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店長にどう説明しよう。今日はとりあえずバイトに行って、明日から休むってことを言わないと。でも私が休んじゃったらシフトが狂うよね。いろんな人に迷惑が掛かるし、今月の給料も少ないし。私の毎月の給料のほとんどはスマホ代、生活費、その他諸々で消えていってしまうので、つまり少ない給料では赤字だ。あーーー、もう考えただけで頭が痛い。
溜め息をつきながら自転車置き場へと向かうとそこに樺地君がいた。嫌な予感しかしないな。

「生徒会室で、跡部さんが待っています」
「あー、でも私これからバイトだし、無理だって跡部に伝えてくれる?」
「バイトの方には連絡を入れました」
「えっ?」

マジで言ってるの?いや、樺地君が嘘をつくはずないからこれは本当ということだ。跡部め、勝手なことしやがって!

「わかった。今から行くね。ありがとう樺地君」
「ウス」

樺地君には罪はない。跡部の指示だろうし。
そして私は生徒会室の前までやって来た。はぁ、と再度溜め息をつきドアをノックした。もう返事も聞かずにドアを開けてやる。

「失礼しまーす」
「……お前、一貫性っていうのはないのか?」
「どういうこと?」
「こっちの話だ」

跡部は小さな溜め息をつき、会長のイスから立ち上がってソファに移動した。

「跡部がバイト先に連絡したの?」
「あぁ。ついでに学園祭まで休むと伝えておいた。快く快諾したぜ、あの店長」
「それはアンタが社長の息子だからでしょ!」

店長にクラスメイトに社長の息子がいるって伝えてなかったのに。後で謝りに行かないと。大きな権力を振り回したに違いないんだから。

「赤字決定だ」

足の力が抜けそうなのでソファに座り項垂れた。家計簿でも付けてるのかよ、と跡部にツッコまれる。

「自分のバイト代からスマホ代とか生活費とかその他諸々差し引いたら完全に赤字だよ」
「そんなに切羽詰まってたのか?」
「そう見える?」
「見えねぇから聞いてるんだろ」

そりゃそうだろ。そう見えないように振る舞ってたんだから。金持ちの跡部なんかに同情されたくないし、どのくらい貧乏なのか悟られたくなかったのだ。だから今のは完全に失言だった。話題を変えようと学園祭の話を跡部に振る。

「というかさ、あの企画本気でするつもり?」
「本気だ。言い出したのはそっちだろ」
「あれはそっちのせいで私が企画を出す羽目になったんじゃない。マジギレしてもしかたなかったけどさ、どうして怒らなかったの」
「マシな案が出てくるまでと思ったんだがこれ以上好き勝手なことを言われても困るだろ。だから玲子を使わせてもらった」
「私に被る被害は考えなかったの?」
「一瞬考えたが、お前が言いたそうな顔をしていたからお膳立てをしたんだ。むしろ感謝すべきだと思うが?」
「迷惑だっての。そりゃあの企画が実現したら面白いかもって思ってたけど、結構難しいじゃん」
「だから実現出来るように玲子を呼んだんだろ」
「え、今から詰めていくの?」
「しかたねぇだろ。実行委員の会議も立て込んでるんだ。かといってクラスの連中に任すわけにもいかねぇしな」

跡部はそう言ってテーブルの隅に置いてあったノートパソコンを手繰り寄せパネルを開いた。

「忙しすぎて倒れないでよ」
「このぐらいで俺が倒れると思ってんのかよ」
「わかんないじゃん」
「連中に任せて不祥事が起これば倒れるだろうな」

タイピングしながら跡部は不敵に笑った。冗談を言えるぐらい今の跡部は余裕綽々ってことだ。器用だよね、跡部って。そして跡部と二人っきりの会議が始まった。
まずは会場の話。跡部をカモにするんだから相当の人が集まるに決まってる。屋外は衛生的にアウトだから屋内しかない。これは跡部の提案で調理室が会場ということで納まった。会長特権をフルに活用するらしいので、こんなことぐらい簡単に通ると跡部は言う。
次にエプロンや三角巾の問題。エプロン代と三角巾代を参加費の中に含めばいいと跡部が提案した。それは私も思ったけど、参加費が上がってしまう。それを跡部に言うと、跡部財閥の系列の小売業者に交渉すれば安く手に入るということだったので、これは保留になった。
その次は材料の問題。これは近くのスーパーに話をつければいい。学園祭に使うものなので上手くいけば少し割引をしてくれるかもしれないし。
調理方法の問題については私から提案した。野菜はさっと湯通ししたものを使用してもらう。包丁を使わなくてもいいようにあらかじめ食材はこちらで切ったものを用意する。さっきの教室での私の企画は好きな料理を作っていいというニュアンスで話していたけど、それは時間や材料にバラつきがあって時間が掛かりそうなので同じ食材で同じ料理を作ってもらうことになった。これなら味付けが違うだけだから跡部も審査しやすいだろう。

「……こんなところか」
「だね。後参加する女の子に跡部景吾が食べるから火はちゃんと通してくださいって言えば完璧だよね」
「いるのかその前置きは」
「いるいる。これで俄然やる気も出てくるし、跡部に自分たちの作った料理を食べてもらえるんだから生で提供することもないでしょ」
「一理あるな」
「なんか楽しみだね」
「さっきまで乗り気じゃなかった奴が言う台詞か?」
「だってこの企画の立案者は私だよ?乗り気じゃなかったのはバイトを休まないといけなくなるって思ってたからで、吹っ切れたよ。私のせいでクラスの空気が悪くなるのは嫌だしさ、表面上は仲良くやっていきたいじゃん」
「正直だな」
「跡部の前だから嘘ついても意味ないし。ってことでよろしく、そろそろ帰るね」
「あぁ」

なんだかんだ言って本音を言える人って母親を除いたら跡部しかいないんだよね。そう思ったら私の人生って寂しいかも。いや、これから変えていくんだ!バラ色の玉の輿が待っている!

帰る途中、私はにんまり弁当に寄った。裏口から入り事務所の前に立つ。ノックをして入ると店長がパソコンと睨みあいをしていた。

「店長」
「玲子ちゃんか。どうしたの?」
「あの、さっき跡部景吾って人から電話がありましたよね?」
「そのことでわざわざ来たの?こっちは大丈夫だから君は学校の行事を優先しなさい。まぁ玲子ちゃんのクラスメイトが社長のご子息だとは思わなかったけどね」
「すみません。言うタイミングが見つからなくて」
「それは全然構わないよ。息子さんの話を社長から聞いていたし、氷帝学園に通っていてもおかしくないからね」
「あの、店長。本当にすみません。勝手にお休みをいただいて……シフト、組み直してたんですよね」

店長がパソコンと睨みあいをしていた理由…それはシフト表の書き換えをしていたのだ。店長はちらりとパソコンの画面を見てあぁこれか、と小さく呟いた。

「従業員のみなさんにも迷惑を掛けてしまって、すみません」

深く一礼をして謝ると、謝るのはこっちの方だ、と店長は言う。

「学校のスケジュールを把握せずにシフトを組んだ僕の責任でもあるしね。玲子ちゃん、僕は思うんだ。仕事はこれからも出来るけど、学校の学園祭なんて数えるほどしか経験出来ないって」

ニッコリと笑ってそう言われた。こんな言葉を掛けられたのは初めてだったから目頭が熱くなった。
私はもう一度店長に一礼をしてありがとうございますとお礼を言い事務所を後にした。



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