小説 | ナノ


おめでとー、という言葉が飛び交って涙で目を濡らして抱き合う人たちも見える。まだ寒さの残る今日、私はこの中学校を卒業する。小学校を卒業するときはわんわんと泣いたのに、私は卒業証書を持った今でも実感なんて湧いてこない。きっと小学校のときは雰囲気だったんだろうなーとか。同じ小学校から同じ中学校にあがる人がほとんどだし、学校だってすぐ隣だから変わることなんて何もなかったのに。どうしてあんなに泣いていたんだろうとしみじみ考えてしまった。
最後のホームルームが終わって彼に目を向けるとさっさと荷物をまとめて教室の扉の先に吸いこまれるように行ってしまった。慌てて私も鞄を持ってそのあとを追いかける。ズシリと重い鞄の中にはさっき彼に一言コメントを書いてもらったアルバムが入ってある。私と彼が会ったのは中学二年生で、たった二年間しか関わりがなかった。二年間と言っても、その中で彼と話したことなんて多くないけれど。彼は私と二年間同じクラスだったことなんて覚えてないと思った。それでも彼は「二年間ありがとう。」と綺麗な字で書いてくれた。他人行儀で当たり障りなくてとてもじゃないけど脈アリとは思えない。でも私は彼の中にきちんと二年間存在したことで十分だった。

そんな私だからこそ、きっと、たぶん、私は彼に向き合わなくてはならない。

「相川くん」

窓から差し込む光が彼の茶色の髪を透けさせてオレンジ色に変化させていた。窓際に座る彼の髪がそう変わっているのを見るのが好きだった。時々相川くんは窓の外を眺めていて、私もどんな景色を見ているのか気になってこっそり眺めたこともある。もうそんなことをすることをなくなるんだろうな、とぼんやり思った。

「あ、みょうじさん。卒業おめでとう」
「おめでとー」
「三年間なんてあっという間だったね」
「ほんとほんと」

階段を一段ずつ降りて行く。それがまるで私に何かのカウントダウンをしているようで。私の胸の内を今、彼に打ち明ければ変わるだろうか。大きな声をあげながら階段をかけ降りて行く男の子たちを一瞥して、相川くんの口からこぼれる音に耳をすませた。相川くんは私より背が高くて、下から見上げるのが好きだった。

「相川くんは、エゾノーだっけ?」
「うん。」
「そこって寮でしょ?」
「そうそう」

あぁ、やっぱりそうなんだ、とストンと何かが胸に落っこちてくるのを感じた。本当言うと、彼がエゾノーを目指してるって聞いて私はこっそりとパンフレットを見て寮制ということを知っていた。でも、彼の口から面と向かって言われると衝撃が違う。既に分かっている事実でも、違う。
相川くんが獣医を目指してるということは知っていた。でも、エゾノーじゃなくてもいいじゃん。普通科に入って大学のときに獣医学科入ればいいじゃん、なんてこどもみたいなことを何度も思った。
最後の一段を降りたあと、どこかの開いた窓から冷たい風が舞い込んできた。まだまだ、北海道は寒い。東京の方は暖かいんだろうか。

相川くんには、春が似合う。

「私さ、将来犬飼うつもりだから、獣医になったら診察してよ」
「任せて」

それじゃあね。ひらひら手を振って、相川くんは下駄箱から右手に行ってしまった。相川くんが他の男の子たちと話す声が聞こえる。せめて男の子に生まれればよかったかな。たらればの話なんて意味がない。でも、私がエゾノーだったら。相川くんがエゾノーじゃなかったら。そんなことも分かっているのだけども。やっぱり、なんだかんだ、考えちゃうんだなぁ。私は下駄箱から左手に出た。友達の姿が見えて、私に気づいて手を降る。あーいたいた、見つけられてよかった、泣けてくるー、なんて声をかけられてこの子たちとは卒業後も会って遊ぶ約束があるけれど、相川くんとはもう会えないんだって、相川くんの穏やかな耳に残る声はもう聞けないんだって、しまいきれない気持ちがぐるぐる身体中を巡る。前後の席だったんだからもっと話せばよかった。相川くんの良いところをもっと探せばよかった。卒業式で私、涙なんて流さなかったのに。ひとつだけ、目からこぼれてしまった。私、相川くんのことが好きでした。誰よりも。




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