19

中間テストから数日後の朝のSHR時にテストの結果が一気に返ってきた。一緒に順位の一覧表も手元に来て、私は吃驚仰天してしまった。学年の順位が5つ上がっている!最初見間違いかと思って目を擦りじーっと見るけど5つランクアップした順位が確かに印刷されていた。そして次にクラスの順位を見て息が止まるかと思った。二位、という文字がそこにあったからだ。
二位!?私が、二位!?一位はどうせ跡部だから、つまり私はこの中で二番目に賢いってこと!?ふふふ、笑いが止まらないよ。
ふと跡部と目が合う。私はテスト用紙を立てて誰にも見つからないように跡部にピースサインをして見せた。この感動を早く跡部に伝えたい!
そして昼休みを待ち、中庭でお弁当を食べてから生徒会室に向かった。ノックをして返事を聞いてからドアを開ける。樺地君はおらず跡部一人だけだった。珍しいな。

「よっ」
「玲子か」
「むっふっふ。跡部、私は遂に快挙を成し遂げたよ!」

生徒会長の席に座っている跡部に近付き、成績表をバンッと机の上に置いた。

「夏休み明けのテストから学年の順位は5つアップ。しかもクラスの順位では二位!跡部の次の二位!」

あっはっは、と笑い飛ばすと少し驚いた様子で跡部は成績表をまじまじと見た。

「さぁどうだ!」
「まぁこの俺様が教えてやったんだ。当然の結果だろ」

ほらよ、と成績表を返された。祝ってくれてもいいじゃんか。それか跡部なりに祝ってくれてるのかな。

「でも私にとっては凄いことだし早く跡部に伝えたかったの。こんなに順位が上がったのは初めてだったし、ありがとね」
「珍しいな、素直に礼を言うなんざ」
「私だってお礼ぐらいちゃんと言えますー。仕事の邪魔してごめんね、じゃあ」
「玲子」

仕事の邪魔しちゃ悪いかなと思い足早に生徒会室を後にしようとしたら跡部に呼び止められた。
玲子にやる、と生徒会室の引き出しから小さな紙袋を引っこ抜き私に差し出す。
跡部からのプレゼント?私に?どういう風の吹き回しだ。
その紙袋は超有名なブランドの物で中身を覗いて取り出してみると3本セットになっているハンドクリームだった。淡いピンク色のラッピングが跡部には似合わない。完全に女子受けを狙った物だ。

「貰っちゃってもいいの?」
「この間の誕生日の礼と成績が上がった褒美だ。香りがキツくねぇ物を選んだつもりだが学校にいる間だけでも使えよ。これから手も荒れやすい時期になるだろ」
「跡部って意外と気を遣えるよね」
「意外は余計だ」
「でもこの間だって……えーっと跡部のうちに泊まらせてもらったときね、スマートに着替えを用意してくれたり、フォローが上手いなって。こんな風に女の子を連れ込んだりするのかーってちょっと勉強になったんだよね」
「着替えを用意したのは使用人だぞ。俺は何もしてない」
「だとしても、だよ。モテる男はやっぱ違うわーって思ったね」
「当然だろ、と言いたいところだが女を泊めたことはねぇよ。少なくとも日本に戻って来てからはな」
「え、マジ!?」

ハンドクリームを試しにつけてみようと手の甲に出そうとしたけど今の発言が衝撃的すぎてチューブを強く押しすぎて想定の倍ぐらいの量が出てしまった。
なにやってんだよ、と跡部は呆れ顔だ。

「出しすぎちゃった。跡部ちょっと貰って」
「はぁ?嫌に決まってんだろ」

跡部は露骨に嫌な顔をして上着のポケットからハンカチを取り出す。
これで拭け、という意味らしい。
美女からのハンドクリームのおすそ分けなんて滅多にないのに断りやがった!と少しだけ思ったけど好きじゃない子からのハンドクリームのおすそ分けは私が男でも遠慮するかもしれない。
出しすぎた分のクリームをハンカチで拭いてそれを跡部に返す。ちょうどいい量になり両手にすり込んでいくとさらさらと手に馴染んだ。

「わーすごい良い香り。ありがとう、跡部。って話が逸れちゃった。あの跡部様が家に女の子を連れ込んだことがないの?」
「結局その話に戻るのか」
「だって跡部の恋バナなんて滅多に聞かないし、もしこの話を跡部倶楽部の会長に売ったらいくらで買い取ってくれ」
「お前マジで殴るぞ」
「ごめん、ごめん。今のは冗談だよ」

でもあの会長なら跡部の恋バナなんてとっくの昔に入手してるかもしれない。
というか結局跡部に恋バナなんてなかった。中学でイギリスから日本に戻ってきてずっとテニス漬けの毎日を送っていたのだそうだ。話を聞くに有意義な中学生活だったらしい。
テニスバカじゃん。とも思ったけどそんな奴を羨ましく思った。
その頃の私には勉強しかなかった。部活はお金がかかるから入ってなかったし、中学生だから当然バイトも出来ず歯がゆい気持ちを抱えたまま勉強に打ち込むしかなかった。まぁそのおかげで今の私があるんだから後悔なんてしてないけど。
ただやっぱり、自分の好きなことを自由にやれる環境は素直に羨ましい。

「玲子はどうなんだよ」
「私?」
「玉の輿に乗りたいんだろ。猫を被ってる成果はどうなんだ?」

うわーこの人痛いところを突いてくるなー。恋バナなんて話題振るんじゃなかった。
いや、でもこの話なんて今まで人にしてこなかったし良い機会かも。

「……猫を被る前、中三の時初めて彼氏が出来たの。その彼氏がほんとうに最悪でね」

今思い出しても最悪な気分になる。
隣のクラスの男子で志望校が同じ氷帝だったこともあって意気投合。公務員を両親に持つこの男子はときどきお金を持っていることを鼻にかけて話すこともあったけどキレないように我慢していた。その甲斐あってか告白されたのは受験日の前の日だった。
氷帝に受かれば将来官僚になるのも夢じゃない、というのが彼の口癖で、そうなってほしいと当時バカだった私は本気で思っていた。
そして結局私だけ受かった。合格発表の後、奴は私に別れよう、と言ってきたのだ。

「もしかして私だけ氷帝に受かったのが嫌だったりする?でもそっちは別の高校受けて受かってたんでしょ」

本命の氷帝とは別にすべり止めで受けていた高校に奴は受かっていた。けど氷帝に落ちた。というか私に負けたという事実が彼のプライドをズタズタに切り裂いた。

「なんで俺が落ちて滝川が受かるんだよ」
「は?」
「は?じゃねぇし、大体よくそんな性格で受かったな。氷帝も大したことねぇじゃん」
「あのね、自分が落ちたからって私に当たんないでよ。というか私の性格なんて関係なくない?」
「あるっつーの。もうダメじゃん、俺ら。つーかやっぱ無理。自分より頭が良い奴なんて彼女にしたくねぇわ」

その言葉を聞いた瞬間、本当に目から鱗が出そうなぐらいビックリした。
自分より頭が良い奴なんて彼女にしたくない?え?どういうこと?

「どういうこと!?」

気が付けば跡部に問い掛けていた。一通り話し当時のムカムカが蘇って聞かずにはいられなかったのだ。

「いや、その前に玲子はその時どうしたんだよ」
「あー、すっごいムカついてこの成金野郎!って怒鳴ってそれっきり。もう顔を合わせるつもりもなかったから」
「まぁ怒鳴って正解だったんじゃねぇの。話を聞く限りロクな奴じゃねぇことは確かだろうからな」
「そうなんだよ。今思えば器の小さい男の子だった」

お金を持っているくせにケチだったり缶ジュースを奢ったぐらいでどうだ、とドヤ顔をしたり。きっとあの男子は今も相変わらずなんだろう。
けど、私はこのろくでもない男子の言われた言葉を信じてしまった。
男の子はガサツで成金野郎、なんて言葉遣いが荒い女の子よりおとなしめで自分よりも賢くない女の子がいいってことを私は学んでしまった。
というよりもシンデレラは優しくて気立ての良い女の子だったことを思い出したのだ。
そして二人目の彼氏は氷帝に入学してすぐにできた。
今をときめく『将棋界の貴公子』と呼ばれる同じクラスの男の子で付き合ってみようと言われ即OKした。
将棋なんてめちゃくちゃ頭がよくないとプロになれないし、タイトル戦を獲ったら賞金もたんまりと入ってくると聞いている。だから私は猫を被り賢くないふりをした。
入学してすぐにあった実力テストでは彼はトップ10に入っていて私は圏外。奨学金のこともあるしギリギリのところを攻めたつもりだったけど意外とみんな頭が良く、金持ち学校だと揶揄されていたので私も正直ナメていた。今のままじゃ足元をすくわれる。
そして貴公子にテストの結果が出た当日に別れを切り出されたのだ。

「君がこんなにバカだとは思わなかった」

と一言。……え?
どうやら彼はどこかで私の受験の点数が良かったことを聞きつけそれで私に興味を持ったらしい。つまり私の頭が良かったから付き合っただけであり、圏外にいるバカはいらない、ということだった。
私は二度も失敗した。男子だからってみんながみんな賢くない子が好き、というわけではなかった。
二度目のお別れは交際期間一週間という最短記録を更新し、今に至る。

「お前男運ないな」
「私もそうかなって思ってたところですー」

マジで痛いところを突かれた。玉の輿に乗ってやる!と息巻いているのはいいけど肝心の男運が悪ければ元も子もない。

「でもこの香りで女子力アップしたし、存分にフェロモンを振りまいてくるねー」
「変な男に捕まるなよ」
「同じ轍はもう踏みませんよー」

そして振りまいたフェロモンは特に女子に効果があったみたいで、5限目終わり数人のクラスメイトに囲まれることになった。
滝川さんめちゃくちゃいい香りがするね、という話題でどこのブランドの物なのか知りたいということだったのでパッケージを見せると日本未発売のレア物だということがわかり驚いた。
現地に行って購入したのか聞かれ知り合いの人に貰った、と濁していると一人の女の子がこう言った。

「でも跡部君からも香ってくるからビックリしちゃった。最初どっちから香ってくるんだろうってわからなかったんだよね」

うわーハンドクリームを拭いたハンカチのせいで跡部からも香ってきてたんだ。全然気が付かなかった。
スルーできない状況に跡部の顔がこちらを向く。その顔はこの状況を楽しんでいる風だ。楽しむな!

「隣の席だから香りが跡部君にうつったのかな。ごめんね、跡部君。今度から気をつけるね」

申し訳ない風を装い謝罪するといいや、とこんな猿芝居に付き合ってくれた。

「別に構わねぇよ。嫌いな香りじゃねぇからな」

そりゃアンタが選んだプレゼントだからでしょ、と心の中で突っ込んだ。
そして私はブルジョワの仲間だと一部の女子から認知されることとなったのだった。



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