15

10月4日。今日は跡部景吾の誕生日である。朝から凄い盛り上がりで、休み時間の度に女の子たちがわんさか教室に来て跡部にプレゼントを渡して去って行く。
跡部の隣の席というだけで目の敵にされそうだから、私は教室の外に避難していた。
女の子からプレゼントを受け取る跡部はまんざらでもなさそうな顔をしている。
というか私は社長の言葉を跡部に伝えないといけないのだ。私も渡したい物、というより食べて欲しいものがあるので学校では無理だし、多少時間が遅くなってもいいから跡部家にお邪魔しよう。昨日、帰り際に社長にこのことは景吾には内緒にしておくように、と言われたのでこのサプライズは最後の最後にとっておきたい。跡部はびっくりするだろうか。びっくりした姿を想像すると笑いがこみ上げてきた。
結局、跡部と一言も言葉を交わすことなく放課後になった。今日は部活も休みらしくすぐパーティーを行うようで跡部倶楽部の会長が教室に跡部を迎えに来たときはびっくりしてしまった。また何か言われる!?と身構えていたけど何も言われなかった。ただ一瞬目が合い、フッと鼻で笑われた。あなたごときの庶民がでしゃばるパーティーではございませんのよ、おーっほっほ、と言われた気がした。舌打ちをしたかったけど教室だったから我慢したけど、ああもう腹立たしい!
クラスの半分以上がパーティーに参加するらしく、会場に移動し始めた。じゃあね、と何人かの女の子に手を振られ、私は手を振り返しながらパーティー楽しんできてね、と笑顔で答える。
騒がしかった教室も跡部がいなくなり静かになった。たっぷり時間はあるけど自転車だしそろそろ私も行動しますか。私は教室を出て自転車置き場を目指した。

社長が話を通していたらしく、すんなりと跡部邸に入れた。この間お世話になったメイドさんに客間に通される。何かお飲みになられますか、と尋ねられたのでカフェオレをお願いした。ソファに座り寛いでいると台車にお菓子とカフェオレを乗せてメイドさんはやって来た。

「そんな、お構いなく」
「いいえ、滝川様はお客様なんですからこのくらい当たり前です。それに旦那様から丁重にもてなすようにと言われておりますし、滝川様のお好きなようにしていいと言付かってますから」
「そんなことまで社長が?」
「ええ。景吾様への大事な贈り物を滝川様が預かってるとか。ですから好きにしていいと」
「じゃあ、跡部君が帰ってきたらキッチンを使わせてもらってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。何か手配しておく食材はありますか?」
「食材は大丈夫なんですけど、ご飯を炊いてもらってもいいですか?」
「かしこました。厨房の者に伝えておきますね。それでは、景吾様がお帰りになられたらお呼びしますので」
「よろしくお願いします」

メイドさんは私に一礼をして客間から出て行った。
今日の私の目的は社長のプレゼントを渡すことと、できたてほやほやあつあつのおにぎりを跡部に食べてもらうことだ。一晩考えてこれしか思い浮かばなかった。これぐらいのちっぽけなことしかできないしあげられない。
ふう、と息をついてカフェオレを飲む。あぁ美味しい。本格的な味がする。やっぱり豆から挽いてるのかな。お菓子もいただくとやっぱり高級な味がした。クッキーにチョコに一口サイズのミニバウムクーヘン。あ、このダックワーズ美味しい!このフロランタンも!本格的なお菓子がずらりと並んでいるのでお店のじゃなくて跡部家に仕えているシェフの人の手作りかもしれないな。美味しいカフェオレとお菓子を存分に楽しんだ後は勉強だ。跡部の誕生日で気を取られそうになったけど中間テストがもうすぐやって来る。待ち時間も重要な勉強を時間だし、跡部が帰ってくるまで二時間くらいかな、と目星をつけ、鞄の中から勉強道具を取り出した。

……そしてかれこれ三時間が経った。まぁ、別に?勉強する時間が増えてラッキーかと思うけど?それにしたって遅すぎやしませんかね。お腹もすいたし、外は暗くなるし、盛り上がって二次会でもしてるのかな。でも帰るわけにはいかないし、と思っているとコンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「はーい」
「失礼いたします。滝川様、申し訳ありません。パーティーが少々長引いてしまっているようで景吾様の帰りが遅くなっているようです。よろしければ食事の用意が出来たのでお召し上がりませんか?」
「え、いいんですか?」
「もちろんでございます」

ちょうどお腹がすいてたし、跡部家の献立が気になった私は即決でOKした。超一流財閥のディナーだ。相当凄いに決まってる、とルンルン気分でメイドさんについて行った。
案内された部屋にはもう既に食事の準備が整っていた。というか何この長いダイニングテーブル。貴族だ。あのかの有名な最後の晩餐を思わせるような机の上には豪華な料理がずらりと並んでいた。全部美味しそう。あぁダメだ、安直な感想しか出てこない。

「あの、これ食べてもいいんですか?」
「ええ、滝川様にと料理長が腕を振るって作ったので、冷めないうちにどうぞ」
「じゃあ、遠慮なく」

今日はコルセットもしていないし、お腹いっぱい食べても咎める人もいない。だから私はイスに座り存分に料理を楽しむことにした。
前菜のタコのカルパッチョ。外はパリパリ中はふんわりしているバケット。コンソメスープはほんのりコショウが効いていて、魚料理のサーモンがこれまた美味だ。どれも美味しくて顔が綻ぶ。あぁ美味しい、幸せ。そして、一番気になっていたお肉料理にナイフを入れようと構える。肉の塊の上に何か乗ってるけど、これは何だろうか。気になって少し離れて立っているメイドさんに聞いてみた。

「それはフォアグラでございます」
「ふぉ」

フォアグラ?初めて見た。これがあの、高級食材と言われているフォアグラか。いいのかな、私まだ未成年だよ。いけない大人の階段を上ってるみたいな感覚に襲われる。いや、でもあのフォアグラだぞ。一生お目にかかれないかもしれないんだよ、玲子。
ゴクン、と生唾を飲み込み、私は意を決してお肉とフォアグラを切る。後、もう少し、もう少しで私は人生初のフォアグラを食べることに……口に入れる前にパタン、とドアが開く音がして反射的に目がそっちにいった。そしたら跡部がそこに立っていて、私たちはしばらく見つめ合った。

「……」
「……んぐ」

とりあえずお肉とフォアグラを口の中に入れる。口の中にこの二つの味が絶妙に絡んで美味しい!なにこれ超美味しい!くぅ、と私は味を噛み締めているけど、状況を理解していない跡部はそこに突っ立ったまんま動こうとも口を開こうともしない。
ナイフとフォークを一旦置き、跡部に笑顔を向けた。

「おかえりなさい、景吾様」

嫌味なく笑えてるのはお肉とフォアグラがめちゃくちゃ美味しいからだ。毎晩こんな美味しいものを食べられるなんて贅沢な奴だな。将来痛風になってしまえ。

「何で玲子がいるんだ?」
「だって今日、アンタの誕生日でしょ」
「それが関係あるのか?」
「あるよ、大アリ。でもこんな時間に帰って来たってことはもうお腹いっぱいだよね」
「何か作ってあるのか」
「ううん、今から作るの」
「何を」
「おにぎりを!」

自信満々に言うと、そんなことのために俺を待ってたのか、と跡部は呆れた物言いをした。そんなことのためじゃない!別の目的もちゃんとあるんだから。

「おにぎりをバカにしちゃいけないよ。握りたてのおにぎりは世界一美味しいんだから」
「ほう。なら食べてやろうじゃねぇか」
「あれ、お腹いっぱいじゃないの?」
「むしろ逆だな。人の相手ばかりでまともに食事も出来なかった」
「そっか。じゃあ待ってて。美味しいおにぎりを握ってくるから!」

跡部にそう言い残し、私はキッチンへとやって来た。おにぎりを作る前に料理長にさっきの料理がとても美味しかったことを伝えて作業に取り掛かる。といってもおにぎりを握るだけの簡単な作業だけど一つ一つ丁寧に握っていく。
この美味しさが跡部に伝わりますように、と願いを込めておにぎりを握る。いつも思うけど、この握る作業でおにぎりの味が変わってくるんだと思う。見た目は全部一緒だけど、塩加減や握る力によって全然違うおにぎりが完成する。
おにぎりを乗せたお皿を跡部の元に持っていくと、よっぽどお腹がすいていたらしくすぐにおにぎりへと手を伸ばした。おにぎりを租借している跡部の姿を跡部倶楽部の会長が見たら卒倒するかもしれないなぁ、と思う。跡部君はおにぎりなんてそんな庶民の食べ物なんて食べませんのよ!とか言いそう。

「どう?美味しいでしょ」
「……美味い」
「でしょー。冷めてるおにぎりも美味しいけど作りたてのおにぎりも美味しいんだよ。……今日跡部の誕生日でしょ。この間の跡部倶楽部のこともあるし、何かプレゼントでもって思ったんだけど何も思いつかなくてさ。だからこれが誕生日プレゼントってことで。誕生日おめでとう、跡部」
「あぁ、ありがとよ」
「あれ、今日は素直だね」
「俺様はいつだって素直だ」

嘘ばっかり。でも今日はいいか。素直な跡部は貴重だし、何だか少し嬉しそうだし。来て良かったな。後は社長からの伝言を跡部に伝えれば今日のミッションは終了だ。

「そういえばここまで自転車で来たのか?」

おにぎりを食べ終えおしぼりで手を拭きながら跡部は聞いてきた。うん、と私は頷く。

「なら後で車を回そう。自転車はここに置いて帰ればいい」
「いいよ、自転車で帰る。明日の朝が困るし」
「だが玲子を一人で帰すのは非常識にも程があるだろ」
「でも…」

跡部に借りを作るのも忍びないし、と思って答えを渋っているとわかった、と跡部は折れてくれた。

「それなら今晩はここに泊まれ」
「えぇぇぇ!?」

折れてくれたんじゃないの!?どうしてそうなったの!?

「今日はここに泊まって自転車で明日ここから登校すればいい。着替えもすぐに手配するし、洗濯もメイドに頼めば問題ないだろ」
「あ、……まぁ、そうだけど」
「決まりだな」

私に拒否権はないの?
跡部は指パッチンをしてメイドさんを呼び、着替えを手配をさせた。そしてそれからもう一人のメイドさんに案内されてやって来たのはゲストルームだった。
素直に送ってもらうことを選んだ方が良かったかもしれないなぁと思っていたけどゲストルームに案内された途端にそんなことはどうでもよくなった。ゲストルームにはシャワーも洗面所も完備されていて、本物のホテルの一室と変わりなかった。アメニティグッズも充実しているし、何よりふかふかのベッド!これに尽きる!

「うひゃーーー!」

ベッドにダイブしてごろごろ転がる。一度やってみたかったことが遂に叶った!やった!ふかふかだし良い匂いはするし、跡部邸最高!
ベッドを存分に堪能しているとノックの音が聞こえ、ドアが開く。メイドさんが着替えを持って来てくれた。至れり尽くせりでお姫様になった気分だ。跡部のお嫁さんになる人はこんな生活がずっと続くんだよなぁ。羨ましい。そんなことを思いつつシャワーを浴びることにした。
シャワーを終えメイドさんが用意してくれたワンピースに袖を通す。これ、新品だよね。サイズもぴったりでとても着心地が良かった。
髪を乾かしたりいろんなことをしていたら急にお母さんのことを思い出した。そうだ、私まだお母さんに連絡してなかった。鞄からスマホを取り出して、友達の家に泊まります、という文を打ってメールを送信した。…あ、忘れるところだった。スマホのボイスレコーダーに録音した社長の声をまだ跡部に聞かせていなかった。
ゲストルームのドアを開けて廊下に出る。
あれ、跡部の部屋ってどこだ?とりあえず廊下を歩いてたら誰かに会うだろうと思ってスマホを握り締め歩くことにした。迷路みたいな跡部の家はもうここがどこだかわからなくなってくるぐらい広い。案内図ってないのか。いや、テーマパークでもないしそれはないか。跡部と連絡が取れたらいいんだけど番号も交換してないし、とどっちに進もうか迷っていると前から一匹の犬がやって来た。丁寧にブラッシングされているのが一発でわかるぐらい毛並みが良くて凛々しい顔をしている。この子も迷子か、と思ったけど跡部の飼い犬っぽいしそれはないか。

「ねぇ、君のご主人様のお部屋知らない?」

腰をかがめ犬と同じ目線を保ち尋ねてみる。凛々しい顔つきは変わらず一周私の周りを回ってふんっとそっぽを向いてしまった。
あれ?私嫌われてる?
そーと頭を撫でてみようと手を伸ばすとそれを察知したらしくぐるるという呻き声と共に威嚇のポーズをとられてしまった。これは完全に敵とみなされてしまったみたいだ。
退散した方がいいかも、と思い踵を返そうとするとすぐ近くのドアが唐突に開き、そこから顔を覗かせたのは跡部だった。

「ナイスタイミング、跡部」
「どうしたんだよ」
「跡部に用があって探してたの、この」

この犬って跡部の飼い犬?と聞く前にさっきまで威嚇のポーズをとっていた犬が一目散に跡部に駆け寄った。跡部も驚くことなく満面の笑みでその犬を抱き寄せる。
相思相愛か!というか跡部凄い笑顔じゃん。動物の前じゃそんな笑うのか。対人間とは全然違う。こんな跡部初めて見た。
そしてこの犬はやっぱり跡部の飼い犬だった。名前はマルガレーテ。お上品で凛々しい顔にぴったりな名前だ。
マルガレーテは毎夜いつもこの時間に跡部の部屋を訪れ一緒の時間を過ごしているらしい。私にその時間を奪われると思ってマルガレーテに威嚇されたのだ。

「ごめんね、マルガレーテ。ちょっとご主人様借りるね」

マルガレーテには悪いけど外で待ってもらうことにした。
部屋に入ると微かに薔薇の匂いが鼻を掠めた。香水だろうか。そんなにしつこくなく爽やかな香り。部屋自体はとてもシンプルな作りで、普通の男子高校生の部屋という印象がした。まぁ一般的な部屋より広いし、跡部っぽい趣味が詰まってる部屋でもあるけど。その証拠に本棚には洋書がたくさん並んでいるし、綺麗にディスプレイされているCDもよく見ればクラシックだったりする。流行りの曲とか聞かない感じか。まぁらしいと言えば跡部らしいか。
壁に掛けられている薄いテレビの前にソファがあり、そこに座れよ、と言われたのでソファに座ると跡部も隣に座った。跡部は普通のジャージのズボンにTシャツというラフな格好をしていた。

「何か飲むか?」
「ううん、大丈夫」
「そうか」
「もう少しで誕生日が終わっちゃうね」
「あぁ、そうだな」
「あのね、私、今一番跡部の誕生日を祝いたい人からの伝言を預かってるんだ。はい」

私はスマホを操作させて跡部に渡した。再生してみてよ、と私が言うと訝しげながらも跡部は再生のボタンを押し、スマホを耳に当てた。お父さんの伝言を聞いている跡部の顔を見ていると最初は驚いていた様子だったけど、段々と顔が緩んでいくのがわかった。喜んでくれたみたいでホッと胸を撫で下ろす。
伝言を聞き終え、スマホは私の元に返ってきた。

「どう?誕生日最後のサプライズは。驚いた?」
「いつ録音したんだ?」
「昨日。社長がね、私に跡部の誕生日プレゼントは何かいいかって相談してきて。物より気持ちを伝えた方が嬉しいプレゼントになりますって言って、こんな形になったってわけですよ。最初のおめでとうは違う人だったと思うけど、最後のおめでとうはお父さんで締めくくった方が嬉しいでしょ」

ウインクをして言ってみる。我ながら少し恥ずかしい台詞を言ったから照れ隠しのつもりでもあった。
跡部はそうだな、と微笑んで小さく頷いた。いつもこんな素直だったらいいのに。そう思っているとふいに右手を取られ指先にキスをされた。

「え!?なに!?何!?どうしたの!?ってかなにやってんの!?」
「アーン?指にキスをしたんだが」
「だからなんで!?」

聞けば外国では感謝を表す時に指先にキスをするらしい。帰国子女じゃないんだからわかんないよ!

「って感謝してるの?私に?」
「俺は不用意にキスしたりしねぇぞ。足りないようならもう一回してやろうか?」

ニヤリと口角を上げて笑っている。コイツ、私がこんなことに慣れてないからって絶対楽しんでる!

「もう十分伝わりましたよ!」
「……なぁ、玲子」
「何?」
「玲子のおかげで最高の誕生日になった。礼を言う」
「どういたしまして」

その時、跡部の瞳がキラキラ輝いていて綺麗だと思った。男子に綺麗というのは少しおかしいような気もするけど、いつもの皮肉っぽい表情はなく、お父さんに誕生日を祝われて本当に嬉しかったんだと思う。って当たり前か。おめでとうって言ってほしい人におめでとうって言ってもらったんだから。跡部だってまだ17歳だ。親におめでとうと言われて嬉しくない子どもなんていない。
だから私は心の中でもう一度おめでとうと呟いた。



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