09

エレベーターがパーティー会場である最上階に向かって動いていく。ベルボーイがご案内いたしましょうか、と跡部に尋ねたけどそれを奴は断った。なのでエレベーターには私と跡部しかいない。というか私今ちゃんと息出来てるかな。

「もう駄目だー吐くーうっぷぇ」
「さっきの勢いはどうしたんだよ」
「さっきはさっき、今は今!うぇっぷぅ……ふぅ」
「会場でそんなきたねぇ声出すなよ」
「わかってますー。はぁぁぁぁっ!よし!私はだいじょーぶ!」
「本当に大丈夫か?気分が悪いならちゃんと言えよ」
「うん。でも大丈夫」

やけに優しいな、と思って跡部の顔を見る。スイッチが入ったようで、すっかり跡部財閥の御曹司の顔になっていた。
最上階に着いたことを知らせる音がなり、エレベーターのドアが開いた。
さぁ、ショータイムのスタートだ!
私の今日の役目はエスコートされる役兼跡部の引き立て役だ。跡部の手を借りてエレベーターから降り、そして跡部の半歩後ろを付き添うようにして歩いていく。ここまでは完璧だ。
会場の出入り口にスタッフが立っていて、跡部の顔を見るなり深々とお辞儀をして中に通してくれた。私はスタッフに一礼をしてニッコリと微笑み会場に足を踏み入れる。
美味しそうな料理が真っ先に目に入った。でもコルセットをしているからあまり食べられそうにもない。というかその前にがっついて食べる行為はみっともないけど。
会場にはドレスで着飾っているマダム達やダンディーなおじさまの集団がそこら中にいた。今日の参加者は全員成人した大人で、未成年者は私達だけだ。高校生の私達が注目を浴びることは間違いなく、跡部の後に続いて歩いていると一気に視線が集まっていることに嫌でも気付いてしまう。
「景吾坊ちゃまですよ。ほら、社長のご子息の」「まぁあの景吾坊ちゃま!?ご立派になられて」「隣の方は誰かしら。綺麗な方ね」「婚約者の方かしら」「そんな方がいらっしゃってもおかしくないわね」「お似合いね」「ええ、そうね」
そんな会話が耳に入ってきて顔がニヤけてしまいそうになる。咳払いをしてなんとか誤魔化した。
ふふん。なんか、気持ちがいい!
ピタリと跡部の足が止まり、止まった先を見ると社長とタキシードを着た高齢のおじいさまが談笑をしていた。祖父だ、と跡部は私に耳打ちをする。60周年って聞いていたから結構なご高齢だと思ったけど、見た目は思っていたより断然若い。腰は曲がっていないし、杖もついていない現役バリバリって感じだ。
社長が私達に気付き、やぁと手を上げる。

「こんばんは、玲子君。よく来てくれたね」
「こんばんは。今日はお招きしていただいてありがとうございます」
「そのドレスとても良く似合っているよ。景吾が選んだだけのことはあるね。あぁお父さん、こちらは先程お話していた滝川玲子さんです」
「初めまして、滝川玲子です」
「初めまして。景吾がお世話になっているようで」
「いえ、こちらこそお世話になってます」

静かに微笑む跡部祖父は、跡部父とは違うオーラを放つ人で少しだけピリッとした雰囲気を持つ人だと思った。それは少し跡部と似ていて、良いところが受け継がれているのかな、と思う。まぁ普段の跡部はアレだけど、カリスマ性に関しては最初から遺伝子に組み込まれていたのかもしれない。
そして四人で少しの間談笑をしていると、会長、と執事さんらしき人が跡部祖父を呼んだ。忘れてたけどこの人会長なんだ。跡部財閥の最高権力者。

「それでは玲子さん、楽しんでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「景吾も」
「はい」

会長は執事さんに案内をされながらステージの方へ向かっていった。

「では私もそろそろ行こうかね。玲子君のフォローを頼むよ、景吾」
「わかってる」

何だか空気が軽くなった気がする。社長は会長を追うようにステージの方へ向かっていった。会長には敬語なのに、お父さんにはタメ口なんだ。
そしてその後すぐに照明が落ち、司会進行の人にスポットライトが当たる。あ、この人有名な司会者さんだ。テレビにも出てたっけ。というか、あの人も、あ、この人もテレビで見たことのある人だらけだ。住んでる世界が全く違うなぁと改めて思う。踏み込んではいけない世界にダイブしたような気持ちだ。
会長の挨拶、社長の挨拶も無事に済み歓談の時間になった。
お腹が減りとりあえず跡部と料理をつっつきに行く。鮮やかな料理の数々に心を奪われてしまいそうだ。

「食う量はセーブしておけよ」

と跡部はそう言ってお皿に少量ずつ料理を乗せ私に手渡した。跡部が人に何かをするなんて珍しい。まぁ人目を考えてなんだろうけど。でもあの天下の跡部様から料理をとってもらうなんてそうそうないし結構嬉しいものだ。

「ありがとうございます、景吾さん」
「玲子の手を汚させるわけにはいかないだろ」

普段の跡部からは想像もつかないほどの満面の笑みでそう言われたのでこっちもニコっと笑い返しておいた。パーティーの跡部って凄いな。ひん曲がってる性格がピンって張り直してる。毎日がパーティーだったらいいのに。というか、余所行き用に取り繕っている私達は傍から見るとちゃんと恋人同士っぽく映っているのだろうか。社長が私を招待した目的はそれのようだし、そう見られていることを切に願うばかりだ。
というかこのスクランブルエッグ美味しいぃぃ。卵の濃厚さにコショウがちょっとしたアクセントになっていて、あぁこのトロトロ加減がもうたまらん!美味しい物を食べると自然と顔が綻んでしまう。

「…そんなに美味いか?」
「美味しいよー、私は幸せ者だよー」
「単純な奴だな」

簡単な食事が済み、そんな頃合いを見計らってか人が次から次へと私達に挨拶をしに来た。跡部の言っていたご機嫌取りの人達だ。
「お久しぶりです、景吾様」「お久しぶりです、夫人」「素敵な女性をお連れですね。婚約者の方ですか?」「婚約はしていないのですが、大切な人です」「まぁ素敵。じゃあ将来が楽しみですわね」「そうですね」「うふふ」「あはは」「あはは」
……ははっ、なんなんだ、この雪崩みたいに押し寄せてくる威圧感というかプレッシャーというか、好奇の目は。中には目が笑っていないご夫人まで現れるし、一流財閥の御曹司ってこんなに愛想を振りまかないといけないの!?これは大変だ、表情筋がピクピク痙攣してくるレベルだよ。

「ところで彼女のご両親のご職業は?どちらにお住まいなの?」
「えっ」

予期せぬ質問きたー!えーなんて答えたらいいの?父親は他界して母親とアパート暮らしって正直に話していいの!?それとも両親共に商社勤めですってはったりをかましていいものなの!?どっち!?事前に打ち合わせてしておけば良かった!助けて跡部!

「すみません。口を挟むようで恐縮ですが、彼女の父親は他界してまして、今は母親と暮らしているんですよ」
「まぁそうだったの。ごめんなさいね、こんなこと聞いて」
「いいえ、いいんです」
「それでは、失礼します」

跡部に肩を抱かれ、その場から逃げるように立ち去った。危なかったな、と息をついている跡部に一応お礼を言う。

「助かったよ。本当のことを言っちゃうところだったから」
「フォローするのは当たり前だ。一応玲子も客人だからな」
「でも何で父親がいないことも知ってるの?」

私の問いに跡部はこれが俺様の力だ、とわけのわからないことを言っていた。それって違法ギリギリじゃないかな、と少し心配になる。
ふと時間が気になって時計を見ると、パーティーが始まって二時間近く経とうとしていた。

「そろそろ帰るか」
「え、でもパーティーまだ終わってないよ」
「お前を長い間拘束するわけにもいかないだろ。いつもならバイトも終わってる時間だ」
「そうだけど。でもお母さんは?社長が今日帰国するって言ってたから会場にいるはずじゃないの?挨拶もしてないのに」
「一つ遅い便に乗ると連絡があった。パーティーが終わる前には来るだろうが、俺達とはすれ違うな」
「おじいさんに挨拶はいいの?」
「今行っても取り巻きがいて話すことは出来ねぇよ」
「そっか。ちょっとお母さんの顔を見てみたかったんだけどな」
「普通の顔だぜ」
「アンタの言う普通は普通じゃないから信じられないのよね」

跡部のお母さんは一体何者なんだろう。謎は深まるばかりだ。
そして正直疲れたので跡部のお言葉に甘えて退散することになった。履き慣れていないヒールの靴を長時間履いていたせいで靴擦れを起こして足が痛いし、跡部の気遣いがありがたかった。
会場を後にしてベンツに乗り込む。くぅーー、ふかふかの座席が気持ちいい。向かいに座った跡部は息をついてネクタイを緩めた。

「……悪かったな」
「全然。料理も美味しかったし、有名人は生で見れたし、意外と楽しかったよ」
「そうじゃねぇ。靴擦れ、してたんだろ」
「あー…気付いてた?でもこんなの大したことないって」
「良くねぇよ。後で医者に手当てさせるからな」
「大袈裟だなぁ。小さい頃の夢が少し叶ったから気にしないでよ」
「夢?」
「私ね、シンデレラになりたかったの。幼稚園の時の話だけど」

気分が高揚しているうちに話しておきたいと思った。御曹司モードの今ならバカにしないで聞いてくれると思ったからだ。

「でもね、シンデレラはガラスの靴をわざと落としたんだと思ったんだ」
「随分現実主義の子供だったんだな」
「母親にも玲子は大人ねって言われた。そりゃあ現実も見るわって話だよ、貧乏だったし。……シンデレラのその気持ちが少しだけわかるような気がしたんだ、その時は。だってこのまま王子様とお別れなんて寂しいと思わない?元に戻って、継母や姉に扱き使われる人生なんて惨めだよ」

明日からまた元の生活に戻る。ドレスを脱げば普通の高校生に元通りだ。

「シンデレラは多分、誰かの特別になりたかったんだと思う。シンデレラは継母やお姉さん達に優しくしてたけどさ、優しくされたことなんて一度もなかった。本当は自分も優しくされたいとか幸せになりたい、とか誰かの特別になりたいって思ってたんだよ。だからガラスの靴を落としたんだって、きっとそうだって思ってた」

思っていた、というか今でも思っている。ただのカボチャをカボチャの馬車に変えた魔法使いはきっとシンデレラのことをきちんと理解していたんだと思う。彼女は気立てが良く優しい人間だってこと。だから舞踏会に行きたいという彼女の望みを叶えたのだ。
でも、彼女は王子様のことを本気で愛してしまい、ガラスの靴をわざと落とした。王子様に気付いてほしい、また会いたい、という願いを込めて。シンデレラはずるくて賢く、そして優しい。考えてみれば、彼女は誰も傷つけていないのだ。
こんな解釈をするなんて変な子供だと思われてもしかたがないかな、と思う。

「……俺は、シンデレラがガラスの靴をわざと落とさなくても二人は結ばれたと思うけどな」
「どういうこと?」
「一国の王子が一人の娘を探すことぐらい造作もないってことだ。例え何年と掛かろうが王子はシンデレラを探し続けるだろうよ」
「…なんか、跡部らしくない」
「お前、人がせっかく気の利いたことを言ったってのにらしくないってどういうことだよ、アーン?」
「そう、それ!うざいくらいが跡部らしくていいよ」
「てめぇ、本当に学習しねぇんだな」
「かっかしないでよ。あ、お腹すいてるんでしょ」
「はぁ?」
「私ね、お腹すくかなぁと思って持ってきてたんだよね」

手に持っていたパーティーバッグを開け、サランラップに巻いたおにぎりを取り出す。私はアパートを出る前におにぎりを二つこしらえていたのだ。料理があまり食べられないと予想して作ってきたおにぎり。まさかベンツの中で取り出すことになるとは思ってなかったけど。

「はい、跡部に一つあげる。シンデレラになった気分を味わせてもらったお礼。あまり食べてなかったでしょ。だからイライラしてるんだよ」

跡部におにぎりを渡し、いただきまーすと私はおにぎりに齧り付いた。うん、高級な料理もいいけどやっぱりおにぎりは美味しい。
跡部を見るとおにぎりを手に持ったまま微動だにしない。

「食べないの?」
「…お前、ずっとそのバッグを持っていたよな」
「うん」
「つまり、あの会場に持ち込んでいたってことだよな」
「うん。もしかして飲食物の持ち込みって駄目だったの?でもバッグは一度も開けてないし、セーフだよね」
「……」
「ね、跡部。…跡部?」
「…フッ。ククク、…ハァーーッハッハッハ!」
「えぇ!?」

何!?何でコイツ急に笑い出したの!?頭おかしくなっちゃった!?遂に壊れた!?

「本当に何やらかすかわかんねぇな、お前。どうりで退屈しねぇわけだ」

アーハッハ、と跡部のマジ笑いはしばらく続いた。バッグにおにぎりを忍ばせてパーティーに出席したことがツボに入ったらしい。金持ちの笑いのツボはよくわからん。
そしてしばらくたって笑いが治まった跡部はおもむろにおにぎりを頬張り無言で完食した。

「……玲子」
「何?」
「弁当がまずまずって言ったのはあれは嘘だ。本当は美味かった。今の握り飯も美味い」
「あ、当ったり前じゃん!にんまり弁当は食べた人を笑顔にするお弁当屋なんだから、不味いわけないって」
「…そうだな」

あの跡部が今日は素直だ。正直結構キモイかも。

「あぁ忘れないうちに渡しておくか。バイト代だ」
「……貰っていいの?私本当に何もしてないけど」
「欲しいと顔に書いてあるが?」
「バレてるのか」
「受け取っておけ」
「じゃあありがたく」

封筒を受け取ると結構な厚みの感触がした。こんなにいいの?と聞くとこんなものだろ、と返事が返ってきたのでありがたく貰っておく。

「…跡部」
「何だ」
「私、跡部のこと少しだけ見直したよ」
「バーカ、少しは余計だろ」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
「ううん、なんでもない」

跡部景吾は素敵なんだとほんの少し思ったことは内緒にしておこう。
かくして波乱に満ちたパーティーはこうして幕を閉じたのであった。



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