小説 | ナノ


霧野は外見は女の子みたいだけれど白く細い指からは作り出すものは男の子のようなものばかりだった。美術の時間は豪快と呼べるような絵の具の使い方をしているし、彫刻のときは見てる方がハラハラするような使い方をする。調理時間のときは分量はびっくりするぐらいアバウトで、いいのこれと思ってしまったり。だからこそ霧野が特別な手入れなどしてないというさらさらと揺らぐ桃色の髪をなびかせながら優しく微笑む姿を見ても私は一つの安心をおぼえてしまう。
寒さがまだまだ厳しい冬。冷たい風が頬を撫でつける。寒さを身体で感じながら、毛糸のマフラーをぐるぐると首に巻いて霧野と並んで帰る。久しぶりに部活がオフだから、と。でも霧野のことだから家に帰ったらボールに触れるに違いない。自主練に勤しむに決まっている。霧野はそういう人だ。そっと隣を盗み見る。脚も私よりずっと長い。外で元気よくサッカーをしているのに肌は透きとおるように白くて大きな瞳を縁取る睫毛もなぞれるぐらい長い。神様は彼に外見に対して二つも三つも良いものを与えた。

「あ、ねぇ霧野。」
「ん?」
「レモンと、紅茶と、抹茶ならどれが好き?」
「…なんでその三つなんだよ」
「いやぁ明日、実はシフォンケーキを作ろうと思ってね。その味を決めてもらおうと」
「待て、誰が作るんだ?」
「私が。今日、水鳥からレシピもらったからさ。」
「瀬戸か…」

霧野が何か悟ったような顔になって、私は霧野の考えが一瞬にして理解することができた。霧野が女の子?嘲笑してしまうわ。霧野はただの意地が悪い、いや。失礼な男子だ。デリカシーのない男子だ。

「今日もらったんだけどね、おいしかったんだよ。本当だよ?食べれたからね」
「知ってるか?料理下手な奴って味覚も変なことが多いってこと」
「下手って」
「前にも言ったけと、もらったクッキー、まずかったぞ」
「霧野」

もう慣れっこだけど。むしろそこが良いところだけど。彼女が作ったお菓子をまずいと言い切るのはもう一種の才能と呼べる気もする。だから狩屋に嫌われたんだよ。思ったことがすぐに口から出るんだから。狩屋とは結局、仲直りしたんだっけ。霧野がうすら笑いで期待してる、だなんて感情のまったく篭っていないびっくりするほどの棒読みで言われてしまっては私の女子力が黙っていない。霧野に家まで送ってもらった後、早速シフォンケーキ作りに取り組んだ。あ、結局、レモンか紅茶か抹茶か答えてもらってない。


そうっとオーブンにいれてからソファーにごろりと転がる。お菓子作りって神経使うなぁ、と伸びをしながらぽつりと思う。そして近くに投げ飛ばされたような格好の雑誌を開いて軽く時間を潰そうとぺらぺらめくっていれば、ブルブルと携帯が震えて見てみると霧野からだった。ちゃんとできたか、て子どもじゃないんだから。分量もきちんとできたし、メレンゲだってちゃんとツノができた。それにしても、昔の人はよく卵白だけを混ぜようと思ったよね。普通、卵白だけを混ぜようだなんて思いつかないよ。そして、それを混ぜようだなんてよく考えたよね。

オーブンを覗きこんでみるとそこにはきつね色に染まったふくらみが見えて、幸せになる。明日、どんな顔して渡してみよう。どんな言葉を送ってみようかと考えをめぐらす。明日も霧野はサッカー漬けの毎日で、サッカーをしてるときは私のことは忘れてしまうだろう。でもそれでいい。むしろ私のことを忘れてください。サッカーをして汗を流す姿が霧野には似合っていて、最も輝いている。そんな霧野は外見からは思いつかなくて、似合わないように思えるけど。

でもきっと私もそうで、私の外見からはお菓子作りなんて似合わない。ゴムべらも、泡立て器も、グラニュー糖も、私には似合わない。

霧野のはっきり言うところとか、豪快なところとか。霧野には似合わないようなところが一番好きなんだろうな、とシフォンケーキを作っている最中に何度も通りかかった。
作ったお菓子をまずいと面と向かって言っても霧野は私の目の前でそのクッキーを全部食べてくれるし、私と並んで歩くときは必ず車道側に寄ってくれるし、私が困ったときには一番に駆け寄って助けてくれる。そんな男の子なところ。それで私は十分だ。お腹いっぱい。なにもいりません。霧野以外は。私はそんな霧野の一番の味方でいたいとも、思う。
もしこのシフォンケーキがまずくても、霧野は一人で完食して私のことを受け止めてくれるんだろう。

携帯を開いてカチカチと指を動かし完璧、の言葉の後ろに少し考えて舌をペロリと出した茶目っ気のある絵文字を添えておいた。






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