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夏服から冬服になる衣替えの時期がやって来た。そして、もうそろそろ中間テストだというのに全校のほとんどの女子がテストのことを頭に入れていない。
今日は10月3日。跡部景吾の誕生日の前日なのである。
キャピキャピしている女子たち。そして跡部。そわそわしながら内緒話をしているクラスの女子たち。そして跡部。もう国民の休日にすればいいのに、と思うぐらい女子の気合の入りようが違う。私には関係ないんだけど。……と先日まで思っていた。
跡部?楽部の一件の後、跡部にお礼をしていない私の意思はぐらぐら揺らいでいる。跡部は自分のためだと言っていたけど、借りを作ったみたいでなんか癪だ。だから跡部の誕生日を祝って借りを返そうかと考えているけど、何故かそれも癪に障る。でも私の気が収まらないし……といろいろ悩んでいた。
すると悩んでいる私をよそに跡部にあげるプレゼントが決まった、という話が聞こえてきた。
プレゼントか。え、私が跡部に!?ないないありえない、と頭の中で全力で否定する。というか私がプレゼントをあげなくても、跡部は何でも手に入るじゃないか。貧乏人から搾取するなんて詐欺だ。やっぱり誕生日は見送ろうかな。

「ねぇねぇ滝川さん」
「どうしたの?」

自分の席でうだうだ悩んでいると跡部のプレゼントのことを話していたグループの内の二人が私の席にやって来た。隣の席の跡部がいないからか二人の顔が緩みっぱなしである。

「明日の放課後、何か用事ある?」
「何かあるの?」
「明日、跡部君の誕生日でしょ?跡部倶楽部が主催するパーティーにうちのクラスが特別に参加することになったの。滝川さんはどうするのかなって思って」
「あぁ、ごめんね。明日はちょっと外せない用事が入ってて」
「そっかぁ。じゃあしかたないね」
「うん。教えてくれてありがとう」

やんわりと断ると二人は残念そうにしながらも少し嬉しそうにしていた。ライバルを増やしたくないんだろうな、と予想はつく。
跡部は人気者だなぁと心底思っていると跡部が帰ってきた。休み時間の今は私の前の席の人も跡部の前の席の人もどこかに行っているようで小声で跡部に話し掛ける。

「どこ行ってたの?」
「明日の打ち合わせだ」
「そっか。明日のパーティー、うちのクラスも参加することになったんだってね。それって跡部の計らいだったりする?」
「最終決定は会長が下したがな。お前は不参加だろ?」
「……まぁね」
「会長に玲子は参加するのか聞かれておそらく不参加だろうと答えたらすげぇ勝ち誇った顔をしてたぞ」
「私、会長と競い合ってる覚えはないんだけどなー」

彼女の勝ち誇った顔が容易に想像できて顔が引きつってしまった。妙な対抗意識を持たれてるみたいだ。
いつもの誕生日パーティーは跡部倶楽部の会員とテニス部員の面々で行われているらしい。つまりクラスの参加は今回が初めてということだ。
というか不参加って言い切ってしまった。跡部はきっとバイトが入ってるからそう言ったんだと思うけど一応バイトは休みをもらってるんだよね。

「……跡部、私明日、」
「おーいあとべー樺地が呼んでるぞー」
「あぁ、わかった」

廊下側から跡部を呼ぶ男子の声が聞こえ、それに跡部は応え席を立った。
何か言おうとしたか?と問いたげな表情に私は別に大したことじゃないから大丈夫だよ、と猫被りモードで跡部を送り出す。
今私は何を言おうとしたんだ?明日、跡部のことを祝いたいって、言おうとしたの、か?私が?ええー、どういう心境の変化だ!わけがわからない。……まぁ、確かに、時給1万円のバイトを斡旋してくれたり会長の件では助けてくれたりしたからここで一度お礼をした方がいいと思うけど。けど、うわぁぁぁ!そんなことを考えるようになってきた自分が怖い!何で私が跡部のことを意識しないといけないの。なんかムカつくなぁ。
廊下で樺地君と何か話している跡部を見ながらばーかばーか、と心の中で呟いた。

そして跡部と特筆すべき会話もなく学校が終わり私はにんまり弁当へと向かった。
お店に並べるおにぎりを握り終えレジに立つ。接客をしながら私はぼんやりと跡部のことを考えていた。
そういえば、私が握るおにぎりっていつも冷めてたな。プレゼントは握りたてのおにぎりとかどうだろうか。私が跡部にプレゼントをあげる前提で考えちゃってるけど。というか、もしそうなればどこで握るの?パーティーが終わった後に跡部を呼び出す?いや、跡部も疲れてるだろうからそれは避けたいな。じゃあ跡部の家?それだけのために家に上がるのも気が引けるし。……考えがまとまらないのでやっぱりスルーするべきか、と思っていたら店長に呼ばれた。君にお客様が来ているよ、と言われレジを交代してもらって事務所に行くと、跡部父がパイプイスに座っていた。今日は跡部祭りか!

「こんばんは」
「こんばんは、玲子君。君も座りなさい」
「失礼します」

ニッコリと社長は笑い私にイスに座るよう促した。これは一体どういうことだ。パーティーから一ヶ月近く経とうとしているし、そのお礼に来たわけじゃないと思う。じゃあ何で?お弁当を買いに来たなら事務所なんて来ないし、というか名指しで呼び出しなんて食らうわけないし。やっぱり跡部父は全く読めない人だ。向かい合っている社長はニコニコと笑っている。

「あの、今日はお弁当を買いに来たわけじゃないですよね」
「そうだね、残念だけど今日は遠慮するしかないんだ。実はこの後イギリスに行かなくてはならなくてね」
「そうなんですか」
「折り入って玲子君に相談があるんだが、聞いてもらえるかな」
「私にですか?」
「あぁ。明日は何の日かわかるかね」
「跡部君の誕生日、ですよね?」
「そう。実は景吾の誕生日のプレゼントに困っていてね」

これがどうしてかなかなか決まらないんだ、と社長は困った素振りをして小さく笑った。あぁそれでか、と納得してしまった。クラスメイトである私だったら奴の欲しい物もわかるかもしれないと、そう社長は思ったに違いない。けどそれは見当違いですよ、と言いたくなった。私は跡部じゃないし、跡部並みの財力も持ち合わせていない。というかその前に奴に欲しい物なんてあるんだろうか。欲しい物があれば手当たり次第自分の物にしているような、そんな気もするのに誕生日だからといって特別な物を欲しがるような奴なのかな。

「ちなみに去年はどういったプレゼントをあげたんですか?」
「軽井沢にテニスコートを建設したんだよ。それが去年のプレゼントだったかな。その前は世界一周のクルージングだね。これはテニス部員のみんなと世界一周したと言っていたかな」

規模が全然違う!もっとこう可愛らしいものじゃないの!?例えばテニスラケットを新調してあげた、とか東京湾でクルージングとか。ってクルージングの時点でアウトだ。金持ちの頭の中ってどうなってるの!?脳みそが二つあるの!?だからそんなスケールの大きいものが出来るの!?
でも社長の話を聞いているとある一つの疑問が浮かんだ。

「あの、思ったんですけど、毎年家族で誕生日をお祝いしているんですか?」
「それがね、ここ数年出来ていないんだよ。私も妻も仕事が忙しくてね。今年は二人揃って海外に出張をしなければいけないんだ」
「じゃあ、明日中には戻って来れないんですか?」
「そういうことになるね。言い訳になるかもしれないが、昔は仕事より誕生日の方を優先していたんだよ。だが景吾もわかっていたんだろうね。物心つく頃に仕事を第一に考えろ、と言われてしまったよ。我が息子ながら驚いたよ。強いのかたんに意地を張っているのかわからなくてね。けれど仕事も忙しくてね。景吾の言葉に甘えてしまったんだ。それからずっと景吾の誕生日を家族で祝えていない」
「……跡部君に直接おめでとうって言ったのはいつですか?」
「もう随分前のことだね」

そう言う社長の顔はこの前の跡部に似ていた。
跡部倶楽部の内部事情を話す時の跡部とそっくりだったのだ。奈落より深い心を持っていて、そこには明るい色だけが広がっているわけじゃないんだと勝手に感じた時の少し寂しそうな表情と。跡部に似ていた、というか跡部がこの人に似てるんだけど。

「……私の家は貧しくて、プレゼントが欲しいなんて言ったことないんですけど、母親におめでとうって言われただけで私は満足なんです。私のために働いてる母親を知っているからそう思うのかもしれないですけど。だから、物じゃなくてもいいと思うんです。気持ちさえ伝わればそれで十分だと思うんです」
「気持ち、か。けれど、どういった形で伝えたらいいだろうか」
「そうですね。……あ、そうだ」

私は制服のズボンのポケットからスマホを取り出す。スマホには便利なボイスレコーダー機能が搭載されているのだ。
私が跡部君に明日この録音を聞かせますよ、と社長に言うとスマホを受け取りふう、と息をついた。

「少し緊張するね」
「私が邪魔でしたら外で待っておきますよ」
「いいや、君がここにいてくれた方が気が楽だから構わないよ」

ふう、と社長は深呼吸をして録音をスタートさせるために画面をタップした。

「……景吾、誕生日おめでとう。君が大人になるにつれて嬉しいような寂しいような、そんな複雑な気持ちになるよ。けれど喜ばなければならないね。毎年景吾の誕生日を祝ってあげられなくて悪いと思っているよ。来年はちゃんと直接景吾におめでとうと言えるようにスケジュールを組もうと思ってる。息子の誕生日もまともに祝わない親なんて親とは言えないからね。だからお父さんは君にこの言葉を送ろう。Happy birthday, Keigo.So that you who are my dearest are happy forever.」

録音停止のボタンが押され、社長は私にスマホを戻した。ちゃんと保存されているか確認をしてズボンのポケットにしまう。社長の発音が上手すぎたけど、『君の幸せを永遠に願っているよ。』というニュアンスの言葉だったのはわかった。まぁ跡部にちゃんと伝われさえすればいいか。

「明日、ちゃんとこの言葉を跡部君に伝えます」
「よろしく頼むね玲子君。それでは私はこの辺で」

社長はイスから立ち上がるので私も立ち上がって頭を下げた。君に相談して良かった、と笑顔でそう言われたので、私のさっきまでの悩みが解消された。責任重大な役を買って出たわけだし、明日は私も跡部の誕生日を祝おうと思う。



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