小説 | ナノ


冬のような冷たい空気のなかを春のような陽射しが漂うというのは、いかがなものかと。窓から見える見慣れぬ景色を眺めながらぽつりと思った。かたかたと足下から響く振動を感じる。雨が降らないだけマシだったってことかなー。どう思う?隣にちょこんと礼儀正しく座る倉間をちらりと一瞥。なにやらカチカチと音楽プレーヤーを弄っている。倉間の耳にはイヤホン。私の声はその機械の越えて倉間に届くのだろうか。

「思ってたより寒かったね」
「そうだな」
「でも晴れてよかったよねー」
「おー」

なんとか、届いた、返事はしてるぐらいだから音量は小さめにしてるのだろうか。でも味気のない言葉。いや、まず天気の話って。そんなお見合いみたいな話をしたいわけじゃなくって。自分のコミュニケーション能力に、苦笑いをこぼす。倉間と無言だと気まずいとかそんなことはないけれど。どうせならお互いが楽しめる会話をしたい。ほとんどここに倉間がいる理由は私なのだから、倉間がこんな態度をとるのは仕方ないのかもしれないけど。
私が発した、海に行きたいね、という何気ない一言にまさか倉間が反応してじゃあ行くぞってなるとは思わなかった。びっくりして倉間も行きたかったの、と言えば微妙な顔をされてしまった。そして本当に海に向かう電車に二人で肩を並べていることが不思議だ。倉間がオフの日を、休みたいだろう日を、私が使っていいのか。いいよね。倉間がいいって、言ったんだから。

「向こう着いたら海行って、水族館行って、どうしようか?」
「みょうじの行きたいところ行けばいいだろ」

それもそうなんだけど、それじゃつまんないじゃん。倉間分かってるの。倉間にも、少し悪いっていうか。みんなではしゃぐ遠足じゃないんだよ。私たち二人きりなんだよ。分かってるのかなぁ。窓から徐々に高い建物が姿を隠しはじめて空の面積が増していく。抜けるほど高い空。不思議だった。抜けるような高い空はなんども見たことあるのに、今、窓からくりぬかれた空は見たことないような新鮮さを映している。パンをちぎって浮かべたような雲が顔を覗かせる。私の鞄にこっそりとしのばせたお弁当のことをぼんやりと思い出した。

「駆け落ちみたいだね」

これから倉間とよく知らない場所に向かっていくことが変な気がしてぼんやりしていたら、突然こぼれた言葉に自分がびっくりしてしまう。駆け落ち。駆け落ち。駆け落ち?いや、私と倉間は禁断の恋をしてるわけでもないし。実は血の繋がった双子でしたって?実は許嫁がいましたって?ただのお出かけ、デートに一体何を私は重ねているんだ。前、買った雑誌に載ってた。結婚をちらつかせる女はアウトだって。ちょっと待て。私の場合、ちらつかせてすらいない。がっつり目の前に突きつける私。何にも考えてないのは私の方。じわじわと頬が熱くなっていくのが分かる。私の周りだけ温度が急上昇してるみたい。お願いだから、何考えてんのって馬鹿にして笑い飛ばして。

「そうだな」

なんにも考えていなさそうな倉間の返事。それが余計に恥ずかしくて照れ臭くて。また身体中がかっかっと熱くなる。ちょっと車掌さん。暖房効きすぎですよ。汗が流れたりしてたらどうしよう。どんだけ私動揺してんの。落ち着こう。倉間を見習いなさい。いつもガキだって馬鹿にする倉間を。私よりちょっと背の低い倉間を。行儀良く座って何も動じてない倉間を。
みょうじ、と突然呼ばれてえ、と裏声が飛び出してしまった。倉間の方を向いて、久しぶりに倉間と顔を向かい合った。気がする。倉間はまたあの時みたいに微妙な顔をした。倉間の小さい丸っこいもみじのような手にはイヤホンが握られている。倉間の手、柔らかくて気持ちいいんだよなぁ。ぷにぷにしてて赤ちゃんみたいって言ったら怒られた。それ以降、手を繋いでくれなくなった。なんだかイヤホンに嫉妬してしまう。これ、貸してやるよ。あ、ほんと?おそるおそる倉間の手からイヤホンを受け取り、耳にはめてみる。かしゃかしゃと音楽が入りこんでくる。あ、これ私が好きって言った曲だ。最近ずっとこれ聞いてるって言ったっけ。倉間も聞いてたんだ。またじわじわとこみあげてくる。今度は恥ずかしいとか、そういう感情からじゃなくて、嬉しさとか幸せっていう感情から。心の中にあるボトルが満たされていくような。ずっとピンク色の感情として保存できる。永久保存。でも、時々ボトルの中身を飲んで、また幸せに浸ろう。ぷにぷにした、赤ちゃんのような柔らかい感触が指先に伝わる。倉間が弱い力で私の手を、握るというよりは、触った。

冬のような春のような不思議な季節。電車が停まって一人二人、降りる。耳から流れる音楽が心地よい。私たちは降りない。もっと先の、そう、きっと向こうは、私たちが行く場所は、行きたい場所は。甘くて、眠くなるような穏やか温度で保たれた、ゆっくりと背中を撫でるような優しい香りの満つる場所。冬から抜け出して、私たちは春に向かう。



title by カカリア




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