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デフォルト名は『なまえ』です。



「水兵リーベ僕の船。」

歌声のような詩を朗読しているかのような軽やかな声が近くで聞こえ、その声のする方へ向かってみると机に化学の教科書を広げ、ノートを凝視しているなまえの姿があった。
彼女は俺を一瞥し、「見つかっちゃった」と残念そうな声を上げる。俺は一つため息をついてブレザーの胸ポケットから携帯を取り出し先程受信したなまえのメールを本人に見せる。

「お前の表現は抽象的すぎなんだよ」
「えへへ。ごめんごめん。景吾なら私を見つけてくれるってわかってたからさ」

少し悪戯しちゃった、と能天気に笑うなまえを見て再度ため息をつく。
『サロンにいます』
ホームルームが終わり、今から放課後だという時にこのメールを受信した。部活も生徒会の仕事もないのでなまえをデートに誘ってやろうと思っていたがそれは叶わなかった。
というかこいつはサロンがどれだけ広いのかきちんとわかっているのだろうか。なまえがいるこの区画はボックス席しかなく、プライバシーを考慮しついたてを設けてある。前に一度、サロンの常連である忍足にファミレスみたいだと言われたが、俺にはそのファミレスとやらがどういう構造になっているのか皆目検討がつかなかったので曖昧な返事をするしかなかった。一度、なまえと庶民デートと称してファミレスに行ってみるのもいいかもしれないな、と企みながら彼女の向かいに座った。放課後というのに周りに人の気配がしないのは、生徒達が俺達に気を遣っているのかもしれない。

「お前よく知ってるな」
「え、何が?」
「水兵リーベって言ってただろ」

水兵リーベから始まる言葉を俺は一つしか知らない。しかも化学の教科書を広げているんだ、間違いないだろう。

「景吾こそ、よく知ってるね」
「俺様に知らねぇことはないんだよ」

教科書を手にとってみると、それは今俺達が使っている中三用の物だった。確かこれには元素記号は載っていなかったはずだ。というか周期表は高校で習うものではないか。

「で、なまえは何をしてたんだ?」
「昨日ね、クイズ番組を見てたら水兵リーベ僕の船はなんの元素記号を示しているでしょうって問題があって。答えを知る前にお父さんにチャンネルを変えられて結局わからなくて、だから自力で解いてみようってことになったの」
「ネットで調べりゃすぐわかるだろ」
「自力でなんとかしてみたかったのー。でも教科書には載ってなかったから景吾が来てくれてラッキーだよ」

と、なまえは笑った。
なまえは最初、そのフレーズを聞いた時何かの詩の一部分だと思っていて、本人に言わせてみれば「だって水兵リーベ僕の船って文学的というか、古風というか。僕の船はリーベっていう名前なんだと思ってた」らしい。ドイツ語を知らないので当たり前か。

「でね、結局どういうこと?」
「水兵は水素とヘリウム。リーベはリチウムとベリリウム。僕の船がホウ素、炭素、窒素と酸素、フッ素、ネオンだな」

俺の言うことをなまえはノートにメモしていく。その真剣な表情を見て少し意地悪をしてみたくなった。

「ちなみにリーベってドイツ語なんだぜ。全てドイツ語に訳すとイッヒリーベディッヒだ」
「え、本当?」
「本当だ。ほら言ってみろ。イッヒリーベディッヒ」
「イッヒリーベディッヒ…なんか騙されてる気がする」

俺に疑いの目を向けるなまえ。意外にこいつは勘がいいんだったな、と思い出す。俺の少しの意地悪は達成したのでそんななまえに確かめてみろよと強めに言った。
怪しいなぁと呟きながらなまえは携帯でその言葉の意味を調べ始めた。

「イッヒ、リーベ…?」
「ディッヒ。イッヒリーベディッヒだ」
「イッヒリーベディッヒ…あ、あった。……やっぱり嘘じゃん」

景吾に騙されたーと不服そうにしながらもなまえの顔が少し赤くなっていた。そんななまえに笑いかけながらアイラブユーより素敵だろ、と言っておいた。

イッヒリーベディッヒ
(君を愛する)



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