08

跡部の回想


理事長から来年度の高等部奨学金制度の試験の面接官として参加してくれないかと打診があったのは中学三年の三学期に入ってすぐのことだった。
氷帝の奨学金制度は金持ち学校と外部から揶揄され、一見申請すれば誰でも通ると思われがちだが審査は厳しく、学校での態度や成績、その他様々なことを加味し中学校の校長の推薦がないと外部の者は申請ができない、いわば狭き門と言われていた。
一度、審査基準が厳しいのではないかと役員からの声が上がったが氷帝にふさわしくない者の入学をふるいにかける機会を失っては困る、という理事長の意見でその審査基準が見直されることはなくなった。
実際、ここ数年の合格者の平均は9%と決して多くない数字を叩き出している。その多くは経済的余裕がない者だったが、勉学に勤しむ意欲があることは確かで有名企業に就職し、ノーベル賞を期待されている卒業生もいるという。
第一審査が実力テストとなっており、このテストで半数の人間が落とされ次の小論文の審査では更にその半分の人間が不合格となる。その最終試験である面接に俺も同席しないか、という話だった。跡部財閥の補助で成り立っているのだから君も無関係ではない、とそう理事長は話す。

「……父に頼まれた、ということですか?」

俺の問いに理事長の顔色が変わる。痛いところを突かれたと思っているのだろう。
毎年親父は録画した映像を見て面接官として参加していた。それを今年は俺に任せたいらしい。
そして理事長は観念したように白状した。
親父が理事長に面接官の一員として同席させてやってくれないかと頼んだらしい。洞察力を磨くのにはちょうどいい機会だと、そう思ったのだそうだ。
癪だが親父の言うことも一理あるのでその申し出を受けることにした。
俺が面接官と横並びに座ると違和感があるということで別室でモニタリングする形に落ち着き、そしてとうとう最終試験の当日がきた。
モニターの前には簡素な机と椅子が設置されていた。机の上には受験者の出願書類が置いてありそれに目を通す。そこには簡単なプロフィールや家族構成も書かれており、各々奨学金制度を受けなければならない事情があることがわかった。
いっそのこと全員合格させてやろうか、とも思ったがそんな甘えたことは言っていられない。理事長の言う氷帝にふさわしくない者を見極めなければならないのだ。
実際、面接が始まると、くだらない理由で志望したり、このために取り繕った意気込みや志望動機でしどろもどろになっている奴がいたり、明らかに嘘をついている者や挙動不審な者までいた。
ここまででまともな奴は片手で数える程度しかおらず、半数は所謂記念受験なのだろう。

「舐めやがって」

思わず本音が出る。書類を捲りこれが後何十人も続くのか辟易していると面接官が次の受験者を呼んだ。
受験番号3891番滝川玲子。
プロフィール欄には生年月日や血液型、母子家庭だということが記載されていた。
特記事項と赤い明朝体で書き記されている文字は学校側が書き加えたのだろう。そこには第一次審査、2位通過と書かれていた。
なるほど、こいつが2位通過者か。1位の奴は先程面接し終えたが勉強に自信があるのだろう、他の受験者を貶す発言があり合格点を出せずじまいだった。こいつはどうだろうか。自分の実力に胡坐をかいてないか見せてもらおうじゃねぇの。
はじめの自己PRも淀みなくハキハキと受け答えが出来ており嘘も見受けられない。面白くねぇ女だな、というのが率直な感想だった。だが最後に志望動機を尋ねられると途端に滝川の目つきが変わった。例えるなら獲物を仕留める前の獣のように、ギラリと光るその瞳に野心のようなものが窺えた。

「氷帝学園でしか成し遂げることができないことがあるので志望しました。この学園に入学してここでしか出会えない人達に出会って自分の人生を豊かにしたい。私は人との繋がりは自分を変えてくれるものだと思っており、その先に自分の目標があることを信じています」

その言葉に嘘はない。俺の直感がそう言っていた。
滝川玲子。少しは骨のある奴みたいだな。俺はもう一度書類に目を落とし、評価の欄に丸印をつけた。
結局俺の意見がどこまで反映されたのかわからないが今年度の合格率は8%と例年より少ないパーセンテージとなった。

そして春。
高等部に進学し一番初めにあった実力テストで拍子抜けした。結果を掲示している掲示板に俺が推薦した滝川の名前がなかったのだ。
掲示板には1年から3年までそれぞれ上位50人の名前が張り出されているが、滝川の名前はなく他の合格者の名前がポツポツとあるだけだった。
アイツを推薦したのは間違っていたのだろうか。結局口先だけだったのだろうか?と思ったが一学期の中間テストの時には滝川の名前が掲示板に載っており、そこから順位も着々と上がっていき三学期の期末テストの頃には一桁台の常連になっていた。本人も反省して努力したのだろう。
そして二年に進級し、俺と滝川は同じクラスとなった。
同じクラスになってみればあの時のような目は鳴りを潜め、すっかりと大人しくなっていた。大人しいというよりも、我を一切表に出していない。悪く言えば地味、良く言えば儚げな印象を皆に与えていた。
どうして猫を被る必要がある。面接の時の滝川の方が自信があり生き生きとしていた。どういう経緯で猫を被るに至ったのか少なからず疑問に思っていた。
だから俺はパーティーの会場までの道中で滝川に尋ねたのだ。あの野心に満ちた瞳はなんだったのか知りたかった。

「この性格の女の子をお嫁さんにしたいと思う?」

というのが滝川の返答だった。
意外な、現実的ではない答えだったので面食らったが滝川の表情は真剣そのものだった。その表情が面接の時の滝川とダブる。

「くだらないって、しょうもないって思ってるかもしれないけど、これが私なの。絶対に諦めるもんかって決めて氷帝に入ったの。チャンスは待っててもこないから。だから跡部に笑われたって平気だよ」

獲物を捕える前の獣のような瞳が俺を捉える。
あぁ、コイツは本気で夢のようなことを叶えようとしているのか。
動機は不純だが、面接の時のあれも嘘ではなかった。やはり俺の目に狂いはなかったようだ。
だから俺は笑わない。本気で滝川は自分の夢を叶えようとしている。茶化すのは馬鹿のすることだ。
そろそろドライブも終わる。きっと今から始まるパーティーも上手くいくだろう。多少のボロは出てしまうかもしれないが、俺がフォローすればいいだけの話だ。今日に限っては玲子が頼もしい存在に思えた。



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