水中だと言うのに細部まで年密に造られている建物を、館長さんの後ろに着きながら歩く。
目的地らしい扉の前で止まると、がやがやと騒がしい声が聞こえてきた。


「──そんな事より俺の話を聞け!!!その座はてめェのじゃなくこの俺のモン…」

「そんな事、か」

「!館長………いらしてたんですか…!」

さっきまでシャチさんにつっかかっていたサメさんが、人が変わったように大人しくなった。
サメさんだけじゃない。さっきまで喋っていた皆が閉口する。

「そんな事…ねえ……」

威圧感のせいだ。
皆、喋れないんだ。喋りたくないんだ。館長さんの雰囲気に圧倒されて。

カツカツと革靴を鳴らし、水泡を作りながら館長さんはローテーブルの横を抜けていく。

「この水族館を立ち上げてもう長い。ここにいるおまえらは俺が見込んだ強きモノ。幹部だ」

ずっと、抑揚のない声で続ける。何を考えているのか分からない恐怖と、確かな恐ろしさの恐怖。
怖いよ、怖い…
イガラシさんの手を握る力が震えた。

「姿を変える力 呪いとは″魔力″。この魔力もあとわずかで俺の中から消えるだろう。そしたらおまえらともお別れになっちまうな…………」

カツ、と歩いていた足を止め、ニコッとやけに爽やかそうな笑みを浮かべた。

「そんな風に考える時間も増えたよ」

さっきはとても怖かったのに、柔い口調と優しげな笑顔。ギャップが激しい人なんだな、って思ってしまうほど。
イガラシさんの手を握る力が弱まった。


刹那


館長さんの翻したコートが何か巨大な尻尾に成った。
その尻尾は迷わず、何度も何度も、サメさんを、

「や、だ…っ」

ひくり、と口元がひきつった。

「だから、「そんな事」なんて言うなよ。早く俺を完全な人間に戻してくれよ」

言いながら、尚もバキッバキッとサメさんを潰しにかかる。
独特の臭いが鼻を掠めた。

「なあ?「そんな事」だなんて…」
元のコートへと戻っていく尻尾。
何をしたのか、分かりたくなかった。目の前で何が起きたのか、分かりたくなかった。

「言っちゃ駄目だろ?」

必死に口元を抑えた。気分が悪い。叫んでしまいそうで。涙が出てきた。怖い。

「シャチ」

館長さんの呼び掛けに、シャチさんは一瞬体を強張らせた。
あの強いシャチさんでも怖いのかな。
いつの間にか離してしまったイガラシさんの手。今度は震えるイガラシさんを抱き締めた。

「このカメ達、俺の魔力では姿を戻せなかったんだ。呪いの元となる魔力が違うと、どうやら勝手が違うらしい」

今度は踵を返し、カツカツとこちらに向かってきた。
来ないでよおお…っ!

びくびくしながら館長さんを見ていると、館長さんは指先でわたしの顔を上へ向かせる。

「カメは従業員として表に立たせ、アザラシはこの姿でも使えるような案を考えろ」

「ハイ」

「人気に繋がれば何でもいい」

指先でつかんでいた顎を離すと、どこか遠くを見据えながら館長さんは言う。

「魔力のブレの正体…兎の園長だっけ。人気を得ぬまま人の姿に近付いた男。俺の最後の一部分…戻らないままのココを戻す答えはそいつが握ってるかもしれん」

一度コン、と自身のヘルメット?を叩いたあと、再び視線をどこかへと見据え出した。
体は確かにわたし達へと向いているのに、こちらなんて目に入っていない様だよ。

「会いたいなあ…」

えんちょーさん逃げて。全力で逃げて。




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