小説 | ナノ


吹雪くんとさくさくと音をたてながら雪の道を歩く。吹雪くんのやわらかそうな頭に小さく雪がつもりはじめていた。帽子、被ればいいのに。こんなこと、近い昔にもあったなとぼんやりと頭に浮かんで、それこそ今ちらちら舞う雪のようにふわりと消えた。ふう、と吐き出した息が、ゆらゆら。
吹雪くんのさらさらとした髪の毛が視界の隅で揺れる。きれい。一本一本が太陽のおかげでひかる。マフラーからのぞく白い首筋はきめ細かく、やわらかそうで。きっと吹雪くんは世界から愛されている。世界中のものが吹雪くんを意図的に輝かせてあげようと企んでいるのではないか、と。

「大丈夫?疲れちゃったかな」
「ん、平気だよ。」

耳まで隠れる白のニット帽をぐいと引っ張る。ひりひりと擦れた耳が悲鳴をあげた。足のにぶい疲れよりも、鋭いガラスのように貫くような寒さが私には辛い。北海道で生まれて、今まで過ごしてる私だけど肌を引き裂いてしまいそうなするどい寒さだけは何年経っても慣れない。氷柱なんてみていたらこちらが痛いと感じてしまう。吹雪くんに言ったら雪国の子として失格だと笑われた。意地が悪い。むっとした私を吹雪くんはやわらかい声で笑った。不満より、冗談を言い合えることになったことが嬉しくて、寒さのなかに暖かさが生まれた。その暖かさはやさしい春の陽だまりにも負けない暖かさだったこと。こんな会話をしたことなんて吹雪くんは覚えていないのだろうなと頭の片隅で考えていたら吹雪くんは女の子のようにふふ、と小さく微笑んだのが隣でわかった。

「寒いのが苦手なんだっけ?」
「よく覚えてるねぇ」
「覚えてるよ、なまえちゃんのことなら」

さらさら。吹雪くんがそれがどうしたとでも唄うように言葉が並べられる。白い息がひらひらと空気の中で遊んでいた。薄い桃色に色づいたふっくらした唇を見たらどうしようもなく恥ずかしくなってしまって、チェックのマフラーに鼻までしまった。今ならきっと思春期の男の子の気持ちがわかった、かも。寒い、寒い。

「もうみえてきたよ…ほら」

その言葉は嘘ではなかったようで、目の先に見晴らしの良い草原が見えた。緑は白に変わっていて、存在は見えなかったけれど。まだ誰も踏み入れていない、まるで神聖な場所に踏み入れてしまうような緊張が身体に伝わった。雪のおかげて白の世界だから余計に際立っている。
さくさくさく。二つの影が揺れる。二つの影がくっつきそうでくっつかなくて。この距離が0になってしまったら、どうなってしまうんだろう。後ろを振り返ると四つの歩いた標が生まれていた。きっと、知らない方がいい。

「この景色が見たかったんだ。」
「これで見えなかったら、許さないからね」
「大丈夫。見えるし、絶対気にいるよ。」
「その自信は一体?」
「んーなんだろう?」
「私に聞かれても」

さくりさくり。吹雪くんの唄うような言葉がわからなくて、見失いそうだ。必死が見失しならないように見つめる。少し先を歩いていた吹雪くんが雪に覆われた草原の先で立ち止まった。

「ここだよ」


太陽が綿菓子のような新雪の上で照り輝く。光が空気中に散らばる。光が雪を輝かせて私の足元に広がっていた雪の方まで輝かせていた。すべてのものが、ひかる。雪に降り注ぐ光はレモンの色をした黄色だったり燃えるようなオレンジだったり、光にもきちんと色は存在していた。

せかいは、きれいだ。

私の世界がきらきらと輝いているような。肌を突き刺すような寒さも、鉛のように重くのしかかる足も、なんだかお腹が減ったことも、隣に大好きな人がいることも。すべてが私のなかでやわらかく、ひめやかに雪の中にしずんでいく。

「なまえちゃん。」

吹雪くんのあの甘くとろけるような声が聞こえてはっと意識が戻る。時間の感覚もとけてしまっていた。照り輝いていた太陽は沈みかけ今度は白いもやのような霧を橙色に染め上げている。また、それが美しくて。どんなに素晴らしい写真家でもきっと写し出すことはできない。いや、写真じゃきっと伝わらない、わからない。瞳をスクリーンにするような気分でぐるりと世界を独占する。自分でも気づかぬうちに世界は四季が悠々とうつろうように自然と変化していたみたいだ。吹雪くんを見てみると、優しく誰もを魅了し、許してしまうような、そう。

「どう?」

何もかも全てを知ったような表情で。問いかける。吹雪くんは世界から愛されている。なんでこんなに、綺麗に映し出されるんだろう。なんでかなぁ。好きだからかなぁ。

「なんだか、泣きそう。」

だろうね、て。そんなことを言いたげに小鳥が羽ばたくような声で笑った。



title by 未来標本




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