「アズサさんじゃん」
今日の私はどうも運がないらしい。暇な時間に急に飲みたくなったココアを買いに来れば、生憎自販機に表示されている文字は売り切れの四文字。仕方なく他の飲み物を買うために小銭を探すも財布には数枚の十円玉とお札のみ。諦めてお札を自販機に入れて何を買おうか悩んでいれば、聞こえてきたのはこの男、トウヤの声である。ああ、運がない。
人を見ればへらへらと笑顔を向けるトウヤは正直言って苦手である。人の生き方にどうこう口出しをするつもりはないが、どうもこういった本性を隠すのは納得がいかない。へらへらとするなら他に人はたくさんいる。トウヤなら交遊関係は広いのだからわざわざ私に話しかける必要はないはずなのに、トウヤは私を見かける度に見透かしたように私に話しかける。苦手だと思うほど近づいてくるのだから質が悪い。
「なに」
「見かけたから話しかけちゃった」
「ああ、そう」
ちらりと振り返りまた自販機に向き直る。ココアがないならミルクティーにしようか。それともカロリーを気にしてお茶にしようか。最近出た新作の炭酸飲料も気になる。とりあえずこのメーカーのミルクティーは好みじゃないから候補から削除だ。期間限定の梨も気になってきた。
「なに買うの?」
「………」
「ねぇ」
「え?ああー…ごめん、なに?」
いつの間にか考え込んでいたらしい。ハッとして答えれば、そこにいつものへらへらとしたトウヤはいなかった。というか、トウヤの方に振り返ることができなかった。最後に目についた期間限定の梨のボタンを押したら、ガコンと缶の落ちる音とじゃらじゃらと小銭の音、それと本来聞こえるはずのないドンという音。すぐ隣に目を向ければさっきまでなかった腕が私の両側で自販機に手をついていた。
「…………え、」
「……アズサさんさぁ…、俺が誰彼構わず話しかけるとでも思ってない?」
頭上からの声音が変わる。これは誰だ?私の知っているトウヤではない。いつものいけ好かないへらへらとしたトウヤではない。低く身体に響く声。こんな声、知らない。
「アズサさんだからって言ったらどうする?」
「は、」
「少なくとも他の子にはこんなことしないよ?」
そう言ってさらに近くなる距離に、私の思考はいっそう減速する。何を言っているんだ、何をやっているんだこいつは!疑問ばかりがとぐろを巻いて脳内を駆け巡る。情報量が多すぎて私の脳はショート寸前だ。情報の処理が追いつかない。
「……なーんちゃって、びっくりした?」
「は?」
「俺みたいなやつに気をつけろよ」
言葉と共にくるりと踵をかえしたトウヤはそのまま颯爽と去っていく。ひらひらと手を振りながら遠ざかる背中に、私は呆然とするより他なかった。先程までのあれはなんだったのか。考えるだけ無駄な問題を放棄し取り忘れていたジュースを取り出せば、それはすでに少しばかり汗ばんでいた。


思わぬフラグにご注意を


アイツに限ってそれはない。ないない。ないって!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -