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やっちまった。遂に私はやってしまった!成績表を持つ手がプルプルと震えてしまう。
夏休み明けのテストの結果が返ってきて、私はこの世の終わりかと思った。学年の順位が二つ下がってしまったのだ!不幸中の幸いというべきか、学級内での順位はキープ出来ていたけど、学年の順位が下がるなんて何たる誤算!
夏休み明けだからって油断していたわけじゃない。じゃあ他のクラスの二人のレベルが上がったのか!?ムキー!なんか許せない!

「ちなみにこのテストの学年一位は一学期の期末と同じで跡部だ」

と、先生が更に追い討ちをかけてきた。
跡部景吾という奴はそうなのだ。ルックスも良ければ頭もずば抜けて良いし金持ちだし、何もかもを持ち合わせているそういう奴なのだ。
自然と跡部に注目が集まる。すると奴は当然だろ、と言わんばかりに勝ち誇った顔をした。あぁ、先日の優しい跡部は何処へ。
そしてそんな跡部と目が合ってしまった。私の順位が下がったことを知っているかのような顔で、ハッと鼻で私のことを笑ったのだ。
だぁぁぁ!もうムカつく!イライラが募り机の下で成績表をぐちゃっと潰した。
というか私の成績が下がったのは跡部が原因じゃないのか?そうよ、跡部に責任を擦り付けたらいいのよ。そう考えて私は昼休み、お弁当を持って生徒会室に向かった。奴が生徒会室にいるかどうかわからないけど、いるとしたらここしかない。いなかったら諦めよう。食堂に行くのも嫌だし、人目があると優等生のキャラを守らないといけないから声を荒げることなんて出来ない。そう、私は鬱憤を晴らしたいだけなんだから。
生徒会室のドアをノックするとはい、と人の声がした。声がくぐもって聞こえて誰か判別出来ないけど多分跡部だ。

「失礼します」

微笑みながらドアを開けるとなんだお前か、と生徒会長の席に座っていた跡部に嫌な顔をされた。そんなに嫌な顔しないでよ。

「こんにちは、跡部君」

生徒会室に跡部しかいないことを確認して、鍵をがちゃっと閉めた。それをしっかりと見ていたらしい跡部は私に何をやってるんだ、と問う。

「今から樺地と昼食をとる予定なんだが」
「そっかー。でも私には関係ないよ」

贅沢な奴だな。樺地君が少し羨ましいよ。クーラーが効いていて涼しいし。この時期でもやっぱり日中は暑いもん。

「それで用件は何だ?」
「アンタ、さっき私を見て笑ったでしょ」
「何のことだ?」
「成績表が返ってきたとき、鼻で笑ったじゃない」
「あぁ。……それで?」
「それで、じゃないわよ!何で笑ったわけ!?目が合ったからっていう言い訳は通じないからね」

ずかずかと跡部に近付くと、そんなことのためにわざわざ来たのかよ、と奴は呆れた顔をした。そんなことのためにわざわざ来てすみませんでしたね!

「成績、下がったんだろ」
「えっ、み、見たの?」
「見てねぇよ。震えてたじゃねぇか。あんなあからさまな態度を取ってたら誰だってわかるぞ」
「マジで?」
「こんなくだらないことで俺が嘘をつくかよ。まぁ周りはお前の奇行を見ていなかったがな」
「奇行言うな!」
「話はそれだけか?」

あれ、私の当初の目的と若干違ってるけど。まぁ、いいか。

「じゃあお邪魔しましたー。どうぞ優雅なランチタイムをお楽しみくださーい」
「今から食事か?」
「まぁね」
「ここでとっても構わねぇぞ」
「……マジで言ってんの?」
「だから俺は嘘はつかないって言ってるだろ」

外で食べるにはまだ陽射しが強いしな、と跡部は付け加える。優しい。あの跡部がパーティー以外で優しい。確実に成長している!

「それよりもまず先に鍵を開けろ」
「あ、うん」

何で優しいのかわけがわからないけど、とりあえず鍵を開けドアを開ける。樺地君が台車を引いて待っていた。

「ごめんね樺地君、ささ、入って」

樺地君の引いている台車が気になりつつ生徒会室に彼を通す。樺地君は真っ先に跡部の元へ向かい、台車から料理が乗っているらしいお皿を何枚も机の上に置いた。銀の蓋を被せてあるから何かはわからない。後々跡部に聞いて判明したけど、あのドーム型の蓋の名前はクロッシュと言うらしい。
そして私は跡部に近付き、樺地君はクロッシュをオープンする。そこには学校の昼食とは思えないほどの豪華な料理が並んでいた。ビーフシチューにテレビで見たことのある前菜の盛り合わせ、そしてウニが乗っているクリームパスタ。作りたてらしく湯気がほくほくと立ち上っていた。お店のランチじゃないか!

「ってこれ、作りたて!?」
「あぁ」

どうやら食堂のシェフが跡部だけのためにわざわざ毎日メニューを変えて提供しているらしい。樺地君はその料理を運んで一緒に食事をしているのだそうだ。思ったより凄く豪華なランチタイムじゃん。学校で食べるレベルの物じゃない。
本当に住む世界が違うよなぁとしみじみ思いながらソファに座って机にお弁当を広げた。向かいに樺地君が座り、いよいよ昼食タイムだ。

「樺地君それだけで足りる?」
「大丈夫、です」

ウス、しか聞いたことがない樺地君が初めて喋った!ちょっと感動。でも明らかにこれだけじゃ足りないような気がするんだけどな。跡部の手前我慢してるんじゃないのかな、と思ってしまう。だって跡部との体の大きさは全然違うし、後でこっそりパンとか食べてそうなイメージがあるんだけど。そうじゃないのかな。

「樺地君おにぎり食べない?私あまりお腹すいてないから樺地君にあげるよ」

半ば無理矢理樺地君におにぎりを押し付ける。サランラップ越しに握っているので衛生上問題はない。樺地君は無表情でありがとうございます、とおにぎりを受け取った。

「おい玲子、樺地を餌付けしようなんざ考えてねぇよな」
「そんなこと考えるわけないでしょ。…ん?今名前で呼んだ?」
「悪いかよ」
「悪いよ!」

悪びれた様子も見せない跡部に反撃をする。名前を呼び捨てされているということを全校生徒に知られてしまうと私は迫害されてしまう。事実上この学園からの追放だ。後一年以上もあるのにここで終わってたまるもんですか。夢の玉の輿を叶えるためにここにいるんだから。

「アンタと私はクラスメイトでしかないの。それ以上でもそれ以下でもないの!」
「なるほど。俺と親密な関係にあることがバレると氷帝に居づらくなるってことか」
「親密な関係じゃない!なんかいかがわしく聞こえるじゃん」
「事実だろ」
「百歩譲ったとしても、親密っていう言葉はいかがなものかと思います」
「本当に玲子は人の言うことを素直に受け取らねぇ奴だな」
「だから玲子って呼び捨てしないでってば!!というか私は素直に人の言うことを聞きますけど?アンタの言動がおかしいのが原因なんじゃない?」
「てめえ」

売り言葉に買い言葉というか、私も負けず嫌いな人間なもので、その喧嘩を買おうとした。
樺地君が困惑した表情で私達の顔を交互に見る。ごめんね、樺地君。あなたは何も悪くないけど、この傍若無人の跡部景吾がムカつくの。
私と跡部が睨み合って数秒が経った。どちらから攻撃を仕掛けるか、と間合いを取っていたら不意にコンコンとドアがノックされた。

「ハッ。命拾いしたな」
「そっちこそ」

目線を跡部からお弁当に戻し、私はお弁当を食べるのを再開させる。美味しいお弁当のはずなのに、今日は美味しくない。そう感じるのは跡部のせいだ。一人で食べた方が良かったなぁ、と思いながらお弁当を咀嚼する。
跡部ははい、と答え生徒会室のドアが開いた。多分先生だろうと思い手を止めずお弁当を食べ続ける。目の前にいる樺地君はシェフの料理を既に食べ終え、おにぎりを咀嚼している最中だった。ほらやっぱり、私の予想は的中したんだ。

「失礼いたします。あらお食事中でしたか、すみません。改めてお伺いいたしますね」
「別に構いませんよ。それで、用件は?」

その声は凛と澄んだ女の人の声だった。
樺地君の後ろを通り生徒会長の席へその人は歩みを進める。
誰なんだろう、とチラッとその人を盗み見た。
スレンダーでモデルさんのような顔立ちがはっきりしている美人がそこにいた。どこかで見たような気がするし。と思っているとその人と目が合う。
あ、この人跡部倶楽部の会長さんだ。ってヤバッ!!
咄嗟に目線をお弁当に落とす。本当にまずくない!?ここは生徒会室。いわば跡部のプライベート空間。氷帝学園からの追放が一瞬頭をよぎる。

「手間は取らせませんわ。上半期の跡部倶楽部の実績をまとめたので、その報告にと思いまして」
「ありがとうございます。おい、樺地」
「ウス」

樺地君がすくっと立ち上がりその報告書らしき物を受け取った。

「時に跡部君。一つ聞いてもよろしくて?」
「ええ」
「こちらの女性は一体どちらの方でしょうか」

恐れてた質問きたあ!!
私の学園生活、終わったかもしれない。

「ただのクラスメイトです。あなたが気にかけるような奴ではないですよ」
「そう。なら安心ですわね。お食事中のところ失礼いたしました。それではごきげんよう、跡部君、樺地君。…それと、滝川玲子さん」

その瞬間、私はゾッとした寒気を感じた。パタン、とドアが閉まっても悪寒が止まらない!

「あ、ああ、跡部〜」
「何怯えた顔してんだよ」
「い、今あの人私のことをフルネームで呼んだよね?」
「あぁ」

何ケロッとした顔で頷いてるの!?この状況おかしくない!?だって跡部、私のことをクラスメイトだって紹介したのに、何であの人は私のフルネームを知ってたの!?完璧なホラーじゃないか!

「あとべさま〜」
「今更俺を頼っても何もしねぇぞ。俺様に喧嘩を売った罰だと思って観念しろ」
「あ、跡部のばかあああ!!」

跡部に向かって叫んでもこの状況が変わるわけないってわかってる。だけど私にはなす術がないので叫ぶしかなかったのだ。



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