小説 | ナノ


授業もないのに塾にきて自習室に篭る私をどうか褒めてほしい。もう試験まで二ヶ月をきり、呑気にしていたクラスの雰囲気も流石にピリッとした緊張感が生まれ始めた。みんなが少しだけどイライラしてちょっとした言い合いがクラスで起こったり。おそらく家や塾からいろいろ小言のようなことを言われているんだろう。みんな、そろそろ他人を構ってやれないぞ、なんて空気に蝕んできて。どうも嫌な空気。そんな場所に留まっているのは気が重くなるから、そそくさと家に帰ってご飯を食べてしまう。親から何か言われないうちに自習室に潜り込むのだ。


一人一人に仕切られている自習室。私の定位置は壁から三つ目の三番席である。ここの後ろの棚にはちょうど数学の参考書があるから使いやすい。しかも歴史の漫画もあるから疲れたらちょっと息抜きだってできる。お気に入りの席だ。いつものように座席表をみてみると三番席には使用中という意味の磁石が置いてあった。その他の席には磁石はほとんどない。なぜピンポイントに三番席。ちょっとだけ、イラ。くやしい。ええい、なら私はその隣の二番席でいいや。ここの後ろの棚は大学の赤本が多いけど、仕方ない。三番席に近いし。磁石を置いたら私は自習室の扉をそっとあけて静かに入った。しん、とした空間。いかにも塾って感じ。
三番席の所有者は誰だ。私の定位置を奪った奴は!二番席は三番席の一つ奥だから必然的に誰なのか見ることができる。


うお、

久しぶりに見たような、南沢がなんと机に頭を伏して寝ていた。三番席で。私の三番席で。あれ、一応同じクラスだったはずなのだけれど久しぶりな感触。ちょっと観察してみると、過去問が広げ、手の近くにシャーペンが転がっているのを見える。多分、問題を解いているときに力尽きて寝てしまったんだろう。寝てるならその三番席を私に譲りなさい。

起こさないように静かにして席に座った。ワークやノートを取り出していく。南沢じゃ、仕切りをバンバン叩いたりする嫌がらせはできない。小学生ならやろうかなとか思った私である。最低女。南沢にはいろいろ、あるし。嫌がらせはできない。最後にブランケットを取り出して、はたと気がつく。洗ったばかりでふわふわといい匂いを漂わすブランケット。南沢、寒かったりするんじゃない?暖房はあるけど隙間風はある。もし、この時期に南沢が風邪ひいたらかわいそうだ。寝てるときって体温調節ができないと聞いたことがある。ストライプ柄のブランケットを眺めながら悶々と考えて、ブランケットを広げてそっと南沢にかけてあげた。そのときに見えた長いまつげにどきりとしてしまう。優しくとじられた瞼を繊細に縁取るようなまつげ。ノックするような振動を胸に感じつつふいと目をそらす。
起きたときに南沢はどんな反応をするのかちょっと気になるところ。ありがとう、と言ってくれるのかな。余計なことするなよと悪態をつくのか。寝覚めが悪いらしい南沢の表情を見てみたい気もする。ぺろりとワークを開いて、シャーペン握って。受験戦争、勝ってみせます。実は私の志望校、南沢と一緒なんだ。




夢か、現か。白いもやで包まれた空間で暖かさに触れた気がした。どこか懐かしいような温度にふらりふらりと揺れる。掴みどころのない不確かな感覚。
何かを見つけたように瞼を開いてみればまず過去問が目に入った。最悪だ。いつから寝ていたのかなんて分かるはずもない。今日の予定がだだ崩れだ。一周は終わらせないと、とまだ眠気の残る頭で考えながらだるい体を無理に起こす。体を起こしたと同時にぱさりと何かが俺の肩からずり落ちる音が聞こえて、ブランケットが目に入る。誰かがかけてくれたのか。小さく感謝の気持ちを内に忍びさせつつも、ブランケットの持ち主が誰だかわからない。面倒なことするなよと小さな苛立ちを抱いた。どこかで見たようなブランケット。わざわざ記憶をひっくり返す気分にはなれなかった。誰かを探すのは面倒だから、忘れ物として預かっていてもらおう。何気なく隣を見てみると。あ、こいつ、もしかして。


うわ、

声に出ていないか一瞬不安になる。そしてその後は笑いがこみあげてくる。隣の二番席でみょうじが机に額を打ち付けて、まるで土下座しているように手が添えられていた。いや、机とキスしてるとでも言うべきか。堂々とした居眠りだった。寝ていることを隠そうとしていない。時折来る講師に見つかると無理矢理起こされることはよく分かってるはずなのに。何回もそのことで軽く頭を叩かれていることを俺は知っている。眺めていればじわじわと笑いがこみあげてくる体勢。俺が来たときにはいなかったから、俺が寝ているときにでも来たのか。わざわざ隣にくるとかどんだけ、俺のこと好きなんだよ。さっきまでの寝覚めが悪さもどこかへ行ってしまったようで。もう一度ブランケットを見てみる。どこか見覚えがあると思ったらみょうじのものだ。このストライプは、そうだ。学校では水玉の、塾ではストライプで使い分けしてるといつか聞いた覚えがある。
肩にかけてくれたのがみょうじだとわかったら、気が楽になった。見ず知らずの人よりかはいい、というよりも、みょうじでよかったという気持ちがうまれてくる。
俺にそうしてあったように、肩にかけておいてやる。かけるときに少し身じろぎして起きるかと思ったがそれはなかった。髪が滑り落ちる。髪のびたな。みょうじの不揃いな毛先を見てぼんやりと思う。容姿は少しずつ変わってきているがみょうじの本質はまったく変わっていない。初めて会ったときから、おそらく。どんなに環境が変化していちもどっしりと構えていて、知らず知らずのうちに寄っかかってしまいそうになる。どっしりと構えている、なんて本人に言ったら怒り出すだろう。けれど、それ以外に上手く言葉にはできない。何度寄っかかっただろう。それでも何も変わらないこの関係に驚く。

いつかみょうじが疲れて構えていられなくなったらすぐさま受けとめてやろうと決めているのに、まったく崩れ落ちる素振りをみせないから困りどころだ。周りの無神経な言葉も行動ものらりくらりと避けていくみょうじは生き方が、俺よりも随分とうまい。俺がみょうじを羨望の目でも見ているということ。きっとみょうじは何も気づいていない。羨望と、もう一つの目で俺は見つめ続けている。

実は、みょうじが三番席が好きだと言ったから、ここに座ったと言えばどんな反応をするんだろうか。こいつ、国語は苦手だから理解できないかもな。まぁ、いい。長期戦は覚悟の上だ。とりあえず、みょうじが起きるまでは隣にいてやろう。



title by 未来標本




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -