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現実世界では決して味わえない
悠久にも似た果てしない冒険の旅を過ごしていたい。傲慢にもそう願った

ユグドラシルゲーム最終日
23:55:48

(──なんて逃避してもどうしようもないんだけどな)

一等お気に入りの場所である水中に潜水するナマエは、2年以上ゲームに没頭していた日々を振返り今日まで積み上げてきたセーブデータの総てが0時を迎え無に帰す。そんなやるせなさに せめて大好きな水の中で終わりを迎えたく

(あああああぁぁさよなら私の作物たち!美味しく味わえれるならもっと育てたかったのにっ)

電脳法によって味覚と嗅覚が完全に削除されており、微回復のアイテムや調理してからのバフ付けにしか役に立たなかった。が見た目の美しさから心奪われ、農場すら自分で敷居を建てた。

(リアルじゃ流動食がメインで味なんて楽しめやしないっ!ほんとクソだわ)

フレンチ?中華?イタリアン?そんなドセレブしか毎日食せない階級社会に飽き飽きしてるというのに、なんたるこの仕打ち

(さよなら私の屋敷!課金しまくってぶちゃっけ調子こいて豪華仕様に仕上げたマジ快適)

スチーム風呂なんて目じゃなくスパ!温泉!日本人の原点はお風呂にあり!今も全身を適温の水に泳がしているがお湯は疲れを洗い流す!
※電脳バーチャルで実際には入浴できていない。

(ずっと泳いでいたくて、異形種選んだんだっけ)

酸素呼吸を必要としない魚をイメージして種族を選んだ──エラ耳に全身鱗に覆われ、水掻き爪の手のひらを握ったり開いたりして見つめる

(楽しかった)

未知への世界へ冒険する、これほど非現実なスリルはないだろう

(ありがとう)

ソロプレイながらずっと付き添ってくれていたNPCの皆。私の子どもたち

(ありがとう)

素敵なこのゲームの世界を
教えてくれた従兄さん

23:59:48、49、50...

ナマエは目を閉じる。
これまで関わってきた例えゲームの中でしか出会えなかった人たち全員に感謝の念を抱かずにはいられない

ありがとう

さよなら

23:59:58、59──

夢の終わりを迎える

0:00:00

「ごはぁッ!?」

筈であったが突然襲う息苦しさに肺の中の酸素を一気に吐き出して混乱が思考を占める。

(何!息が!?できない!)

水中にいるままもがき苦しみとっさに喉に手をやる自身の手が人のあたたかみがある

(えっ!?人間に戻ってる!)

視界が水中ゆえ全く見通せず、ゲーム内では人間にも戻れるスキルがあったがそんなことは意識外へ放り出されている
必死に水面へ上がろうとだが上下方向感覚すら失われここが本当にどこなのかも見当つかず、無駄にあがき水をかき分けていると

──大将?

頭のなかで声が響く

もがく利き腕を、がっしりと固い大きな手で掴まれ一気に水上に引き上げられる

「なァにやってんだ?しっかりしろぃ」
「へ?」

意外と深さがなかった水面から持ち上げられ、初めて聞く男性の重厚な声。
大将って?ナマエは茫然と事態を把握できないまま声の発生源を見上げ、そして誰のものか理解した瞬間 衝撃がはしる

それはまるで生きてるかのよう

自分が育てたNPC──アレクサンドルが
目の前にいるではないか


初っ端しょっぱなから溺死寸前でした





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