小説 | ナノ


その数字を見つけた瞬間、時間が停止したように何も考えられなかった。周りの音もよく聞こえなくておそるおそる携帯を取り出す。震える指でなんと書けばいいのか分からず散々迷った挙句合格したよ、と質素なメールで伝えれば京介がすぐに電話かけてきた。普段はなかなか人を褒めたりしない京介だから電話越しで何やら奮闘しているさまが伝わってきて笑いをこぼしてしまう。ようやく京介の絞り出すようなおめでとう、を聞いてた途端じわりと喜びがこみあげて視界が淡く滲んだ。京介がちゃんと素直になれたことの喜びなのか合格したことの実感か、わからないけれどとにかく泣きそうになってしまう。色々な書類をもらっての帰り道。風は冷たさを少し和らげて普段より優しく身体を撫でていく。地元の駅で待ってる、という京介に了解した旨を伝えてから電話を切った。次の春から私は高校生になる。憧れの制服に身を包むということ。嬉しさが身体にゆっくりと満ちていく。バイトだってできちゃうし、小さな化粧だってできる。今よりずっとずっと世界が広がって、できることが、許可されたことが格段に増えていく。それが、純粋に嬉しかった。



「京介」
改札から流れ込むように飛び出すと京介が焦ったようにこちらにやってきた。何日ぶりかの京介。電話越しでもメール越しでもない本物の京介だと思ったら飛び出したくなってしまった。ジャージ姿のところから、部活だったことがわかる。あちゃあ。悪いことしちゃったかな。そんな罪悪感もいつもより八割増しで優しく微笑んでくれた京介を見たら吹っ飛んだ。自己中?それでもいいや。

「おつかれ。」
「無事、帰還しました」

そう言ったらこっそりと京介は手をのばし私の手を握って歩きだした。私よりも大きな手のひらに安心を覚える。冷たかった私の手が徐々にぽかぽかと熱を持ち始めた。最後に手を握ってもらったのはいつだったか。随分と昔のことのように蘇って、今のこの環境に感激してまた泣きそうになってしまう。なんだかこそばゆいような。恥ずかしいような。そして、人間というものはわがままで仕方ない。もう一つ、もう一つと願いを抱えてしまうことに気づいた。合格したことと京介の顔を見れたことで私は完全に浮かれていた。京介の様子をうかがいつつ、口を開く。

「ねぇ、恋人繋ぎってやつにしてみようよ」

京介がびくり、と肩を震わす。

「い、今、やろうと」

しどろもどろになって答える京介。え。何その返事。ぎこちなくゆっくりと私と指を絡めていく。周りの温度が上昇していくような。その指は微かにだけれど震えていて、理解する。さっきの私の言葉はまるで強要しているようにも捉えることができることを。悪かったなーと思いながらも、私は大満足だ。

「ありがと」
「別に、」

やり方に不満がありそうな京介だけど、恋人繋ぎできたことは私と同じく満足らしい。春の近づきを太陽が知らせる。どことなく甘い匂いがして直感的に春を掴まえた気がした。まだマフラーは手放しにくいけれど、陽射しもどことなく暖かさをかき混ぜたようで。

「高校入ったら、て決めてたんだけどね」
「ん」
「サッカー部のマネージャーやってみようかなって」
「は、なんで」
「京介がこっちの高校来たらいつでも会えるし」
「すぐに卒業するくせに」
「え?」
「…寂しいとか思わないのかよ」

こっちの学校に来てもすぐに私が卒業してしまうことを、京介は寂しいと感じてくれているということなのだろうか。同じ部活、になったら一緒にいる時間が増えて卒業した後は余計に寂しくなるって、思ってくれてるのかもしれない。そう思ったらこの隣を歩く奴のことが愛しくてたまらなくなった。寂しい、て!所詮、去年までランドセル背負っていただけのことはある。まったく甘え上手で困る。繋がれている私よりも一回り大きい手を握りしめる。それに京介がぴくり、と反応を示す。こういう恋人らしいことには驚くほど京介は不慣れだ。それなのにちょっとだけ背伸びしようとするから。私は愛しくてたまらない。

「寂しくなんてないよー」
「言ったな」
「うん」
「じゃあ、もう寂しいっていう理由で連絡するなよ」
「そんな理由でしたことないよ?」
「何回も深夜にしてきただろ」

ああ、そんなこともあったかもねぇ。とはぐらかせばむっとしたようで黙ってしまった。そんな理由で電話したこともあったな。でも、それよりもまずは自分から恋人繋ぎだってなんだってできるようにはしといてからにしてくださいよ。自分のことは棚にあげる。これ、私の得意技。頑張って駆け引きしようとする京介が可愛くて可愛くて。うっかり、一目はばからず私は背伸びしてピンク色の花が咲く彼の頬にくちづけをしてしまった。そのときの京介の顔ったら。まだまだ絶賛、春を思う期間らしい。



企画:べた惚れ様に提出.20120405




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