小説 | ナノ


優しい人だなぁと思いました。彼を冷血だと言う人がいることにたいへんおどろきました。

彼、鬼道有人くんは私の一歩前を進んで行く人でした。

そんな鬼道くんが突然私を呼び出しました。それも、陽も沈みかけ、これから夜の準備を空や人々がしはじめるような時刻に。突然私の携帯電話に鬼道くんからの始めての着信がやってきたのです。
今から河川敷に来ることはできないだろうか、と。
そこで私は部屋着から着替え、親にコンビニへ行ってくると言い歩いて河川敷へ赴いたのです。
私なりに急いで着替えて準備し、行動したつもりだったのですが、鬼道くんは既に河川敷にいました。河川敷の階段の上に腰かけ、ぼんやりと川を見つめているように見えました。彼を待たせてしまいました。鬼道くんはやることが多いでしょうから、時間をとらせてしまい申し訳なく感じました。早歩きをして鬼道くんのそばに行き、彼と少し隙間をあけて隣に座ります。
傍らには割れてしまったサッカーボールがあり、やはり彼は謎の多い人だと思いました。

「ごめんなさい、遅れました。」
「いや、思っていたより早く着いたな」

まるですでにこの場所にいたような口ぶりだったので、どんなに私が急いで来たとしても鬼道くんは待つことになったのしょう。そう考えて私は申し訳なかったと、気に病むことはしないことにしました。
鬼道くんの表情はよくわかりません。ゴーグルという無機物によって遮られた瞳はまったく感情が読めません。ですが、今の鬼道くんは、どうもうまく言えないのですが清々しいような、どんなしがらみにも囚われていない、ありのままの鬼道くんがここにいるような気がしました。それがなんだかきっと良いことなのに私の胸にもやもやとした嫌な予感を感じ取らせるのです。この胸さわぎは、何なのでしょうか。

「それで、鬼道くん。どうしたのでしょう」
「あぁ、わざわざこんな時間に悪い」
「いえ、暇でしたので。」

あまり気にしないで欲しい旨を伝えると、申し訳なさそうだった彼の雰囲気が和らげられました。
雷門中と関わってから鬼道くんは表情が豊かになり、これは鬼道くんに対して失礼にあたるかもしれませんが人間らしくなったのではないかと思うのです。感情をそのまま表情に表すことが多くなり、素直になった気がしました。

「みょうじには話しておきたかったんだ」

なかなか本題に入らない鬼道くんに対して、苛立ちよりも不安が湧き上がりました。はやく、すぱっと切りだして欲しいのです。

「雷門に、いこうと思う。」

いく。というのは、ここでは転校するという意味なのでしょう。考えなくてもわかりました。彼は帝国を去り、雷門へ行くのです。
話を聞けば、鬼道くんはリベンジするために雷門にいくそうです。怪我をしてしまった佐久間くんや源田くん、帝国サッカー部のみんなのために。雷門へいくと決めたそうです。世宇子中に勝ちたいから。
胸に広がっていた不安は、落ち着きました。そのかわりに心臓の動きがはやくなりました。ばくばくばくと耳元と鳴り響きうまく周りの音が聞こえないのです。

「どうして、私に言ったのですか?」

疑問でした。私に話したからといって、何が変わるわけでもないのです。実際、鬼道くんの決心は堅く、真っ直ぐに未来を見据えているのです。私がここで彼に世宇子中に勝つだなんて無理だ、やめた方がいい。なんて言ったとしても絶対に止めることはないでしょう。どうして私に言ったのでしょうか。鬼道くんとは同じクラスですからいずれ私は知ることになったのです。それが早いか遅いだけの違いです。わざわざ呼び出すなんて。鬼道くんの行動が、正直よく理解出来ませんでした。

「何でだろうな。自分でもよくわからないんだ」
「それは、」
「ただ、みょうじの顔が見たくて、話しておきたかったんだ。」

鬼道くんが理解できないのに、私が理解できるわけありませんでした。
ここまで彼の話を聞いて私が思ったのは、やはり彼は優しくて冷血などという人が理解できないということだけした。

「そう、ですか。それにしても、突然なお話ですね。」
「今日、決めたからな。……みょうじはどう思ったんだ」
「えっと、」
「俺が雷門にいくと聞いたとき、どう思ったんだ」
「…鬼道くんらしいな、と思いました。雷門にいくことは、きっと鬼道くんにとって良い決断であると思います。」

鬼道くんの表情を見たくないと思いました。私は思った通りのことを言いました。ですが、この言葉を言ったとき、胸に突き刺さるような鋭い痛みが身体に伝わりました。

「みょうじは、変わらないな。」

そう鬼道くんは言うと立ち上がりました。私もそれにならって立ち上がります。鬼道くんと並ぶと、どうやら鬼道くんは背が伸びたようで。少し目線が変わりました。いつか鬼道くんの背はぐんぐん伸びてしまうのでしょう。

「悪かった。言いたかったのはそれだけなんだ。」
「いえ。…雷門にいっても、元気でやってくださいね。」
「あぁ」

鬼道くんは短く返事をして、私に背中を向け歩いていきます。辺りは暗くなってきました。そろそろ月が光りはじめるでしょう。星も輝き星座という形をつくりだします。

鬼道くん。あなたはそのまま、真っ直ぐ進んで。後ろなど振り向かずがむしゃらに。あなたは、きっとそんな生き方が似あう。そして、私の知るあなたと変わってしまうのでしょうね。でも、私は変化を恐れたくないと思うのです。変化を恐れていたら、いけないと思うのです。日々、人は進化し向上していかなくては。進化、向上していく鬼道くんを止める権利など私にはありません。誰も、人の進む道を引き止めてはいけません。立ち塞がることなど許されないのです。
前へ、前へ。後ろなど、私に構わず彼は進まなくてはならないのです。

「さよなら」

そんな鬼道くんを私はきっとまた、好きになるのでしょう。
どうか、あなたの歩いて行く道が幸せなものであるように。
どんどん小さくなっていく彼の背中に私は深く、頭を下げました。




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