いた。素直に返事をする跡部は珍しいので期待しておこう。



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