小説 | ナノ


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なまえは仲の良いイトコだった。年に二、三回しか会わないような親戚の一人。時折、ふと思い出したように親が口を開く。そういえばなまえちゃんは女子高に行くそうよ。音羽?そうそう、音羽。もしかしたら会えるかもしれないわね。へぇ。終了。そんな話をする程度の。いたな、そんな人。ぐらいの認識だったはずなのに、会うたびに徐々にどこか人間性惹かれていることを薄々と感じ取っていた。何時の間にか気に入ってしまっていたのだ。間違っても恋愛感情ではない。何かに気を紛らわしたくなったり、話を聞いてもらいたいとき、それまで頭の隅にあったなまえの姿が思い出すのだ。水谷さんやハルのことを話したらケラケラ笑う声に不思議と落ち着きを取り戻し重荷を降ろしたように身体が軽くなったのがわかった。
だから、嘘だろと思った。そんなのおもしろくねーよ。笑えねーよ。
なまえが事故にあったとか、ありえねーだろ、て。馬鹿みたいに呼吸を忘れた。

白い部屋の中になまえは眠っていた。そこだけ時間が止まってしまったようで現実なのか夢なのかさっぱり把握できなくなった。目の前のことが信じられない。その姿を見た瞬間、来るまでずっと抱えていたものが全て音をたてて崩壊してしまったのだ。見舞いに行ったらクラッカーがぱんぱんと鳴って親もイヨも笑っていて、ドッキリ大成功とでも書かれたプラカードを持ってへらへら笑いながらなまえやってくるのではないかと俺はそう信じていた。私ってしぶといんだよ、知らなかったの賢二くん。とおちょくってくるんじゃないか、なんて。だと思ったよと笑い飛ばせるぐらいに余裕を持ち合わせていたのだ。でも、違う。馬鹿みたいに現実から目を背き続けていた。騙されてやるよ、仕方ねーな、なんて無駄に言葉を貼り付けて俺はここまで来ていたのだ。広がる光景は紛れもなく現実だった。

現在が目の前に突きつけられた俺は柄にもなく動揺して酸素が足りないような頭はまったく役にたたなくなってしまった。そのあと、なまえの親が話してくれたことが上手く理解することができなかった。言っていることがわからないのだ。わかったのはおそらくなまえが目がさめても記憶が不安定になっているかもしれないということ。頭の打ち所が悪かったらしい。何も言わない、言えない俺に何度もなまえの親はまだわからないと何度も言った。かもしれない、なら、不安定でない可能性は100%じゃない、てことは分かる。だけど不安定である可能性ももちろん、ある。なんだよそれ。意味わかんねーよ。小さい頃よく転げ回ってだろ。耐えろよ。
ゆっくり、なまえの横たわるベッドに近づく。瞼を閉じているなまえは本当に静かに眠っていた。昔、寝ている俺を無理矢理起こしてきたのはなまえだろ。起こしてやらなきゃ。という妙な責任のような義務のようなものが胸に迫ってきた。
なまえ、と呼びかけてみる。辺りに虚しく響く。呼びかけたその返事は何も聞こえず規則正しく何かの機械の音が区切るように散らばるだけだった。
最後になまえを見たのはいつだったか。瞳に映し出されたのはいつだったか。昨日のように思い返された。

「また明日、な」

たくさんの管に繋がっているなまえに自分でも驚くぐらい優しい声でて驚いた。なまえに対して恋愛感情を持っているわけではない。けれどなまえのことはどうしようもなく大切で、これはどんな名前の「好き」になるんだろうか。
また明日も来て水谷さんとかハルとかの話をしてやる。こんなところで眠っているだけじゃつまらないだろうから。漸く目がさめても記憶が不安定で、今日話したことが明日には忘れてしまうようなことになったら、俺も一緒に昨日を忘れる。過去も未来も、何もわからなくていいから。なぁ、昨日より現在の方が良い俺だったらなまえは何も悔やむことはないだろ。なまえの中の俺がいつも、等身大であるように。明日の俺をなまえが忘れてしまっても。俺は構わないんだって。



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