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それから結構な日にちが過ぎ、気が付けば11月になろうとしていた。
跡部とまともに会話をしたのはハンドクリームの件が最後になり、接点なんて元々なかったから教室で喋ることもなかった。跡部倶楽部の会長も、たまに廊下ですれ違うけど目を合わすこともない。
夏休み前に全て戻った。私と跡部はただのクラスメイトで私は玉の輿に乗るために日々奮闘中。……でも、ぽっかりと穴が開いた気分だ。空虚感というか喪失感というか、少し寂しい気もしないでもない。
けれど11月にはある行事が控えているので跡部のことを考えている暇はないのだった。
今はLHRの時間で、ある行事―つまり11月下旬に行われる学園祭の話し合いの真っ最中だからだ!
ここで体育祭を通り越して学園祭を行うとは何事か!と文句を言われそうだけど、氷帝学園高等部の体育祭は中等部との兼ね合いもあり、毎年一学期に行われる。生徒数が多く、持久走と学年の企画した種目には強制参加だけど後の種目は自由参加のため体育祭の前後はバイトに支障をきたすことはなかった。
問題は学園祭だ。三日間開催される学園祭はクラスの企画があるのでバイトを休まないといけなくなる。その企画が簡単な物ならあまり休まなくてすむけど、企画自体では今週から学園祭が終わるまで休まないといけなくなってしまう。
クラスのみんなが協力して企画を成し遂げることはいいことだと思う。私だって協力する。けど拘束時間が長い企画は勘弁してもらいたい。

「というわけで、今年の学園祭は例年通り三日間開催されます」

学園祭実行委員に選ばれた男女二人の委員が教壇に立つ。男子が説明をして、女子が黒板にすらすらと日程などを書いていく。担任の先生は後ろに立ってその様子を見ていた。
生徒会長の跡部は自動的に学園祭実行委員長になるらしく、私の隣の席にいる。クラスのことにはあまり口を出さないのかな。って跡部のことは気にしちゃ駄目よ!

「今年は一日目がクラス企画。二日目が部活動ごとの企画。最終日は有志によるステージ発表と後夜祭。後夜祭は去年のように校庭でキャンプファイヤー。次の日の午前が片付けになります。で、今日はクラス企画は何をするかっていう話し合いなんだけど」

ここで男子はプリントを全員に配った。前から来たプリントに目を通すとクラス企画の注意事項が書かれていた。
火を使う模擬店の注意事項。屋外での企画の注意事項。学園祭だからといって羽目を存分に外していいとは限らないし、学校の行事だから厳しくもある。やっぱり模擬店の注意事項が特に目立つな。衛生上の問題とか安全性の問題とか、いろいろクリアしないといけない問題があるから厄介なんだよね。でも学園祭=模擬店みたいな風潮だし。仮にもし模擬店をするにして、跡部をカモにお客さんを呼ぶのもアリだな。

「とりあえずやってみたい企画はないかな」
「はいはーい、お化け屋敷がいーです!」
「喫茶とかどう?」
「外で屋台!」
「模擬店って面倒じゃん。いっそ演劇は!?」
「それこそ面倒でしょ」

うん、それは面倒だ。もういっそのこと合唱とかでもいいんじゃないかな。口出しはしないから黙ってるけど。

「つーかこのクラスには跡部がいるし、跡部を使って何かしたいよな」

跡部君で何か、と黒板に書かれる。何かってなんだろう。何が出来る?ちょっと面白そうなので考えてみることにした。私が考えてる間にもみんなは次々と発言をする。

「跡部君を使ってって、本人の許可は?」
「な、いいよな、跡部」
「出来る限りのことはするが」

跡部が意外にも協力的だ!

「じゃあさ、さっきの喫茶で跡部がウェイターってのはどうだ?」

跡部がウェイター?まぁパーティーの時の御曹司モードで接客するならありっちゃありか。

「跡部君がお化けに化けるとか」

それ跡部の意味ないよ!

「食いだおれ人形みたいに客引きとか?」
「それは跡部君が可哀想だよ」

意外にみんな考えることが酷いな。跡部に恨みでもあるの?なんで跡部怒んないのかな、と隣を見てみると悲鳴を上げそうになった。眉がピクピクと動き今にも大激怒しそうな形相である。いや、形相は普通なんだけど、その普通が逆に怖い!って、客引き?私の頭の中で一つの案が浮かび上がる。いや、でもこの案はかなりリスクが高いな。でも上手くいけば売り上げだって相当いくはず。って駄目よ、保身するって決めたの。でしゃばらないって、そう決めたはずでしょ、私!面倒ごとが増えるだけ!バイトを休むわけにはいかないもの。……と頭の中で一人相撲をしていると隣の跡部から静かに手が上がった。

「少しいいか」
「はい、跡部君」
「滝川が何か思いついたみたいだぜ」

はーーああ!?え、コイツ、私を売りやがったのか。自分が変な企画に使われるかもしれないから、それを回避するために私をダシに使うってのか、こんにゃろう!……でも、ここは一つ助け舟を出してあげよう。ことによっては見事に沈没するかもしれないけど。

「……ちょっと難しいかもしれないけど、完全にターゲットを女の子にして、参加型のお店にするのはどうかな。例えば、三組ぐらいのチームを作って会場で出来る範囲の料理を作ってもらう。それを跡部君に試食してもらって一番美味しかったチームが勝ち。勝ったチームには商品があってもいいかもしれない。見物席も用意してて、その人たちにはスナック菓子とかジュースとか、そんなに高くない物を提供したら売り上げ的にみても一石二鳥なんじゃないかって思ったんだけど、結構厳しいよ、ね」

そう、これを実現するならば数々の問題をクリアしなくてはならないのだ。会場は確保出来ても問題は山積みだ。まずは衛生面での問題。食材の保存方法、調理の仕方、そして調理をする人の配慮。参加型なので元から準備をしていない人が調理に回る。これが一番厄介だ。注意事項の書かれたプリントを見るに、調理をする人はエプロンの着用と三角巾の使用を義務付けられている。参加人数×(エプロン代+三角巾代)は結構な額になる。予算はあるけど、足らなくなるかもしれない。そしてもう一つは安全面の問題。火を使うことを一般の参加者に求めていいのかってことだ。火傷をするかもしれない、調理をするなら包丁で手を切ってしまうかもしれない。そんな危ない橋は学校側だって渡りたくないだろう。この企画は夢物語だ。絶対に実現するはずがない。

「……いや、案外そうでもないかもな」

そう切り出したのは跡部だった。みんな一斉に跡部に注目する。

「今のままじゃ甘いが、詰めていけば企画自体は通るぞ」
「ま、ほ、本当に?」

びっくりしてマジで言ってるの?と言いそうになった。危ない危ない。

「第一一般参加者を巻き込んではいけない、とはどこにも書かれてねぇぞ」

プリントをヒラヒラさせ跡部はクラスのみんなに向かって言う。

「俺は滝川の企画を推薦するが」

アンタはたんに変な企画から逃れたかっただけでしょ、と心の中でツッコミを入れる。けど、この企画が実現すれば結構面白いかもしれないと思った。
そしてこの後にとった多数決で私の企画が通ることになった。企画自体はまだ完成していないので、明日の放課後また話し合うことになり、帰り際数人のクラスメイトから期待してるね、とか滝川さんと跡部君が頼りだよーとか頑張ろうね、と声を掛けられた。あぁこれはバイト全休みコースだわ。あははっ。



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