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電話番号とメールアドレスを交換したって別にどうってことない。ただ私のアドレス帳のあ行に跡部景吾の名前が追加されただけだ。だから私は跡部といつも通りに接する。といってもテストが終われば生徒会室に行くこともないんだろうけど。
そして今日は中間テスト当日。跡部にみっちり勉強を教わったから大丈夫だ。いつも以上に気合を入れてテストに臨んだ。



数時間後。全科目のテストが終わり、束の間の休憩時間がやってきた。
テストには自信がある。数学の問題は跡部のおかげですらすら解けたし、得意の暗記もかなり出来た。これは本当に順位が上がるかもしれないと思うぐらいの出来だ。

「滝川さん、ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
「あのね、さっきの数学のこの問題なんだけど…」

クラスメイトの女子たちがテスト後に私の元にやって来るのももう慣れっこだ。ここぞとばかりに私は優等生です、というアピールが出来てしまう絶好の機会!
この問題、と言って指で指されたそれは、跡部に習ったような問題だった。うわ、この問題か。私も跡部に教えてもらわなきゃわからなかった。つまり間接的に跡部に助けられたってことか。またわけのわからない借りが出来てしまった。いや、借りは返さないといけないから借りって思わない方がいいか。とにかく私はさもその問題の解き方を初めから知っていた口調で説明した。
「滝川さん凄いね」「ううん、そんなことないよ」「でもこのクラスの女子の中で一番頭が良いのって滝川さんでしょ」「ああ滝川が羨ましいなぁ」「私はみんなの方が羨ましいよ」「え、何で?」「だって私って勉強しか取り得がないから」「そんなことないって。逆に勉強が出来ていいなぁって思ってるから」「ありがとう。そう言ってもらってすごく嬉しい」「こっちこそ教えてくれてありがとう」
……はぁ。やっぱり私が始めたこととはいえこのキャラは意外にキツイな。ここ最近は学校で素を出すことも増えて切り替えのスイッチが鈍ってるような気がするし。いや、でも玉の輿に乗るためにはしかたがないことなのよ!
そして教室に先生がやって来てHRが始まった。



HRが終わり私は教室を出て自転車置き場を目指しているとポケットにしまっていたスマホが振動した。店長からのメールかな、と思ったけど差出人は跡部だった。うわぁと声が漏れてしまう。

『さっきの数学の問題、俺が教えてやったやつだろ。猫被り女』

聞いてやがったのか、ちっ。まぁ隣だから聞こえてくるか。しかし、これ見よがしにメールしてこなくても。
なんて返事してやろうと考えていると滝川さんちょっといいかしら、と声を掛けられた。
この声、この喋り方……跡部倶楽部の会長しかいませんよねー。

「こんにちは、会長」
「滝川さん、私と少しお話をしていかないかしら」
「会長とお話することなんて私にはないですよ?」
「あなたにはなくても私にはございますの。跡部倶楽部発足以来の大事件が起こったのですわ。私は、あなたが関わっているのではないかと推測しているの」
「大事件?」
「あなた、自転車通学だったわよね」
「えぇ」
「では自転車置き場まで歩きながらお話をしましょう」
「……わかりました」

大事件って何だろうか。しかも私が関わってるって一体私は何をしたっていうの?心当たりは全くないし、ただ難癖をつけに来ただけだったりして。
私は会長の少し後ろを歩く。会長は小さな溜め息をついて話し始めた。

「跡部君が最近お昼休みにお弁当を食べているらしいの」
「………はい?」
「らしいの、というか、お弁当を食べているのよ。これは樺地君にも確認をとったわ。最近、彼が教室でお弁当を食べていたから不思議に思って一年生の子が聞いてみたの。そしたら樺地君は跡部君もお弁当を食べていますって、はっきりそう言ったのよ!ありえない!あの跡部景吾が昼食にお弁当!?いつもは食堂のシェフが作ったフルコースを堪能しているのに急にお弁当ですって!?滝川さん、あなたの影響ですわよね!?跡部君があなたに感化されて庶民のお昼のど定番のお弁当を食べているのよね!?全く、悪影響にも程がありますわ!」
「……それが大事件ですか?」
「えぇ。大事件でしょう。跡部倶楽部が震撼したわ」

ええーそこまで?でも待って。跡部がお弁当を食べだしたのは私が跡部家に泊まったその翌日からだし、その次の日からは勉強を教えてもらうために私は生徒会室に入り浸っていたし…って原因は私か!

「心当たりはおあり?」

ここで正直に、はいあります、と言ったらネチネチ小言を言われるに決まってる。そしたらバイトに遅れてしまう。ここはしらばっくれよう。

「心当たりはありません。けど、跡部が私に感化されたかもしれない、ということは間違ってないと思います」
「ほらやっぱり」
「けどそれは憶測です。私は跡部にお弁当を食べろと強要したことはないんですから、それは憶測の範疇を超えませんよね?」
「まぁ、そうね……」
「それに明日には元に戻ってると思いますよ」
「根拠は?」
「第六感です。なんちゃって」
「はぁ……あなたって人は本当に」

自転車置き場に着いて、会長の足が止まる。私は自分の自転車の鍵を開け会長のいるところまで押し、そこからサドルに跨る。そしておしとやかな優等生らしく会長に向かって微笑んだ。

「それでは会長、ごきげんよう」
「あなたって本当にいい性格をしてらっしゃるのね」

会長は眉をピクピク動かしながらそう言った。嫌味のつもりだろうけど私にとってそれは褒め言葉だ。ありがとうございます、と嫌味なく放ち自転車を漕ぐ。会長って良い人か悪い人かよくわからないよなぁ。



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